ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、後期高齢ゾーン、人生最終コーナー「遊行期」の
徒然残日写真録

140731 日本一周車旅回想。5日目、鳥取砂丘の風紋、砂の美術館から城崎温泉へ

2014年07月31日 | 趣味と交遊

 

さて、車旅も5日目。富士山をめざすにあたって、北陸輪島方面か伊勢志摩方面かまだ決まっていない。とりあえず今日は鳥取砂丘と山陰海岸屈指の景観といわれる富安海岸に行くことにする。7時15分出発。とにかく観光客が来ないうちに現地につかないといい写真はとれない。鳥取市内を通過、出勤タイムとかさなるが仕方ない。7時50分砂丘着。最初の無料駐車場に車を停める。まずは周辺チェックをしてから駐車場を決めた方がいいことはあとで分かった。結構砂丘のてっぺんまでは歩いて時間がかかった。若いカップルと観光客2人の二組だけ。それでも夜中に風でできるきれいな風紋は発見できなかった。魚眼レンズにかえて地球は丸かったの宇宙飛行士の言葉を再現。水平線が湾曲して映る。猛禽類のトンビが2羽空中をまったり砂丘に降り立ったりしているのを撮る。三脚をたて自画像も。しかし一人で大海原と大砂丘に身をおいていると人間のちっぽけなことが痛感される。

 1時間後出発。砂の美術館が隣にある。ガイド本にはぜひ立ち寄るようにとある。入場料500円也。ロシア特集。世界の彫刻家が集合して砂だけでロシアの近代史を再現する砂彫刻の数々。予想以上の作品群、撮影もOK、感銘。期間が終わると取り壊すらしい。もったいないね。サッポロ雪まつりの雪像も同じかもね。1時間ほど見たり撮ったりして浦富海岸にむかう。山陰屈指と言ってもこう景色ばかりみているとだんだん感動が薄れてくる。絵葉書写真ばかり増えそう。漁村のおばさんが昆布を干していた。車をとめ話をする。旅の変化は自らつくるしかない。

 給油をして城崎方面にむかう。兵庫県豊岡市。船小屋をイメージしたあまるべ道の駅で昼食。わかめそば480円也。温泉街近くになってくると道がせまい。ナビは曲がるタイミングが間違いやすい。4時前に豊岡市営城崎鸛の湯有料駐車場につく。温泉の隣が駐車場。水をまいていた温泉のスタッフにきいてみると今日は城崎温泉祭りの日で3か所の指定温泉が無料で入れるとのこと。車をおいてもらった地図をみながら温泉街散策。城崎、有馬、白浜が関西人の行く3大温泉地。去年亡くなった母親が行ってみたいと言ってて連れて行けなかった温泉が城崎。感慨をもって温泉街を歩いた。きれいな城崎川の両岸に祭りの提灯がぶらさがり川面にその影を写している。

 ここで泊まることにして一旦車にもどり入浴セットをぶらさげて地蔵湯という温泉宿に入りに行く。城崎駅近くの特設会場で城崎温泉太鼓の演奏があった。外人客が結構多い。背の高い外人カップルが浴衣のひもを腰高にくくって足元はスニーカーというほほえましいスタイルで歩いている。出店がならんだ温泉町をゆったり歩くのはほんとにいやされるね。7時過ぎ、地元但馬産の焼肉定食で夕食。

 車に戻ったのは9時前。マルチシェイドを5面窓内側にセットして就寝体制に入る。持参のポータブルDVD、TVも見れるはずがそれがアンテナ受信感度の問題でほとんど見れない。WIFIが車中でつながらないとかしたがってパソコンでブログ発信できないというのが今回車旅での大きな問題点。ブログについては最後まで写真添付なしで3~4日に1回の発信にとどまってしまった。まあ今日は久しぶりの温泉気分でゆっくり寝ることにする。

  ・車旅原則4:ラジオ、テレビ、パソコンなど受信感度強化の徹底が必要

 ・車旅原則5:ほんとに良い写真を撮りたければ日ノ出前に現地に到着するよう

         車中泊地を出発せねばならない

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140730 怖い惑星、地球、怖い生物、人間。車旅回想4日目、水木しげるロード、とっとり花回廊、大山

