今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「どんな席に出ても自分がいちばん若かったのに、いつのまにか年かさになったと言ってみると、たいていの人は思い当る様子でうなずく。齢をとったからといって私は尊敬したふりをすることがなかったから自分が齢をとったからといって、それらしく扱ってくれないと怒る気は毛頭ない。人生教師になるなかれ。人の患(うれ)いは好んで人の師となるにあり。
長幼序ありという言葉は幼いときから知ってはいたが実感はなかった。歳月は勝手に来て勝手に去ると思っていたからどうして老人だからといって尊敬する気はなかった。さりとてことさら失礼を働くこともなかった。
私は大正四年(一九一五)生れだから、今にして思えば大正デモクラシーのまっただなかで生まれ育ったわけで、少年時代にしみこんだものは終生とれない。
当時のデモクラシーは民主主義とは訳さなかった。主権は人民にある、人民による人民のための政治といっては天皇陛下に憚(はばか)りがあるから民本主義と訳したが、民主主義に二つはない、全く同じものだ。私はご遠慮民主主義と呼んでいる。
〔『文藝春秋』平成十三年二月号〕」
(山本夏彦著「最後の波の音」文春文庫 所収)