ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、後期高齢ゾーン、人生最終コーナー「遊行期」の
徒然残日写真録

「楽しんでもって憂いを忘れ」。あらためて「論語」を見直す

2011年05月30日 | アフターセブンティ

 人生80年、最初の20年は学び鍛える時代、次の40年は、働き、結婚し、子孫を残す時代、そして最後の20年は束縛から解放されて遊ぶ時代。勉強も仕事のためや出世のためでなくあくまで自分のためで期限やノルマはいらない。
 論語とはご承知のように、今から2500年くらい前の中国、春秋の時代の思想家「孔子」の言葉を弟子たちがまとめたもので、今なおよき人、よきリーダーたらん人たちに読まれている。政界では管降ろしで野党がさわいでおり、与党民主党までも分裂している。日本の政治はどうなっているんだと苛立つが真のリーダーが不在ということか。論語の中では「士」とはいかにということで上に立つひとのあり方を説いている。
 H15年12月29日に筑紫野夢タウン、積文館にて購入と裏表紙に書いてある「中野孝次の論語」をひっぱりだしてあらためて読む。40年のビジネス戦士時代の人間模様、テレビで垣間見る政界、財界、マスコミ、芸能人などの言動などみるにつけなるほどとうなずく項目が多い。「己を行うに恥じあり」からはじまる26章の中野流論語エキスが私の波長にあったから多分買ったのだろう。

「知る」とはどういうことなのか。原発に海水を入れるのを止めたのはだれか?なんのことはない現地所長の判断で海水は注入され続けていた。バカなことに国会では誰の判断で止めたかと紛糾していたのだからあいた口がふさがらない。
 本物の知は善をもたらすが、知ったかぶりは、空虚なおしゃべりに過ぎないと中野流論語解釈。政治家も財界もマスコミもはたまた我々も、私も空虚なおしゃべりをしているだけではないか
「○●について」という話はほとんどが無責任な空虚なおしゃべりだ。「○●を」私はこう判断する。だから私はこう行動する」これが責任ある人間の態度だという。マスコミ情報や人の受け売りは無責任なおしゃべりだ。自分の目と耳と足で現場で確認し、自らの行動意思を示すことこそ「知る」ということで、それ以外は「知らない」といえることが本当に知るということ。
 ネット情報をはじめとしてわれわれは知っているつもりというのが多すぎるね。あらためてじっくりみずから吟味する態度が必要だ。
 あらためて論語をみなおし、真理を追究する。「楽しんでもって憂いを忘れる」
自分から問いを発し答えをみつけることは最高の楽しみだ。という境地を孔子は持っていたらしい。ボケないためにも本を読み考える。
今、実行している論語の教えがある。
「己の欲せざることは人に施すなかれ」である。イライラせず、ゆったり行こう!
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110525 バースディ登山、糸島の「とんぼ山」の頂にたつ。

2011年05月26日 | アフターセブンティ


 66回目のマイバースディを迎えた。以前、タクシーの運転手さんが十坊山、別名「とんぼ山」といういい山があるのでぜひいってみたらというのを思い出し、いつものパターンはやめてバースデイ登山にする。朝、息子からバースディメールがはいっていた。今、米子とかで頑張っているようだが忘れずに発信してくれる。
10時40分西鉄太宰府、11時28分天神、地下鉄、筑肥線経由で福吉駅下車、約1時間、駅長さんにまむし温泉まで歩いてどのくらいと聞くと30分、TELすれば迎えに来てくれるよということで電話、すぐマイクロバスがきて4~5分、民家のかどの登山道入り口で降ろしてもらい、帰り立ち寄ることを約束して、12時45分、さっそく登り始める。
 夏ミカン畑を右にみながら登ってゆく。標高535Mというから1時間で頂上と思っていたがそれがなかなかつかない。勾配も結構急で汗もでてくる。たったひとりすれ違った登山者からあと5分と聞かされ、ひと頑張りすると大きなとんぼ岩、頂上についた(14時35分)。鎖をもってよじ登ると玄界灘が一望。薄曇りだったのでどうかなと思っていたのだがラッキー、さっそくカメラをもちだしバチバチ。

 玄海灘と遠くの島々が一望できる。握り飯をとりだし昼食、ひとやすみ。玄海灘独り占めといった感じで爽快!

