今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「何よりも金を愛す、金のためなら三べん回ってワンとなけと命じられればなくと言うものがあるが、実は人は
金より正義を愛するものだと私は思っている。
そしてその正義は嫉妬の変装したものだと、グリーンカードを例に書いたことがある。グリーンカードに反対
するものはかくし預金を持つもので、すなわち正義でないもので、それなら持たないものは労せずしてで正義で、
他を非難する資格あるものになれるのだから、こんな嬉しいことはない。この世は持つもの一人に持たないもの
百人だから、新聞は持たないものに迎合する。嫉妬はそのまま出てくるのは恥ずかしいから、こうしていつも
正義に化けて出てくる。
その最たるものは社会主義共産主義で、これらは金持を倒して貧乏人の天下にすると約束する。今のところ
護憲と非武装中立が旗じるしだが、めでたく革命が成れば直ちに改憲して再軍備する。国民皆兵である。その
ためならコマンドはどんな非道を働くことも許される。たとえばわが国労は管理職である助役をつるしあげ、
二晩も三晩も眠らせないでその結果自殺させても正義のためだから平気である。
また新左翼の学生は屋上からいっせいに石を投げ、警官を殺してもだれの石で死んだか分らないからこれ
また平気である。沖縄やベトナムで痛んだ良心は、ここでは痛まない。
国鉄のなかなる動労は革マル派で、同じ動労でも千葉動労は中核派だという。共に天を戴かないカタキで
ある。
連合赤軍の永田洋子と坂口弘は同志を狐疑して次々と殺し、狂喜ではないかと疑われているが、むろん
狂気ではない。イデオロギーにつかれたものは皆こうである。スターリンも毛沢東も始め同志を殺し、
やがて無辜を何百万人何千万人も殺した。永田坂口はその末端にいるもので、革命家ならその流れを
くまないものはない。そしてその正義が実現した暁には、彼らは組合すら結成できなくなるのである。
そのとき彼らは後悔のほぞをかむかというとかまない。それどころか嬉々として新政権の奴隷になる
のである。彼らは昔ながらの奴隷にもどってかえって安心するのである。故に人は本当は奴隷になりた
がっているのではないかと、私は思わざるを得ないのである。」
(山本夏彦著「美しければすべてよし」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)