「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

男は十人集まれば派閥をつくる 2005・10・03

2005-10-03 05:50:00 | Weblog
  今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

  「家に病人が出て病院から病院へと歩いた。ガンである。ガンはもう珍しい病気ではないが、それでも一巻の終り

  だから、慶応にいい医者がいると聞けばやはり見てもらおうとする。

   紹介状を書いてくれて、その上電話をかけてくれるという友があれば迷う。けれども、これまでかかっていた

  医者は東大出で、慶応でみてもらったと聞くとみるみる顔色をかえる。『慶応には産科の医者はいると聞いたが、

  ガンの医者もいるのか』と言う。そりゃいること東大にいるのと同じだと一蹴したくても患者だから一蹴できない。

   実はこの患者というのはわが細君で、病気というのは乳ガンである。結局もう一人懇意な千葉大出の先生(これは

  いい先生念のため)の推薦できる公立病院で手術してもらった。剔出は過不足なくすんだが、あとでコバルトをかけ

  なければならない。

   コバルトはコバルト専門の病院でかける。手術した先生も千葉大、コバルトをかける先生も千葉大だから文句はない

  はずなのに、今度は千葉大出のなかに無数のこまかい派閥があって、コバルト氏は明らかに別派らしく見るからに

  不機嫌である。

   紹介状はもらったが電話をもらってない。ほかの先生なら電話がある云々。電話より手紙のほうが丁寧なのに、

  このコバルト氏は不満で瀕死の病人を目の前に難くせつけるのである。以来わざと待たせたり、必要な口をきか

  なかったりする。

   それでもついこの間コバルト照射を終った。医師に派閥ありとだれも知ることを改めて言ったのは、派閥はどんな

  社会にもあると言いたかったためである。それは学界にある、官界にある。男は十人集まれば派閥をつくる。

   だから政変があるたびに、新聞は派閥を解消せよと書いて、政客が解消しますと答えるのは茶番である。そんなこと

  を言う新聞こそ派閥のかたまりで、社長派と重役派が争って二十年になる新聞がある。それが派閥を解消せよと言うの

  だから、だれも本気にしない。」

      (山本夏彦著「やぶから棒」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)


   「いま日本の医療が世界一でないまでも、一、二を争っていることは仄聞している。私はそれを疑うものではない。

   けれども一流なのは医療機器とそれを操作する技術ではないかと疑っている。」


   「私は日本の医者がアメリカの医者に本質的に劣るなんて思ってない。かれが一流ならわれも一流であり、かれが

   ろくでなしならわれもろくでなしであること同じだと思っている。

    それなのに違いが生じるのは一つは構造のせいであり、一つは保険のせいではないかと思っている。」

      (山本夏彦著「冷暖房ナシ」文春文庫 所収)
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