 空模様もいまいちなので15時15分下山開始。カメラを前にかけ、枯れ葉ですべらないよう、靴ひもも締めなおして、写真をとりとり下山。この山は頂上の展望とみちみちのいろんな形態の岩がおもしろい。途中、なにか人間の骨を思わせるような大きな根っこをむき出しにした巨木もあり、樹木の生命力に感心。

 16時25分に国道143号線の入り口につき右折、五分後マムシ温泉着。

 意外と疲れました。さっそくビールセットつき入浴券を1200円で購入、疲れた体を湯にほぐす。疲れがじわじわとれてゆく感じ。外にでるといろんな露天風呂もあり、ゆったりくつろぐ。その昔、病院もなかった頃、マムシにかまれた男をこの湯に入れると治ったとか言い伝えられ、それでマムシ温泉というわけだ。30分ばかり身体をほぐし、生ビールセット。

 枝豆、唐揚げ、トーフ、生ビールのセットが最高にうまかった。今回のバースデイ登山、結構でした。来年も来ることにする。6月初めには蛍もみれるとか。鳴き砂で有名な姉子の浜も近くにあり、夕日を撮るつもりだったが小雨であきらめる。
また駅に送ってもらい18時40分空港行きにのる。19時40分、遊覧船をいれた中州の夜景を撮影、久方ぶりの屋台にもはいり、土手焼き、焼酎、ラーメン。帰宅は22時。結構タフな一日だったが良い誕生日でした!

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終日雨、在宅。77歳の児玉清、長門裕之逝く。

2011年05月23日 | アフターセブンティ

終日雨。6時目覚め、腰痛体操、ラジオ体操で脳を起こし、般若心経の解説本を数ページ読み、洗顔、ひげそり、コーヒーを入れ、トーストを焼き、新聞をとり、金魚に餌をやり、新聞に目を通しながら食事。しばらくすると妻が起きてくる。入れ替わりにトイレに行き、2Fにもどり、フェレットにもえさをやり、水もかえる。パソコンを開き、楽天証券のサイトを開いて、昨晩のアメリカのダウ平均をみる。今日もさえない展開になりそう。妻が掃除機をひっぱりだし、ガーガーやりはじめる。掃除機の選定ミス、音が大きすぎる。また階下におり、お茶をいれ、線香をたき、ご先祖さんに礼拝、般若心経をとなえる。雨なので外回りの掃除はない。あとはカメラ雑誌をみたり、時代小説を読んだり。簡単な昼食をすませ、また同じ繰り返し。カメラを引っ張り出して雨にぬれる木々を望遠で撮る。妻との会話はほとんどないに等しい。そして17時すぎ、はやい夕食。ワインか濁り酒か、焼酎ロックか、グラス1ぱい程度だが食事はいつもおいしい。後片付けをして、19時には1Fの窓シャッターを下ろす。外界と遮断。風呂は入りたいときにはいる。早いときは21時には床につく。こんな生活をあと十数年も続けるのかとふと思う。

テレビで児玉清さん、長門裕之さんの死去をつたえるニュースが流れ、二人の悔いなき人生模様が紹介されている。児玉清さんは原点が疎開先であり、そこで人生のなんたるかを感じ取り、あとはひたすら信念をもって俳優、司会業をつらぬき、常に自省的でひとへの思いやりを忘れず、ひたすら勉強を続けた。英語、フランス語にも堪能とかで大変な読書家であったとか。胃カメラがいやで胃がんの発見が遅れたとか、これも運命。かたや長門裕之さん、やりたい放題やってきた、太陽族のはしりとなり、南田洋子とのおしどり夫婦(実際はいろいろ大変だったらしいが)としてやってきて、認知症になった奥さんへ今までの罪滅ぼしとばかりの献身的な介護を2年間もやりとげたが洋子さんに先立たれ、そしてあとを追うように亡くなった。まあ「わが人生に悔いはなし」といえる一生だったんだろうね。多くの人に見送られ天国にみまかった。通夜、葬儀に参列される人々をみて家族、近親者は故人の人となりを再発見するらしいがなくなった本人の気持ちは本人しかわからない

自由時間六万時間をどう過ごすかの命題をもってスタートしたこのブログだがぼちぼちテーマの絞り込みが必要になってきたようだ
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「難所が滝」再訪、翌日、映画「岳」を観る、感動!