2014年07月30日 | 趣味と交遊

のんびりと車旅回想をやっているが、この地球という惑星、今に自爆してしまうのではないかとふと思ってしまう昨今だ。平和ボケ、ノー天気日本と思っていたが佐世保の高校同級生殺人事件、人間を殺してみたかったという16歳の女子高生、のこぎりで首を切断など平然とやってしまうおぞましさ、イスラエル、パレスチナの米ロをバックにした宗教戦争、ガザで市民をふくめ1100人がロケット弾などで死亡、イスラエル市民は戦争を是としているとか、宇宙ステーション船長若田さんはこの惑星の殺戮が船からみえたのか、われわれ周辺には何をやるかわからない不気味な人間がいるということだ。歯止めが効かなくなりつつある世の中に戦慄を覚える。

ということはさておき昨晩まっくらで周辺がわからなかった夢みなと公園無料駐車場。朝5時、防波堤脇には釣竿をたれる釣り人でいっぱい。ルイガノを引っ張り出して早朝散策。釣りを終わった若いサラリーマンと話す。毎朝つりにきて晩飯のおかずを確保するとか。いろいろ境港周辺情報をゲット。

日本一周車旅4日目の予定は境港、水木ロード、植田正治美術館、大山、車中泊は道の駅「神話の里しろうさぎ」。

ユニークな外観の江島大橋をみながら境港へ。漁港はどこでもいい被写体になる。軽トラがとめてある脇に車をとめバチバチ。漁業の町であり、ゲゲゲの鬼太郎の町でもある。駅周辺は水木ロード、駅に一つ目親父のペイントが施されたJR列車がはいってきた。しばし散策、店から郵便局からすべからく水木カラーで演出されている。

写真仲間からぜひ行くように勧められていた植田正治写真館に行く。11時着。静かな雰囲気。玄関に写真教室の案内。入口が閉まっている。なんと、なんと火曜日は休館。なんたる失態、なんたるケアレスミス。どおりで駐車場はメンテ職人の車だけだった。また明日にしようかとちらっと思ったがあきらめる。とっとり花回廊に目的地せってい。入場料1000円、ちょっと高いかな思ったがまさに花の回廊、園児の一行がうようよ。天気がよければ右上の写真の上に大山がくっきり見えて格好の被写体になるはずだった。しかしチューリップはじめ春の花々はすばらしく、なんと桜も満開で、三脚をだしてセルフタイマーで自画撮りなどもめずらしく実行。

 二時前ナビを確認して出発。だんだん山に登ってゆく感じで9号線にでない。桜なんか撮れてよかったが大山ははっきり見えずたまに雲間から姿をあらわす。さらに行く。何と登山口まできてしまった。冠雪の大山は撮るにはとったがいまいち。車をナビ通り走らすがどこでまちがうのか大山環状道路を2回もまわってしまった。2台目の予備のポータブルナビも使ったが指示が違う。樹木管理をしていた人に尋ね尋ねでやっと9号線にでる。ナビ任せはだめだね。必ず経路確認をして地図でもチェックすることが重要。

 道の駅ポート赤崎でトイレ休憩。新鮮な魚介類が直売されている。刺身用アジ1本400円、新鮮で安い感じ。海岸線砂浜の防風竹林が絵になっている。道の駅「神話の里しろうさぎ」に17時、やっと到着。車を止めて、白兎神社に参拝。例の神話、おおくにぬしの命が白ウサギを助けて命の結婚が決まったとかで縁結びの神さんになったと由来に書いてある。いわゆる因幡の白兎伝説。この道の駅はめずらしく居酒屋がり遅くまで食事OK。30分ほど走って夕日の鳥取港をチェック。期待外れ。道の駅に6時半戻ると丁度白兎海岸に夕日が沈みかかっていた。

居酒屋で夕食。生ビールと三色海鮮丼「うさぎ三段跳び丼」1200円。イカで波、イカのズケ、イクラを並べて三段跳びらしい。記録用の首掛けコンデジが電池切れで撮影できず。今日はぐるぐる大山の周りをまわり185キロの走行距離、つかれたので21時車にもどり就寝。

