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映画「桃さんのしあわせ」:年輪の凄みを感じさせる女優,ディニー・イップ

年老いた家政婦と彼女に育てられた50男との心の交流を描いた物語。
要約してしまうと,たったこれだけの話なのだが,ディニー・イップという役者が演じる家政婦の笑顔の力が全編を引っ張る。
物語には展開もツイストもどんでん返しもない。あるのは,良い人しか出て来ない,普通に考えれば2時間の映画を保たせるにはあまりにもナイーヴでシンプルな要素ばかり。
にも拘わらず,映画が終わって席を立つ時には,人生の大先輩の大きな背中が持つ,えも言われぬ温かな安心感に包まれている。終盤近く,パーティーで初対面の桃さんに「煙草は良くないよ」と諭された中国の著名な映画監督は,きっと明日から煙草をやめるに違いない。

「女人,四十。」(未見)で知られるアン・ホイ監督は,どこから見ても直球勝負の胆力派だ。普通なら導入部で主人公の映画プロデューサー(アンディ・ラゥ)と桃さんの日常生活における交流を,いくつかのエピソードを交えて丹念に描いた後で,桃さんを病に倒す(失礼)というのが定石だろう。だがホイ監督は導入部とも言うべき部分を思い切り端折って,倒れた桃さんを「家族以上にかけがえのない人だった」と主人公に気付かせるところから始める。ある意味,ストーリーもサスペンスも関係なく,徹頭徹尾撃ち合い続けるアクション映画のようだ。最初からそこに行っちゃって大丈夫か?と思わせるような構成なのだが,それだけアクション・シーンの演出=本作においてはディニー・イップの演技力と存在感に,自信を持っていた証拠なのだろう。

そして,そんな監督の信頼に足る素晴らしいパフォーマンスを見せるイップは,親子でも夫婦でも姉弟でもない,あくまで雇われた家政婦と主人という関係を尊重したまま,しかし他人であるが故の,率直さという点では,親子も叶わないような関係を静かに描き出す。上述したパーティーの行き帰りに,本音と気遣いを織り交ぜた会話が交わされるシークエンスに溢れる空気は,極上のスペクタクルにほかならない。
物語に登場する映画プロデューサーが作る作品には縁が薄いと思われる国際映画祭での戴冠を,現実には本作で果たした(イップがヴェネチア国際映画祭で主演女優賞を受賞)ことは,モデルとなった実際のプロデューサーであるロジャー・リーにとっても,彼の桃さんにとっても,この上ない歓びとなったことだろう。観る人を幸せにする巻き込み力の強さという点では「リトル・ミス・サンシャイン」に匹敵。
★★★★
(★★★★★が最高)
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