今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の著書「完本 文語文」から。
「『花かげにいくたびか酔いえんや』と題したコラムを書いたことがある。べつに『寸心言いつくさず』
も用いたことがある。戦争をなかにはさんで別れ別れになった恋人が、銀座街頭をとぶが如く走り去る
うしろ姿を見送って、呼びとめようとして声が出ない、後日『どうして声をかけてくれなかったの』と
言われて『寸心言いつくさず、あんまり急いでいたからさ』と答えたのである。
花かげのほうは崔敏童の七言絶句を土岐善麿が訳したのを借りたのである。土岐善麿(明治18年生)は
哀果(あいか)と号した歌人で、のち朝日新聞論説委員で漢詩文に造詣が深い人だった。
一年(ひととせ)にひととせの春はあり
百歳(ももとせ)にももとせの人はなし
花かげにいくたびか酔ひえんや
貧しともうま酒を買ひてまし。
寸心のほうは『侠者に逢う』銭起(せんき)の五言絶句である。
燕趙(えんちょう)悲歌の士
相逢う劇孟(げきもう)の家
寸心言い尽さず
前路日(ひ)将(まさ)に斜めならんとす。」
(山本夏彦著「完本 文語文」文藝春秋社刊 所収)
「『花かげにいくたびか酔いえんや』と題したコラムを書いたことがある。べつに『寸心言いつくさず』
も用いたことがある。戦争をなかにはさんで別れ別れになった恋人が、銀座街頭をとぶが如く走り去る
うしろ姿を見送って、呼びとめようとして声が出ない、後日『どうして声をかけてくれなかったの』と
言われて『寸心言いつくさず、あんまり急いでいたからさ』と答えたのである。
花かげのほうは崔敏童の七言絶句を土岐善麿が訳したのを借りたのである。土岐善麿(明治18年生)は
哀果(あいか)と号した歌人で、のち朝日新聞論説委員で漢詩文に造詣が深い人だった。
一年(ひととせ)にひととせの春はあり
百歳(ももとせ)にももとせの人はなし
花かげにいくたびか酔ひえんや
貧しともうま酒を買ひてまし。
寸心のほうは『侠者に逢う』銭起(せんき)の五言絶句である。
燕趙(えんちょう)悲歌の士
相逢う劇孟(げきもう)の家
寸心言い尽さず
前路日(ひ)将(まさ)に斜めならんとす。」
(山本夏彦著「完本 文語文」文藝春秋社刊 所収)