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映画「フェアウェル」:家族が持つややこしい温かみを炙り出す仏頂面

2020年10月11日 19時55分37秒 | 映画(新作レヴュー)
ミン・ジン=リーの小説「パチンコ」は,日本が占領していた時代の朝鮮半島から大阪へと渡ってきた家族の4代に亘る愛と苦闘を描いた,頁をめくる手が止まらない文字通りの「ページターナー」だった。その中で3代目モーザスの妻となる裕美が,日本では在日が幸せになることは出来ないと考え,アメリカへの移住を夢見て英語の勉強に励むというのが,終盤の布石となっていたのだが,北京で生まれマイアミやボストンで育ったという監督のルル・ワンも,中国で同じような夢を見て海を渡った家族の一人なのかもしれない。監督の実体験に基づく物語「フェアウェル」は,祖国に残った祖母の看取りを題材に,家族の普遍的な姿とタイムリーな変容を同時に描き出して,真にグローバルなアジア映画となった。第二のアン・リーの出現と呼んでも大げさではないかもしれない。

ニューヨークに暮らすビリー(オークワフィナ)は,中国に暮らす祖母が肺ガンで余命3ヶ月と聞いて,両親が止めるのも聞かずに祖母の元へ駆け付ける。ところが中国ではまだ病名や余命を本人に宣告するという習慣がなく,ビリーも本心を隠していとこの結婚式に出席する。体調を崩しながらも孫のことを心配する祖母を見て,ビリーは何としても本当の病状を隠すと心に決め,診断書を改ざんすべく病院へと走り出す。

劇中の会話で,アメリカに行くことが成功=金持ちになる,というステレオタイプのイメージが語られる。ところがビリーはそんなステレオタイプな成功を超えて,自分がやりたい文化的な仕事(学芸員)を目指しているのだが,帰国前に採用試験に落ちてしまったことを知る。一般的な渡米のイメージとは別のフェーズを歩む居心地の悪さを抱えているだけでも充分に大変なのに,電話でしか話せない祖母が余命幾ばくもないと聞けば,そりゃ仏頂面にもなるわな,というビリーを,オークワフィナが完璧に演じる。祖母への愛と感謝を内に秘め,悲しみを抑えようとするビリーの葛藤が着火剤となって,歌と挨拶と料理てんこ盛りの結婚式へと家族一同がなだれ込んでいく様には,伝統とグローバルが混在しつつ決して歩みを止めない中国のエネルギーが滲み出ている。
噛み合わない部分はあっても,意地の悪い人間は誰一人出て来ないというシンプルな脚本も,巧みなキャスティングによって見事に立体化され,後味も爽やか。ロブスターを出さなかった頑固なシェフさえ結果オーライだ。

太極拳を続けながらも肺ガンステージ4となってしまった祖母の行方を知ってのけぞるラストまで,楽しませて泣かせたルル・ワン。「ハーフ・オブ・イット」のアリス・ウー共々,在米中国系女性監督(冠が多すぎるか)の仕事に脱帽の2020年。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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