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映画「ビューティフル・デイ」:「スタイリッシュ」という生き方

2018年06月17日 09時13分04秒 | 映画(新作レヴュー)
今年のカンヌ国際映画祭で,審査委員長であるケイト・ブランシェットの発案により,これまで同映画祭に参加した女性監督の数と同数の映画関係に従事している82人の女性が,レッドカーペットの階段に集結して話題となった。この間に同じ階段を上った男性監督の数は女性の20倍以上の1,688人ということで,いかにこの業界で女性が「少数派」に留まっているかということを世界中に発信しようとしたケイトの試みは見事に成功した訳だが,その数少ない女性監督の中でもリン・ラムジーは別格の存在と言えよう。カンヌで脚本賞と男優賞を受賞した新作「ビューティフル・デイ」は,まさに劇中で振り下ろされる鉈のような破壊力で,観る者に物語を語る術の拡張を迫ってくる。

裏社会の汚れ仕事で糊口を凌いでいる主人公ジョー(ホアキン・フェニックス)が,上院議員からある組織に拉致されてしまった娘の救出を要請される。ジョーは教えられた場所へ行ってその少女を発見し,鉈を使って彼女を助け出すのだが,その時テレビのニュースでは,依頼主だった彼女の父親が飛び降り自殺をしたことが報じられていた。一体何が起こっているのか。

体裁はハードボイルドなミステリーだが,映画は事件の核心に何があるのか,ジョーがどうやってその謎を解いていくのか,といったプロットにはまったく関心を示さない。ジョーが子供時代に遭遇した陰惨な事件が,何度かフラッシュバックされるのだが,最後までその詳細は明らかにされない。スタイリッシュな短いカットの積み重ねと大胆な省略は,常に観客に想像力のフル稼働を強いてくる。観終わった後の疲労感と充実感は,90分というコンパクトな上映時間には見合わないものだ。だが陰惨な描写が続くのにも拘わらず,ミッション完遂のためには何の躊躇も見せずに人を殺すのに年老いた母親の前ではこの上もなく優しい息子を演じるジョーと,過酷な経験をしたために人間的な感情を封印してしまったように見える少女の間に生まれる連帯と共感の感情は,そうしたラムジー独自のスタイルを貫いたが故の成果に他ならない。

P.T.アンダーソンとのコラボを経て,当代きっての怪しい俳優に成長したホアキン・フェニックスの存在感は一見の価値あり。音楽を担当したジョニー・グリーンウッドも,不安定な電子音を多用して「ファントム・スレッド」以上に作品の重要な要素として機能している。ラムジーの世界観に賛同した共犯者たちによる挑戦は,恐ろしく深く魅惑的だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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