「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・08・23

2013-08-23 07:40:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、久世光彦さん(1935-2006)のエッセー「家のあちこちにあった薄明り」より。

「 一すじの草にも
  われはすがらむ、
  風のごとく。

  かぼそき蜘蛛の絲にも
  われはかからむ、
  木の葉のごとく。

  蜻蛉のうすき羽にも、
  われは透き入らむ、
  光のごとく。

  風、光、
  木の葉とならむ、
  心むなしく。

 白秋を師と仰いでいた大木惇夫が、大正の終りごろに書いた『風・光・木の葉』である。ここにも、冷え冷えとした薄明りの世界がある。人の命のはじまりと、終わりが仄見える。私にはこの詩句が、反乱軍の若い将校たちの、低い呟きに聞こえるのだ。軍靴の響きに埋もれて、ともすれば消えがちになりながら、薄明りの歌はだんだん遠ざかっていくのだった。――大木惇夫は十数年後のニ・ニ六の朝を、予知していたのだろうか。」

(久世光彦著「むかし卓袱台があったころ」ちくま文庫 所収)

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