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映画「バイス」:空虚な権力志向の完全コピー

2019年05月01日 19時36分36秒 | 映画(新作レヴュー)
クリスチャン・ベイルの役へのなり切り度は,既に「レイジング・ブル」のロバート・デ・ニーロの域に達していると言えるだろう。妻の願いに応じて,ただひたすらに権力を追い求め,アメリカを窮地に追い込んでしまった副大統領ディック・チェイニーという空虚な器に,一分の隙もなく入り込んでしまった「バイス」での演技は,「レイジング・ブル」でのデ・ニーロを彷彿とさせる。こちらも驚くべき完成度のサム・ロックウェル扮するジョージ・W・ブッシュ大統領共々,裏付ける取材があるだろうとはいえ,実在且つ健在の人物をここまで詳細に描いてエンターテインメントに昇華させる覚悟と技量には脱帽だ。

報道で知る限りのチェイニーは,ブッシュの有能な懐刀という印象だったのだが,実は「バイス=邪悪」プレジデントとして世界最大の権力を濫用してしまったトンデモ野郎だった,という実態が丁寧かつ執拗に描かれる。
しかもある意味「チャンスの国」らしいとも言える安易さで,チェイニーが権力の座に近付いていく過程が描かれるのだが,これまた彼を引き上げるラムズフェルドのリアルな造形にも舌を巻く。演じるのはアダム・マッケイの前作「マネー・ショート」を始めとして監督とは盟友関係にあるスティーヴ・カレル。「バトル・オブ・セクシーズ」に続いて,何があっても観客の好意は受け付けません,と言わんばかりの嫌味たっぷりの演技は,政治の裏街道を描くには不可欠のスパイスとなっている。

そういった勇気ある仕掛けと表裏一体なのが,実際に起こったインシデントに忠実であるが故の平板さだ。言い換えれば,チェイニーの愚劣さとそれを許してしまう米国の政治制度,更にそれがこうした形で国民の目に晒されるまでバックヤードに封じ込めてしまう政治屋たちの狡猾さといった主題は,映画の半ばまでで描かれ切ってしまい,終盤は悪くいえば「流す」感じに陥ってしまっている。エンドクレジットの途中で挟まれる,共和党支持者対民主党支持者の殴り合いは笑えるが,ここまでの役者を揃えたのだから本編でせめてもう一捻りないのかい?という,実録派作品に対して言ってはいけないおねだりをしたくなったのは事実だ。

とは言え,今の日本ではあり得ない勇気ある挑戦を貶めるのは本意にあらず。ベイルの,「ウィンストン・チャーチル」におけるゲイリー・オールドマン以上のそっくり度を観るだけでも大枚払う価値あり。
★★★
(★★★★★が最高)


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