題名だけ見たら「セント・エルモス・ファイアー」の壮年版かと思ったが,全然違った。そもそも主演の三人は一般的に同じ学校の卒業生を意味すると思われる「同窓生」ではなく,ヴェトナム戦争の戦友なのだ。しかも描かれるのは懐かしさに駆られて旧交を温めるために集まった「会」ではなく,中東で戦死した,仲間の一人ドク(スティーヴ・カレル)の息子の亡骸を故郷へ運ぶ「旅」なのだ。しかし監督のリチャード・リンクレーターは,彼の前作「エブリバディ・ウォンツ・サム!!」から地続きの,かつて破天荒だった大学生の30年後を描いた物語,と勝手に予想した私のような浅薄な観客の心をも,岩盤浴(利用したことはないけれども)のような筆致で,身体の芯からじんわりと温めてくれる。
ヴェトナムでの忘れられない経験を引き摺りながら,それぞれの人生を歩んできた3人の元海兵隊員のキャスティングが絶妙だ。主役は息子を亡くしたドクことラリーだが,物語を引っ張るのは,当初は旅行に尻込みしていた牧師のリチャード(ローレンス・フィッシュバーン)を煽り,傷心のサルを慰める酒浸りのバーの店主サルだ。演じる「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」のブライアン・クランストンは,見事な演技を見せた「トランボ」の時以上に完璧に役にフィットしており,かつてこんな帰還兵が何万人もいたのだろうと想像させ,ヴェトナムでアメリカ人が負った深い傷を「ペンタゴン・ペーパーズ」とはまた別の視点から炙り出してみせる。他の二人と比べて遅い出世も,必要な廻り道だったと感服させる演技だ。
終盤,ヴェトナムで悲惨な死を迎えた同僚の母を訪ねるシーンが白眉。何よりも真実を伝えることが大事だと,三人の心が一致した上での覚悟の訪問にも拘わらず,息子の死を美談として受け容れ,その息子との冥界での再会が目前に迫った母親を前にして,三人が暗黙のうちに真実を伝えない決断をする姿は,重くまた尊い。「さらば冬のかもめ」の原作者が自らの小説の映画化に参加した脚本は,第二次世界大戦後に遂行されたヴェトナムとイラクという二つの戦争の犠牲の大きさにフォーカスしているが,それをこんな静かな声で語る方法を獲得したリンクレイターの手腕は高く評価されるべきだ。
息子の埋葬シーンにはレヴォン・ヘルムの「wide river to cross」を,そしてエンド・クレジットにボブ・ディランの「not dark yet」を被せたリンクレイターのセンスは,さすが「スクール・オブ・ロック」のディレクター,と唸らされる。今,最も乗っている監督の新作,マストだろう。
★★★★
(★★★★★が最高)
ヴェトナムでの忘れられない経験を引き摺りながら,それぞれの人生を歩んできた3人の元海兵隊員のキャスティングが絶妙だ。主役は息子を亡くしたドクことラリーだが,物語を引っ張るのは,当初は旅行に尻込みしていた牧師のリチャード(ローレンス・フィッシュバーン)を煽り,傷心のサルを慰める酒浸りのバーの店主サルだ。演じる「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」のブライアン・クランストンは,見事な演技を見せた「トランボ」の時以上に完璧に役にフィットしており,かつてこんな帰還兵が何万人もいたのだろうと想像させ,ヴェトナムでアメリカ人が負った深い傷を「ペンタゴン・ペーパーズ」とはまた別の視点から炙り出してみせる。他の二人と比べて遅い出世も,必要な廻り道だったと感服させる演技だ。
終盤,ヴェトナムで悲惨な死を迎えた同僚の母を訪ねるシーンが白眉。何よりも真実を伝えることが大事だと,三人の心が一致した上での覚悟の訪問にも拘わらず,息子の死を美談として受け容れ,その息子との冥界での再会が目前に迫った母親を前にして,三人が暗黙のうちに真実を伝えない決断をする姿は,重くまた尊い。「さらば冬のかもめ」の原作者が自らの小説の映画化に参加した脚本は,第二次世界大戦後に遂行されたヴェトナムとイラクという二つの戦争の犠牲の大きさにフォーカスしているが,それをこんな静かな声で語る方法を獲得したリンクレイターの手腕は高く評価されるべきだ。
息子の埋葬シーンにはレヴォン・ヘルムの「wide river to cross」を,そしてエンド・クレジットにボブ・ディランの「not dark yet」を被せたリンクレイターのセンスは,さすが「スクール・オブ・ロック」のディレクター,と唸らされる。今,最も乗っている監督の新作,マストだろう。
★★★★
(★★★★★が最高)