   ・車旅原則3:ナビ任せにせず経路チェック、地図でダブルチェックをすること

   ・車旅原則4:気まま旅とはいえ美術館など休館日や開閉館時間など確認しておくこと

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140729 日本一周車旅回想、3日目。世界遺産、石見銀山から出雲大社へ、車中泊は境港

2014年07月29日 | 趣味と交遊

今朝も4時半目覚める。なにせ寝るのが早いから当たり前かもしれないがね。まあ時間差攻撃で早朝写真撮影ができるようになるからいいかもしれないが。5時モーニングコーヒー、車内整理、外のトイレで洗顔、歯磨き。ルイガノで早朝自転車散歩。気持ちがいい。日本海が美しい。

車旅3日目の予定は世界遺産の石見銀山をみて、出雲大社を参拝、そして米子の皆生温泉をへて境港にはいり、夢みなと公園の無料駐車場(車中泊ガイド西日本編のおすすめポイント)で車中泊ということにする。

3か所をナビ登録して8時出発。最初の目標は道の駅ロード銀山、世界遺産センターをめざす。有料の山陰道470円をとおって江津まででる。ローカルの隅々まで日本のインフラは整備されてるのは大したもの。道路、上下水道、電気そして車がそろえる。途上国の為政者の基本政策だろう、そしてそれを推進する人材育成だね。一時期GDP世界2位までなった日本、まさに奇跡の発展だった。それに我々団塊世代が貢献したというわけだ。

小雨がぱらついてきた。センターに10時着、案内の女性にどこから回ればよいか聞く。世界遺産の認定は単体ではなく周辺の街並みがセットというケースが多い。ここも銀山の採掘現場、間歩(まぶ)だけではなく代官所や工夫が住んだ街並みをすべて含んで世界遺産ということになる。雨がやんだ。ルイガノをおろして龍源寺間歩の入り口まで上る。人力車だのぼる婦人たちもいる。坑内に入る。水との戦い。採掘の知恵がここかしこに。江戸幕府も重要な鉱物資源としてしっかり対応したようだ。

出口に日本唯一の香木師という中村司という人が銀山の匂い袋と銘打って店を出していた。女性客がこれはいいという声につられてこっちも3つ買ってしまう。一つは車にぶらさげ他はおもやげ。出雲大社にいくなら、平和そば本店にいって割りこそばを食べなさいと地図まで書いてくれた。神社のそばにも店が多いらしいが住宅街にあるここが一番という。情報とは情けあるしらせと書くが口コミは大事だね。代官所跡や街並みを撮って出雲大社に向かう

 香木師に教えてもらった蕎麦屋さんの電話番号をナビにいれて出雲大社に向かう。海岸線を走り、住宅街に入ってゆく。なるほど、こんな場所へは普通の観光客はいかないね。中村さんの紹介で来ましたというと歓待してくれた。1時過ぎていたがなんとか割りこそばにありつけた。出雲そば、750円也、結構な昼食でした。出雲大社はすぐ近く。でも駐車場が何か所かに分かれている。とにかく聞くべしということでSSに入り給油してもらいながら確認。本殿に一番ちかいという駐車場に止め、ご朱印帳とカメラを携えて参拝。出雲大社は大国主大神を祭り、正式名称は「いずもおおやしろ」とうらしい。10月には全国から八百万(やおよろず)の神々が集まるとされ、出雲だけが神在月(出雲以外は神無月)というわけ。参拝は二拝四拍手一拝。太宰府天満宮などは二拍手だから、柏手を打つ回数が倍。超重量級のしめ縄は」すごいね。参拝の証に300円也で持参のご朱印帳に朱印をいただく。

