子供はかまってくれない

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映画「イニシェリン島の精霊」:退屈な男と極端な男の間に漂う奇妙な空気を吸い込む至福

2023年02月25日 12時00分37秒 | 映画(新作レヴュー)
圧倒的な筆力と完全にひとつのチームと化した役者陣の素晴らしいパフォーマンスによって観客をドライブした「スリー・ビルボード」から早6年。待ちに待ったマーティン・マクドナーの新作は,100年前のアイルランドを舞台にしたとてつもないお伽噺だった。巷間よく耳にする「タイパ(タイム・パフォーマンス)」的には相当評価が低くなるであろう作品だからこそ創り得た空間の魅力に酔いしれる114分。またもや受難に遭う指が痛くて堪らないというおまけも,ちゃんとついてくる。

主人公は,対岸で内戦が続くアイルランド本島を尻目に,精霊が舞い降りると言われるイニシェリン島の酒場で毎夜時間を潰していた中年男の二人組。ある日,そのひとりコルム(ブレンダン・グリーソン)が相方のパードリック(コリン・ファレル)に対して絶交を宣言するところから物語は始まる。一体何が悪かったのか。パードリックはコルムに理由を問い詰めるが,コルムは「お前が退屈だからだ」としか言わない。パードリックは優秀な妹(ケリー・コンドン)や年少の仲間ドミニク(バリー・コーガン)を巻き込み,何とか和解を図ろうとするが,やがてコルムは「これ以上声をかけたら自分の指を切り落とす」と宣言する事態にまで発展する。フィドルを弾くことが生き甲斐のコルムを,そこまで追い詰めたものは果たして何なのか。馬と犬とロバと山羊が辿る運命は?

全編に対岸の戦火と死の気配が漂う展開なのにも拘わらず,至る所で堪えきれず笑いが漏れてしまうマクドナーの絶妙のシナリオと,それに応える役者の業に唸らされる。でかくて面倒な奴コルムと,呑気ないい奴パードリックが,ひとつのフレームに納まる時に発生する磁場は,マクドナーと場数を踏んできたこの二人の役者ならではのもの。そんな男二人の諍いを戦争のメタファーとして捉えることも可能だが,国同士に限らずあらゆる関係性において惹起する可能性のある,普遍的なモチーフに昇華させた脚本の凄さは,倍速視聴では味わうことが難しいはずだ。
その二人を側面からがっちりと支えたコンドンとコーガンの力量も凄い。ドミニクの死が事故なのか自殺なのかは,コルムの決別の真意と共に最後まで明かされないことで,映画を反芻する面白さも濃い目だ。

犬の面倒を見てくれたパードリックに礼を言うコルムに対して「どういたしまして」と返したパードリックの台詞は「anytime」だった。仄かな希望を灯したラストも実に鮮やか。それにしてもロバの喉を塞いでしまうコルムの指の太さったら!
★★★★★
(★★★★★が最高)


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