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映画「グリーンブック」:KFC関係者歓喜の巻

配信専用作品の扱いに関する大論争のきっかけとなったアルフォンソ・キュアロンの「ROMA」を筆頭に,個性的な秀作が揃った今年のオスカー作品賞を制したのは,まさかのピーター・ファレリー監督作だった。弟ボビーとの共同監督作「メリーに首ったけ」で,あのキャメロン・ディアスにまさかのヘアーワックス素材を使わせた,あのピーター・ファレリーがシリアスな題材に挑む。そのニュースを聞いて果たしてどんなことになるのかと首を捻っていたのだが,まさかそれが賞レースの最高峰を制覇することになるとは,盟友ジム・キャリーもびっくりだろう。

黒人差別が色濃く残る1962年の南部を,コンサートツアーで旅する黒人ピアニストと,その用心棒兼ドライヴァーを務めることになったイタリア系白人の触れ合いを描いたロード・ムーヴィー。ピアニストのドン・シャーリー,ドライヴァーのトニー・ヴァレロンガ共に実在の人物をモデルとしており,オスカーを受賞した脚本にはヴァレロンガの息子も参加しているというが,その内容についてシャーリー側から「事実と異なる」等のクレームも出されているという報道もある。だがコメディ映画としてみれば,クラシック音楽を学び洗練された立ち居振る舞いが身についた黒人と,粗野で金に汚いが家族思いで人情家の白人,というフレームそのものが肝だ。スパイク・リーが作品に対して強い調子で批判を繰り広げたことや,時代考証に関する指摘も数多くあると聞くが,MAGA(Make America Great Again)をスローガンに掲げるトランプ時代にこの作品が選ばれたという事実は,極めて重い。同じく同賞の受賞作である「ビールストリートの恋人たち」と「ブラッククランズマン」,そして「ブラックパンサー」と併せて見ると,昨年のメリル・ストリープの政権批判に対して汚い言葉で反論し,ハリウッド文化人たちの心意気を挫くというトランプのプロジェクトは,失敗に終わったことは明らかだ。

だが,作品が置かれた種々の社会的背景を除いて1本の作品として見ると,残念な部分の方が目に付く。実話がベースになっている,ということで制約があるのは仕方ないにしても,同じく実話に材を取った「ブラッククランズマン」が,映画化の際の脚色によって捻りを利かせたコメディとしての力強さを増したのに比べると,あまりにも予定調和な人情話に留まっている,という印象を受けてしまう。フライドチキンを食べたことがなかったドクターが,ファーストフードに目覚めるとっておきのシーンも,あくまでマハーシャラ・アリの個人プレーの範疇であり,非人道的な差別を行う側の愚かさを嘲笑うような仕掛けはほとんど皆無だ。トニーがドクターの性的指向を知ってもたじろがず,「世界は複雑だ」と肯定する重要なシークエンスも,至極淡泊に描かれるのみ。私は興行的には苦戦しているようでも,重層的な社会批判を繰り広げつつ,極上のエンターテインメントに仕上げた「ブラッククランズマン」の方に軍配を上げたい。ファレリー兄弟には毒のある下世話なコメディでの復活を乞う。
★★★
(★★★★★が最高)
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