鳥取境港までいきたかったので山陰自動車道にのる。高速は時間短縮にはなるが味気ない。宍道湖SAで休憩後、米子にはいる。急に車の量が増える。皆生温泉オーユーランドに18時着。500円だが石鹸もシャンプーも買う必要あり。規模の大きい大衆浴場。風呂に入り疲れをとり、ついでに夕食。さっぱりしたあと約30分で境港に着く。8時前であたりは真っ暗。海岸沿いの夢みなと公園にいったがなんとなく閑散として気味が悪い。近くの灯りのついている店で確認。九州から来たというと親切に対応してくれる。まあローカルだからどこに止めてもよいよといった感じで、とりあえずは車中泊場所を確定。宿泊地には暗くなる前に到着が車旅の原則ではあるね。これからはこの原則で旅をすすめよう。

    車旅原則:車中泊先には日が暮れる前に到着し、周辺チェックのこと

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140728 日本一周車旅回想、二日目。津和野で石見神楽、夕日パーク浜田で車中泊

2014年07月28日 | 趣味と交遊

4月20日晴、車旅2日目。初日の夜、熟睡とはいかず、5時前めざめて、12Vポットで湯を20分かけてわかしてモーニングコーヒとメロンパン。さて今日はどこへ行くか。地図をみる。小京都、津和野。ここに決める。泊まりは?鳥取方面めざすということで島根県浜田の日本海沿い道の駅、夕日パーク浜田にナビを設定。立ち寄り先として道の駅、津和野温泉なごみの里をセット。7時過ぎ出発、とりあえずガソリンを満タンにして、昨晩風呂に入ったたなかホテル近辺にマリーナがあり朝の港風景を撮影。

途中、福の里直売所というのがあり夏みかん3つ購入、阿武町道の駅をへて津和野をめざす。山陰の日本海側は道の駅が結構多い。津和野は大昔行ったような記憶があるがはっきりしない。途中、廃家になっているような朽ちかけた家に立派な桜の樹が茂り、バス停があった。時がめぐり必ず咲いてくれる桜と朽ちてゆく家屋、1日に何本はしるのかわからないバス停。これぞ日本の原風景と思い、車を路肩にとめてシャッターをきる。車旅は停める場所の確保が難しいのが難点。

11時前津和野温泉なごみの里につく。何やら笛や太鼓の和楽器の演奏がきこえてくる。何事かと思って音のほうに行く。道の駅のホールに観客がとりまき、なんと石見神楽の実演が行われている。ショットチャンス。バチバチ撮影、動きが速い、そうは明るくない、なかなかナイスショットがとれない。観客の子供を入れたり雅楽奏者をアップでとったりいろいろ試みる。1時間ばかり神楽に見とれる。昼食はとなりの食事処で焼きおにぎりソバ。

観光案内所で津和野散策地図をもらい移動。公園のなかの駐車場に車を止め、折り畳み自転車ルイガノを初めて車からおろし、組み立てる。カメラをいれたバッグを背中に負って掘割や教会のある街なかに自転車を走らせる。快適。持ってきてよかった。まあ本来はゆっくり徒歩で歴史の町を散策するのがいいのかもしれないが・・・しばし探索、写真をとり、津和野神社に参拝して、浜田方面にむかう。

途中、菜の花の黄色が目に飛び込んでくる。車をとめて民家をバックにして菜の花畑を撮影。

コメリというホームセンターらしき店で車をとめトイレ休憩、ついでに果物ナイフを購入。夏みかんの固い皮などむくときに必要だったりする。狭い車中で効率的に作業をするにはなんでも道具立てが大事となる。夕日パーク三隅という道の駅に5時半ごろつく。店は6時で閉店らしい。中にはいると、山陰本線の上下の通過時刻表が掲示されてあった。海と沈む夕日と通貨電車のコラボを楽しめるようにしているらしい。丁度6時前の電車に遭遇できたが、夕日の方は曇天の中でぱっとせずいい写真はものに出来ず。残念。

車中泊予定地、道の駅ゆうひぱーく浜田に6時半ごろつく。雲の切れ目から夕日がでたり隠れたり、ここも夕日を売りにしているようだ。レストランが7時オーダーストップ。隣の売店で石見神楽という酒2合瓶を仕入れてきて、ミンチカツ定食をさかなに夕食。

