「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・11・26

2007-11-26 09:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の著書「完本 文語文」から。

 「私は萩原朔太郎の変らぬ崇拝者で、中学一年のとき読んで百雷に打たれる思いをした。

 萩原は天才である、萩原の前に詩人なく、あとにもないだろうと少年の私は思った。萩原

 の初期の詩集に『愛憐詩篇』がある。なかに『旅上』がある、『桜』がある、『利根川の

 ほとり』がある。『旅上』は『ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し』

 という名高い字句からはじまる。知らぬ人はあるまいから、これ以上続けない。少年の私が

 最も心を打たれたのは『桜』だった。


 桜のしたに人あまたつどひ居(ゐ)ぬ
 なにをして遊ぶならむ。
 われも桜の木の下に立ちてみたれども
 わが心はつめたくして
 花びらの散りて落つるにも涙こぼるるのみ。
 いとほしや
 いま春の日のまひるどき
 あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。


(あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを)。これを口語文にしてみれば分る。

 ただ冗漫になるのみである。ここにあるのは文語文の妙である。

 萩原朔太郎は明治十九年上州前橋に生れ、昭和十七年数え五十七で歿した。谷崎潤一郎と

 同い年である。」

   (山本夏彦著「完本 文語文」文藝春秋社刊 所収)
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