子供はかまってくれない

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映画「WANDA」:虚ろな視線の先に見える強靱な力

2022年09月19日 19時48分00秒 | 映画(新作レヴュー)
編集者スティーヴン・ジェイ=シュナイダーがまとめた「死ぬまでに観たい1001本」は,時代が進むに合わせて改訂版が出ており,その度に新しい映画が追加されると同時に,新作映画の追加本数だけ古い映画が削除されているようだ。際限なく作品数を増やすよりも「1001本」という,どうして決めたのかは分からないけれども,それなりに意味のありそうな数字に拘る態度は,映画というジャンルのガイドブックに相応しい行為のように思える。私が持っているのは2004年発行の日本版だが,1971年を代表する作品として「ギャンブラー」や「ダーティハリー」「ラスト・ショー」といった著名作と並んでこの「WANDA」が紹介されていた。エリア・カザンの元妻であるバーバラ・ローデンが遺した唯一の作品ということだったが,その本を読むまで監督の名前も作品名も聞いたことがなかっただけに,妙に記憶に残ると同時に,世界にはこんなに無名の佳品がたくさんあるのかと想像を巡らせたものだった。その「WANDA」がどういう経緯か,20年近く経った今年,劇場で公開された。しかも嬉しいことに,当時の想像を超える凄まじいエネルギーを秘めた作品だった。世に知られた作品だけを観て,分かった振りなどして生きていてはいけない,と自戒している。

夫に捨てられた女(バーバラ・ローデン)が街を彷徨い,やがて旅を共にすることになった男の犯罪に巻き込まれ,最後に一人に戻って途方に暮れる。劇中で殺人事件や銀行強盗等の犯罪が描かれるものの,およそ劇的な展開とは無縁の,虚ろな女性の姿が色味を欠いた乾いた画面に淡々と映し出される物語は,だからこそ徹頭徹尾不安な表情を宿し続ける女の内面に入り込んでいく。
冒頭,採掘現場の砂利道を歩き続ける女の姿を観て,真っ先に思い浮かべたのはケリー・ライカートの作品だった。画面をゆっくりと横切っていく馬車と砂利道をひとりで歩んでいくことになった女。この先に何が待っているのか分からず,それでもとにかく進んでいかざるを得ない彼らに共通する不安は,カメラに切り取られた瞬間に観客に共有され,彼らの頼りない背中を押す共犯者になるのだ。

諦念と同時に,生きることへの疑問と執着がないまぜとなったラストシーンは,制作から50年が経った今も色褪せるどころか,却って様々な分断が進む現代を貫くだけの力を持って迫ってくる。見事な処女作であり遺作だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)

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