トイレで歯を磨いていると車旅のモサとおぼしきおじさんが話かけてきて、北海道情報を入手。オートキャンプ場はボンビー(貧乏人)は使わない。結構無料の場所があるから探すこと。行き先を明確にしておかないと修正に200キロはかかるのはザラ、それだけ広いということか、クマよけはとにかく音を出すことなどなど。結構、人との対話は面白い。折り畳み自転車ルイガノを今宵は外に出して前輪下にチェーンロックして就寝体制をつくる。ゆっくり眠れそう。

   ・車旅原則1:人には語りかけること。情報が入る

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140727 日本一周車旅回想。4月19日妻に見送られ勇躍出発、初日のメインは「つのしま大橋」。

2014年07月27日 | 趣味と交遊

 

プランニングの概要は4月末に満開予定の富士山周辺の桜を世界遺産富士をバックに写真をとること、北海道に3週間ばかり時間をとって一周すること、5月下旬に青森に戻り、三陸海岸沿いを南下し震災後をみて、6月初めに千葉のKKさんと再会して、東海道を南下、伊勢神宮にも参拝して6月10日くらいに福岡の自宅に帰還するというもの。いずれにしても勝手知らない初体験の場所ばかりだから頼りにするのは道の駅ガイドブックと日本道路地図(西、東2部)とナビ、それと全国車中泊コースガイド(必見ポイントと車中泊場所案内)。金銭面の制約はあれど、時間はありあまっているので出たとこ勝負で急がずあわてず安全運転でゆっくり行こうということを大原則にしてスタート。

出発するまでの1か月、あれやこれやを想定して、キャンプの準備や、蚊よけのネットの自作や暑い時を想定しての準備など気温零度から30度までを想定しての準備だったのでとにかく軽四の室内スペースが携行品でいっぱいになってしまった。こんなことをしていてはきりがないということで予定より1日早く19日に出発したというのが裏事情。

ナビにつのしま(角島)大橋近くの道の駅、北浦街道豊北と車中泊予定の萩しーまーとの2か所をいれて出発。長淵剛のCDをオンにしてルンルンスタートしたというわけ。九州自動車道大宰府ICののって下関ICめざし車を走らす。メンズドリーム号はターボエンジンをふかして快調に走ってくれる。メカリPAまで100KM、ここで昼食休憩。ウニ海鮮どんぶり1450円があったがここはぐっとおさえて550円のメカリラーメン。結構うまかった。

観光案内で西日本高速道路地図をもらって出発。下関インターをおりて海岸線を山陰本線ぞいに北上、道の駅北浦街道豊北に2時ごろつく。この道の駅からつのしま大橋が見える。トイレで同年輩の男性に尋ねてみるとぜひ渡ってみてくださいという。この橋は離島だった頃、町民の熱心な陳情でできた生活道路だが自動車メーカーや引っ越し業者の宣伝でこの橋が使われ全国に知られるようになった。この日は強風で橋の中間の車寄せに止めて外に出るのも大変なくらいの強風だった。とりあえずはメンドリ号をいれての記念撮影。島の方まで車を走らせたが横風でハンドルが取られそうになる。さぞかし橋の建設も大変だったろうと

16時すぎ、車中泊予定の道の駅「萩しーまーと」をめざし出発。山陰本線と並行して走る感じ。途中、路肩で休憩していると一両のあかい電車、助手席テーブルのカメラであわてて撮影。ここで一句。

 初夏の風 五感にうけて 古稀の旅

18時、萩しーまーとに着く。浜料理の店がんがん、奮発して海鮮どんぶり1200円也。店のスタッフに日帰り温泉があるか聞く。萩たなかホテル、車で3分。600円也。なんと露天風呂から夕日をみることができた。ラッキーでした。道の駅にもどり就寝準備。5面の窓ガラス面にマルチシェイドを装着、プライバシーを確保。内からロックして荷物を棚の上にのせ足を伸ばせるスペースづくり。少々荷物をつみすぎたと反省。左サイドの折り畳み自転車を外にだせばよいのだが面倒なのでそのまま寝ることにした。助手席テーブルに枕をおいて寝転がる。まさに畳一畳の大宇宙といった感じだ。まあまあのできの初日でした。

