子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「山のあなた 徳市の恋」:作り込まれた模型の質感がもたらす開放感

2008年06月04日 23時30分53秒 | 映画(新作レヴュー)
戦前の松竹を代表する名監督,清水宏の「按摩と女」を,現代の技術で徹底的に「カバー」したという作品。ユニークなのは,一般的に行われる,原作のストーリーや脚本を採用しつつ,オリジナルとは異なるアングルによるシークエンス構成や,現代風のアレンジを施した,所謂「リメイク」作品ではなく,基本的に同一の脚本とカメラアングルを可能な限り再現したというところだ。
「オリジナルを崇めつつ,隙を見て超えてみせる」という気迫が伝わってくるような丹念な仕事,即ち,カラーで写し取られた伊豆の風景,リアルな音響,そして模型との合成で再現された温泉宿の情景が,宣伝の惹句通り「フィルムによる温泉旅行」という境地にまで達している。清水作品を見ていないため,比較するという楽しみを味わえないのが残念だが。

砂利道に揺れる木漏れ日から始まる伊豆の風光明媚な景色と,殆ど全ての場面に煙る湯気とが画面の基調を成し,緩やかな移動撮影が心地よいリズムを生み出している。
特に,木造の古い温泉宿が建ち並ぶメインストリートを捉えたショットには,模型の持つ木の質感が見事に再現され,得も言われぬ温かさが漂っている。
おそらく,この合成ショットに力がこもっているか否かが,キャスティングと同程度に,カバーの目論見の成否を左右したと思う。「茶の味」の石井克人監督は,この賭に勝った時点で,映画の成功を確信したはずだ。

盲目の按摩衆のシークエンスや,女学生を正面から撮ったショット,更に微妙な絡み方に終始する相方の加勢亮の扱いなど,ちょうど70年も昔の作品ならでは,という要素も含めて,至る所にオリジナルへの尊敬と等価の工夫が滲む中,ヒロインを演じるマイコが光っている。
目が見えない主人公が,彼女に対して恋心を抱く一番の理由が,おそらくその「声」だったのだろうという事を,観客に充分に納得させるだけの魅力的な響きが,その声にはある。まだ23歳とはとても思えないくらいに成熟した,包容力のあるマイコの声こそが,容姿以上に柔らかな感触で,物語を静かにゆっくりと前に進めていく原動力となっているのだ。

一律千円に設定された入場料金が,果たして都市型温泉の入浴料を参考に決められたものかどうかは分からないが,映画館を出る時に感じる充足感が,料金以上ということは請け負える。
これを契機に,一介のサラリーマンにはとても手が出ないDVDボックスセットの代わりに,清水宏監督作品の連続上映が叶えば言うことはないのだけれど,どんなものかな。


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