2011年05月20日 | 趣味と交遊

初夏新緑の難所が滝再訪。孫が遠足で親同伴で動物園にいくというので6か月の乳児のお守に宇美町まで妻とでかけた。8時から16時まで、家内はお守、私はつい先日購入した登山靴のためし履きで今年の2月、氷爆を観にいった難所が滝を再訪。初夏の太陽の光をとおした新緑は目にも鮮やかでフィトンチッドを身体いっぱい浴びてきた。

しかし三郡縦走路をへて宝満山にぬける河原谷コースの登山道は雑木林と岩場ばかりで景観は期待できず、足元が極めて悪く、登山靴のはきおろしにはむいてなかったこと反省、おまけに帰り道も迷ってしまい一瞬ギクッとしたが川沿いにおり元来た道に合流、ほっとした。

途中、小さな滝となって緑の木々の色をうつした水のしたたり、しぶきを写真に収め、やっと来たかいがあったと昭和の森の駐車場に13時下山。靴下をぬいでチェックすると案の定右足指のつけねが靴づれしていた。
 そんなことがあって翌日、新聞の映画案内をみると「岳」が目に入る。さっそくワーナーマイカル筑紫野にでかけた。今回で5回目のスタンプをおしてもらい次回1回は無料で観れる。ところで小栗旬、長沢まさみ主演のこの映画、感動しました。北アルプスの美しさもさることながら人間愛にもね。
 原作は小学館漫画大賞に輝いた石塚真一の人気コミック「岳ーみんなの山」を南穂高現地ロケで映画化した山岳救助隊を描いた人間ドラマ。山を知り尽くし、命の尊さを知り尽くした山男「島崎三歩」を小栗旬が熱演している。アイゼンを外して、滑落、クレバスに落ち込んだバカ者を助け出した三歩が「よくがんばった」「ありがとう、感動した、生きた君にあえて」「また山にもどってこいよ」という場面は感動的だった。
東日本大震災の被災者に安易に頑張ってよとは言えないが復興のあかつきはよく頑張ったねとは言えるね。救助隊長だった父親をなくした娘(長沢まゆみ)が救助隊員になり、きらいだった父親の実像に目覚め、レスキュウ隊員として成長してゆく姿が描かれているが、仕事一筋に生きた父親像というのは概して理解されにくものだ。
 映画はいい。もやもや気分を一掃させてくれる。
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久方ぶりに小石原の陶器市にいく

2011年05月09日 | 趣味と交遊

この前のゴールデンウイークには息子が帰っていた。親父の祥月命日ということで墓参のための花を買いに行くことになり、妻がよくいく筑前町のファーマーズマーケット道の駅「みなみの里」まで息子の運転ででかけた。この道の駅は花はもちろんのこと産物の大豆や総菜、トーフ、米粉のパンやなんでもあり、とくにここのレストランは安くてうまい。とくに筑前煮はなかなかのもの。
 途中、秋月や小石原の道路標識をみて、小石原に足をのばすことになり、小石原道の駅にナビを設定して方向転換、あと40分がでておりそんなにかかるのかなと思っていたら、さすがに4日ということで車やバイクでいっぱい、駐車場も時間待ちの満杯。
歩いてトイレをすましているうちに駐車でき、掘り出し物を物色に沿道の窯元をうろうろ。

どこにいくにもカメラをぶらさげ被写体を追い求めるのが習慣になってしまっている。雰囲気のある建物が目に入りはいる。山小屋風のショールームになっており、いろいろ陶器がならんでいた。焼酎ロック用の感じのよいのがあり、店の親父さんに道の駅なら2000円だよ、うちなら千円だよ。ということで写真を撮らせてもらうということもあり購入。数カット、乱写して店をでる。
3時すぎだったが続々と車やバイクがやってくる。日本人はまあ人が多かろうが車でいっぱいであろうがよくまあ、あちこちにでかけるものだと感心する。
花もかいこみ、明日、墓参りにいくべく帰宅。結構疲れました。はやばやと風呂にはいることにする。ふろにつかっていると幸せっという感じになる。小さいけどこんなことが普通にできるのがほんとの幸せというものなんだとつくづく思う。
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博多どんたく港まつり、がんばろう日本!