 

 

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140726 日本一周軽キャン車旅写真集整理完了。昨晩熱帯夜、体ぐったりだね

2014年07月26日 | 趣味と交遊

 車旅の写真整理がとりあえず終了。6月10日に福岡に帰って結局50日近くかかってしまった。A4のクリアファイル60ポケットを購入し1冊にまとめる予定だったが分厚く重くなってきたので、北海道1周までを上巻にして福岡帰還までを下巻にしてやっと整理完了、この間、エプソンの純正インク6色セットを2回、クリスピアの写真用紙2L100枚、L版200枚を購入、結局2L93枚、L207枚をプリントして編集。約3000の玉石混交の画像データから300枚、10%を抽出したことになる。玉石混交といったが玉はわずかしかない。

下巻は青森から福岡まで16日間だが暑さその他で疲れが出てきたこともあるがややスケジュール消化型になった感がいなめない。ゆっくり楽しむにはあと10日ばかり必要だったね。

見開きになぜ?車旅ということで当初の狙い、テーマをいれておいた。

1、日本「彩」発見、こころのレンズで日本を写し撮る  2、東日本大震災3年後の生の姿を見る、聞く、撮る  3、旧交を温める、過去の出会いとの再遭遇  4、世界遺産富士を撮る 5、他の世界遺産にも足跡を残す

6、北海道キャンプ地での避暑逗留体験をする 7、主要神社をまわり、朱印20か所をもらう 8、リタイア日本1周車旅の本を出すためのデータ収集 9、1日1句の俳句作り(芭蕉の奥の細道気分で) 10、古稀の人生ふりかえり

ぶらり、自由に、こころの一人旅というわけにはいかなかったが日本の最果ての信号のない直線道路から大東京の車の洪水の道、何十というトンネルを走りぬけ、いろんな人と出会い、景色と遭遇し、日本という国を体感してきた。120ページほどの軽キャンピングカーでの日本1周車旅の軌跡を、ページを追いつつ、振り返っていきたい。

53日間車旅の軌跡一覧には、日時、天候、その日の走行距離、累計距離、主な旅スポット、車中泊場所、夕食、温泉と整理されている。車旅ノートをみなおしながら紹介していきたい

今宵は団地の夏祭りだったが部屋を閉め切っているせいか、盆踊りの音楽も聞こえなかったね。妻もこのたぐいの集まりは好みじゃないようだし、わたしもこの2~3年でていない。日本全国が猛暑で熱中病熱中病とTVの司会者がうるさいくらいだが確かに昼間の部屋の蒸し暑さ、夜のエアコンがきれたあとの寝苦しさ、やはり頭がもうろうとしてくるね。きょうはこれくらいでやすませていただきます。

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140723 梅雨が明け大暑、蒸し暑い。孫たち夏休み、お絵かきのモデルに!

2014年07月23日 | マイ家族

 梅雨が明けた途端にさっそく暑い夏の到来。当たり前のことかもしれないが一斉に蝉も鳴きはじめ、早速孫たちが買い物がてら遊びに来た。昼食もさっぱりした冷やしソーメンが食べたいという。食べたい、食べたくないと孫たちの嗜好は明快。ネギやワサビのはいった麺つゆにつけて食す。おいしい。さっさと食べて孫たちは遊びモードに変換。姉は小2、弟は幼稚園年少組、仲が良い。姉がすることをすぐに弟がまねる。元気に育っている。

 新聞に子供の発達障害で悩んでいる親が多いという特集記事。自閉症や情緒不安。注意欠陥、多動性障害、授業中歩きまわったり大声を出したり、衝動的でささいなことで喧嘩したり、記憶力が弱く忘れ物がおおかったり大変らしい。発達障害者支援法ができて10年になるらしいが支える側の体制が追いつかないらしい。学級に5~6%はいるというから驚く。先生も親も支援関係者もどう対処していいかわからないのが現状らしいね。「窓際のとっとちゃん」を思い出すがあなたはできる、やれる、いいこなんですよと抱きしめてやる。理屈はわかっても親はつい怒鳴ったりぐちったりしてしまうらしい。

