少し前の朝日新聞に,東京藝大卒の映画監督を取り上げた記事が載っていた。その中で「エンタメ系」の代表監督として名前が挙げられていたのが最新作「響HIBIKI」や「センセイ君主」,更には「君の膵臓を食べたい」などヒット作を量産する月川翔で,「芸術系」の代表格が本作のディレクターである濱口竜介だった。
話題の「ハッピーアワー」も含め,これまでの諸作はいずれも未見のため,今回が濱口作品との初めての対面となったが,いやいやどうして。東出昌大を主役に据えた本作での堂々たる演出ぶりは,エンタメ系としても充分に通用する腕前と断言できる。
突然姿を消した恋人麦(東出昌大)に瓜二つの男性亮平(東出:二役)と出会った朝子(唐田えりか)は,やがて亮平を愛するようになり,京都で新しい生活を始めるために川のほとりに立つ家を新居に選ぶ。そんな朝子の前に突然,モデルとして成功を収めた麦が現れる。朝子は麦が差し出す手を取り,追いすがる亮平を振り切って北海道へと車を走らせる。
柴崎友香の原作は未読だが,スクリーンで繰り広げられるのは静かで熱くスリリングな愛のバトルだ。辛い別れを経験した朝子は,ゆっくりと亮平に心を開いていきながらも,亮平に惹かれた理由を打ち明けられないという葛藤に悩む。一方で,亮平は麦の存在を知りながら,それを朝子には打ち明けずに静かに彼女を見守るという選択をする。お互いに強く惹かれながらも,心の内に熾火を抱えながら一定の距離を置く二人の姿に,濱口はあるプロットを対置する。
それは朝子の友人マヤ(山下リオ)と亮平の同僚耕介(瀬戸康史)を交えた食事会の席で,耕介がアマチュア劇団の役者を続けているマヤの演技をヴィデオで観て,批判するシーンだ。昔役者を志していたことのある耕介は,一種の羨望を覚えてマヤを糾弾するのだが,「そこまで言わなくても」という言葉を口にしたことによって最終的に二人は結ばれる。愛情を抱いている相手に自分の思いを言葉にして伝える,という決断と作業の困難さを,自然体で表現する四人の若手俳優の見事な演技が,シンプルな物語を豊かな感情で満たす泉となっている。
「桐島,部活やめるってよ」以来の東出の棒状の演技は,二役というハードルを越える踏み台として上手く機能している。唐田の表情を読み取れない表情の曖昧さ,オートチューンを操るtofubeatsのロボ声もはまっている。
高い防衛装備品を沢山買うことよりも,この作品と「万引き家族」が出品された今年のカンヌの方が,日本の世界的なプレゼンスを高めるのに遥かに役立ったことは間違いないだろう。
★★★★
(★★★★★が最高)
話題の「ハッピーアワー」も含め,これまでの諸作はいずれも未見のため,今回が濱口作品との初めての対面となったが,いやいやどうして。東出昌大を主役に据えた本作での堂々たる演出ぶりは,エンタメ系としても充分に通用する腕前と断言できる。
突然姿を消した恋人麦(東出昌大)に瓜二つの男性亮平(東出:二役)と出会った朝子(唐田えりか)は,やがて亮平を愛するようになり,京都で新しい生活を始めるために川のほとりに立つ家を新居に選ぶ。そんな朝子の前に突然,モデルとして成功を収めた麦が現れる。朝子は麦が差し出す手を取り,追いすがる亮平を振り切って北海道へと車を走らせる。
柴崎友香の原作は未読だが,スクリーンで繰り広げられるのは静かで熱くスリリングな愛のバトルだ。辛い別れを経験した朝子は,ゆっくりと亮平に心を開いていきながらも,亮平に惹かれた理由を打ち明けられないという葛藤に悩む。一方で,亮平は麦の存在を知りながら,それを朝子には打ち明けずに静かに彼女を見守るという選択をする。お互いに強く惹かれながらも,心の内に熾火を抱えながら一定の距離を置く二人の姿に,濱口はあるプロットを対置する。
それは朝子の友人マヤ(山下リオ)と亮平の同僚耕介(瀬戸康史)を交えた食事会の席で,耕介がアマチュア劇団の役者を続けているマヤの演技をヴィデオで観て,批判するシーンだ。昔役者を志していたことのある耕介は,一種の羨望を覚えてマヤを糾弾するのだが,「そこまで言わなくても」という言葉を口にしたことによって最終的に二人は結ばれる。愛情を抱いている相手に自分の思いを言葉にして伝える,という決断と作業の困難さを,自然体で表現する四人の若手俳優の見事な演技が,シンプルな物語を豊かな感情で満たす泉となっている。
「桐島,部活やめるってよ」以来の東出の棒状の演技は,二役というハードルを越える踏み台として上手く機能している。唐田の表情を読み取れない表情の曖昧さ,オートチューンを操るtofubeatsのロボ声もはまっている。
高い防衛装備品を沢山買うことよりも,この作品と「万引き家族」が出品された今年のカンヌの方が,日本の世界的なプレゼンスを高めるのに遥かに役立ったことは間違いないだろう。
★★★★
(★★★★★が最高)