2011年05月06日 | アフターセブンティ

また博多どんたくがやってきた。いつも雨がふるジンクスがあるとか、3日もうす曇り、一時小雨の予報。パレードだけ見てどこがおもしろいのと女房はまったく興味なし。そのくせ生まれ故郷の熊本ぼした祭りには朝4時におきて車ででかけるのもいとわない。どんたくにも一度はいってみてからものをいってもらいたいものだが・・
10時半ごろ家をでて、コンビニで弁当、お茶を調達して、12時過ぎ中州大橋の真ん中に陣取ってまずは腹ごしらえ。しかし薄曇りで気温もあがらず薄着だと少々寒い。パレード開始まであと1時間あまり。池波正太郎の「剣客商売」を読みながら待つ。寒い。女房が言うようになんでここまでして、という気にもなるが。まあ写真をとるという目的があるし、吹奏楽パレードで気分良くなりたいということで待つ。ことしは東日本大震災の復興を期しての祭りでもある。仙台からも元気をもらうべくパレード隊がやってきている。
 定刻の1時、古式にのっとった博多松囃子でスタート、確かに少々退屈だが、やがて精華女子高校吹奏楽部ががんばろう日本のアプローチ隊としてやってきた。

理屈抜きに元気づけには音楽がいいし吹奏楽はさらに良い。ばーっとやればいいと思ってしまうが、なにせパレード型、通りもん型、踊りも型などえんえん夕方6時半まで続くのだから長期戦だ。トイレも行きたくなるので限度3時間だね。
橋の中央で一等場所と思っていたのが大違い。RKBの撮影部隊が目の前をうろうろ、警備員も大きな顔してカメラの眼前をうろうろ。シャッターチャンスを奪われる。

ひときわ大きな歓声とともにタイのチームがやってきた。毎年ミスタイが先導するので観客もよく知っている。でかい顔してTVスタッフがインタビューしたり目ざわりおびただしい。しかしなかなかチャーミングな女性でした。
最近はどこの祭りでも外国人の姿がおおく見られ、3年前、大阪天神まつりで褐色の肌をした女性たちが浴衣とうちわをもって祭りを楽しんでいたのにはおどろいたが、福岡でも着物姿の外国女性がパレードに参加、日本人女性以上に女性らしい風情を示していたのには驚く。

3時半、陸上自衛隊第4音楽隊のパレードをみてトイレ休憩。アクロス福岡で用をたして蕎麦屋にはいり休憩。出し巻きをたのみ熱燗でいっぱいやる。うまい。またパレード見物に戻るともう撮影場所の確保はむつかしい。背伸びしながら望遠レンズを観客の肩越しにおいて撮影。もう疲れました。17時の西鉄特急で帰路につく。まあ女房がいうように楽しみにいったのやら疲れにいったのやらわからないが・・まあこんな平和なことがやれるような気分に東北の方々もできるだけ早いうちになってもらいたいものだが
まあ今年いっぱいは難しいかもしれないね。せいぜい節電にこころがけ、生活スタイルもかえて行こう。
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二日市温泉「藤まつり」撮影会

2011年05月05日 | 趣味と交遊

さくら祭りが終わったあとの近場の祭りは筑紫野市祭、二日市温泉「藤まつり」である。9時半バイクででかける。すでに駐車場は満杯。写真愛好会の常連は7時半に来たとのこと。毎年、賞をとるひとはやる気がちがう。
水上舞台では吹奏楽が軽快にメロディを奏でている。武蔵寺にあがってゆくと、すでに衣装を整えた御稚児さんが藤棚の下で神妙にすわって、観衆の視線をあびていた。つきそいの母親がやきもきして、こどもの面倒をみている。毎度の光景である。

藤は全体的には6~7分咲きだが側面下方からレンズをむけてとると満開のようにはみえる。この構図でモデルを配すればいいのだがモデル撮影会がどこでやってるのか定かではなくプロが業務用で撮影に来ているとかで今年はいくのをやめる。
しばらくして護摩供養があり、写経会で御世話になっている井上住職が観衆にあいさつ。「東日本大震災後の藤祭りということでなくなった方々のご冥福を祈るとともに一日も早い復旧復興をお祈りします」。藤田市長もあいさつ。
春のうららかな天気の中、筑紫野市民は祭りを満喫、しばし東北のことは頭のかたすみに場所を移したような天拝公園であった。
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