 家には遊び道具などないから孫の相手も大変。パソコンで新幹線の動画をみせたり、肩こりほぐし用のバイブレーターでぶるぶるしてやったり、書斎周りをさがすがこれぞといのはみつからない。孫娘がコピー用紙をみつけお絵かきするという。私がモデルになって書いてくれたのが添付写真、けっこううまく書けてる。3歳の弟の絵は宇宙人みたいだったがそれはそれで面白い。まあどんな大人に成長してくれるか楽しみだがこれからいろんなことがあるのだろうね。孫娘の結婚式に出れるかどうかわからないがあと20年、もう90歳になってしまうね・・・

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140719 ラッキーだったと思える今までの人生。昨今の理不尽な事故に思う。今、富良野は!

2014年07月19日 | アフターセブンティ

(上2枚の写真は5月22日に車旅で訪れた時の富良野、富田ファーム)

(多分、今頃はこんな感じになっているはず)

 日本一周車旅から帰還してはや40日が過ぎたが撮りためた写真の整理がやっと34日目の富良野あたりにたどり着いた。A4クリアファイルに見開き2ページで1日分くらいのめどで整理しているがL版4枚、2L版2枚を選定、絞るのが大変。厚みも4センチでづっしり重い。上の写真は有名な富田ファームのラベンダー園、季節季節の大農園をパッチワーク状に彩る。花を見るには1~2か月早すぎた。まさに平和の象徴のような花卉農園風景だが真逆の悲惨な、理不尽な事故が多発している。

 小樽で海水浴帰りの若い女性4人が酔っ払い、携帯前方不注意の31歳の男の車にはねられ3人がなくなった。私が彼女たちの親だったらその男をつかまえて殴り殺してやると思わずを得ないほど憤ったね。一緒に飲んでいたバカ者たちも酒酔い運転ほう助で同罪だ。まったく歯止めが効かない世の中になってしまった。ぬけぬけと事故をおこさなければいいと思って乗ったと言っていたらしいがバカかと思う。同じように脱法ハーブで頭もうろうの男に女性がはねられなくなった。こうしたらどうなる、そうなったら自分はこうなるといった想像力が全く働かないんだね

 倉敷の小学校5年尾の女の子の行方が分からない。シルバーの小型車の不審な男がわが娘の周辺にうろついているのが母親にはわかっていたらしいが、GPS付の携帯をもたせるだけでよかったのかどうかわからないがたくさんいる子供たちの中でなぜ彼女だけがその男に目をつけられたのか不可解だが。

 先日、息子夫婦がギリシャへ新婚旅行にでかけ、無事に帰ってきたが、ギリシャは財政再建途上国だし国民の生活も意識も大変じゃなかろうかと心配していた。こんなのは年寄りの杞憂と思われるかもしれないが災難はむこうからやってくるからやってきたらどうしようもないが用心にこしたことはない。   マレーシア航空の民間機がイスラエルで何者かによってミサイル攻撃をうけ撃墜され空中爆発をおこし298名の乗客乗員が死亡した。イスラエルと親ロシア派のまさに戦争の巻き添えを食ってしまった。まったくもって理不尽としかいいようのない事故である。

  まあ、69年と2か月、たいした事故にあわずに生きてこれたのはまったくもってラッキーだったというほかない

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140715 追い山で博多山笠終わる、サッカーワールドカップ、ドイツ世界1

2014年07月15日 | 趣味と交遊

 五時過ぎ目が覚め、テレビをつけると博多山笠の追い山中継、いつもながらのシーンだがヤマのぼせたちの熱気が画面から伝わってくる。7百数十年の伝統がきっちり引き継がれ博多の町々の結束が強固。今年は撮影にいかなかった。

 久しぶりに宝満川沿いを1時間ばかりFZ200を首にぶらさげ散歩。車旅の写真整理などで家にひっこんでいると体がなまってくる。遭遇したのはダイサギ、アオサギ、スズメ、カラス。それに一瞬カワセミらしいコバルトブルーがめにとまったのみ。1時間あるくとさすがに体中の細胞が始動してくる感じがする。習慣化がひつようだね

