「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

この世にタダのものなどありはしない 2005・10・09

2005-10-09 06:20:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「ほかのテレビはタダなのに、NHKだけは金をとる、皆さん払うのをよしましょうとそそのかすものがあるが、

 私は不賛成である。
 
  ほかのテレビというのは民放のことだろう。山本七平氏いわく、民放は莫大な広告料で経営されている。スポン

 サーはその費用を全部製品に転嫁している。五年前の調査だが、その総額はひとり年間一万円に当ったという。

 五人家族なら五万円である。それはビールや酒の間接税に似て、国民は払っている自覚がない。

  ビールや酒は飲まなければ払わないですむが、民放で広告している商品は、『広告料転嫁をのぞいた値段』で

 買う方法がないかぎり、払わないわけにはいかない。これでは下戸まで酒税を払わされているようなものだ云々。

  私はこの世にタダのものなどありはしないと思っている。それなのに民放はタダだとだまされて、ついでに

 NHKまでタダにせよなんて気勢をあげるのは見当ちがいだと思っている。

  私は民放もNHKも、もっともっと金をとればいいと思っている。一ケ月五万円十万円とるがいい。それが

 いやなら番組ごとにコインを投じさせるがいいと、何度も書いて恐縮だが書かせてもらう。

  『なっちゃんの写真館』一回百円と聞けば、たいていの人はコインを投じようとしてやめるだろう。こうして

 番組は厳選され女子供がテレビを見る時間は激減し、視聴率などという不確かなものでなく、番組ごとに○千○百万円

 という確かな収入があるだろう。

  『芸』は客が劇場に出むいて入場料を払ってひまをつぶしてくれて始めて芸である。タダで先方からおしかけてくる

 芸にろくなものがあるはずがない。

  タダは芸人と客を無限に堕落させる。コインを投じれば芸人と見物の仲は回復する。一家の団らんも回復し、あの

 テレビの百害といわれるもののたいていは一掃され、すべてはまるく納まるだろう。」


   (山本夏彦著「やぶから棒」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)
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