 32日間、世界を熱狂させたとされるブラジルW杯2014が終了。決勝はドイツが延長後半、延長戦間際に交替ではいった22歳の若手ゲッツエの見事なシュートで決勝ゴールをきめ、アルゼンチンを下し優勝。私自身熱狂したわけではないがTVに映し出されるブラジルなどの熱狂ぶりはすごいね。政治的には大統領など相当なブーイングらしいが75000人の観衆というのはやはりすごいね。勝者と敗者の落差はおおきい。敗者のアルゼンチン、メッシがMVPに選出されたのは意外だったが最後のフリーキックも決められなかったメッシもうれしくなかったろうにね。選出には疑問符。ドイツは18人のうち6人が二重国籍らしい。国籍やエリアをこえて選手を集めないと強力チームができないのは日本の高校野球と同じか。3位決定戦は必要かと論議されるように、2位や3位は勝負の世界では意味がないのかもしれないね。かつて浅田真央が銀メダルでむつっとしていたように・・・

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140711 MLB,ヤンキースの田中、右ひじ靭帯一部断裂で故障者リスト入り、責任は誰に?

2014年07月11日 | 辛口ひとりごと

(アオバズク、2回目のご対面。かくれんぼ)

福岡県といっても結構面積は広く、台風などの被害も一律ではなく我が家周辺はありがたいことに自然災害は非常にすくない。台風8号も沖縄は特別警報がでたりで大変と思っていたがなんと2000キロほど離れた松本で土石流で大被害。気象予報士も毎日毎日おもしろおかしく解説をして予報や注意を促しているが結局は災害を防ぎきれない。地震よりもよほど予測がしやすいと思うのだが専門家の英知が結集できているのかね。九州へ上陸した時はだいぶ勢力が落ちたらしい。これも後付けの説明ばかりがでてくる。

プロとアマの違いはこの先読み能力と読んでどうするかという判断、決断力。経営者は常にこの問題と向き合い失敗すると会社はつぶれ社員を路頭に迷わせることになる。

快進撃していたヤンキースの田中が右肘靭帯一部断裂、故障者リスト入り、リハビリに6週間を要し、わるくすると今年は絶望ということらしい。田中は絶好調の時も要は7年間貢献しないとダメと明言していた。じゃあそのための必須条件は何かということになる。イチロー選手が偉大なのはいつもテレビでみせてくれる念入りな柔軟体操であり、何億という報酬を体作りに投入する。だから10年連続200本安打というとてつもない記録が残せたのであろう。

松坂や和田の例を待つまでもなく投手は肘の故障が命取り、アキレスけんであるのは監督もコーチもトレーナーも奥さんももちろん本人が百も承知でないといけない。しかも田中は楽天のエースで日本シリーズで無茶な連投をして日本1に導いた。こんなことはヤンキースの首脳陣もみていたはず。田中はあぶない。しっかり右ひじ管理をしないとだめ。

ところがヤンキースの大黒柱でメジャートップの12勝をあげてしまった。中4日で田中に頼らざるをえない先発投手陣。いずれにしてもことがおきてしまった。一体責任者はだれか。田中はオールスターにも選手投票で選ばれ、このままいくと日米で連続20勝以上勝てるかとまわりが思い、本人も思ったのではないか。これは本人に聞いてみないとわからないが・・。1か月ばかりのリハビリで治ることを祈るのみだね

実はこのブログを書いた後、新聞に田中選手が実は活躍と故障を1年おきに繰り返しているといういわばジンクスをもっているという記事が出ていた。新人賞の翌年は肩痛、15勝の翌年は太もも裏と大胸筋負傷、19勝沢村賞の翌年は腰痛で不本意な成績で終わってるらしい。これじゃあ24勝0敗のあとの今年は故障の年周りになる。しかもボールからマウンド、投球サイクル(中六日から中四日)に至るまで大きく変わったメジャーリーグの環境。残念ながら田中選手自身に油断があったのではないか・・・

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