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映画「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」:ウェルメイドな喜劇をはみ出す魅力

2020年11月23日 19時59分32秒 | 映画(新作レヴュー)
歴史上,実際に存在した人物や記録が残っている出来事を取り上げつつ,そこに今となっては厳密な検証が不可能な虚構を挟み込んでみる。表現者が歴史物を取り上げる際に用いる常套手段を巧みに使い,現実と虚構の境界を曖昧にすることで物語が持つエネルギーを最大限に引き出してみせたアレクシス・ミシャリク監督の「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」は,思いもよらない拾いものだった。

劇中,主人公の劇作家エドモン(トマ・ソリヴェレス,原題も「EDMOND」)がリュミエールの兄弟が発明した映画を観て,これからは「映画の時代だ!」と叫ぶシークエンスがあるが,まさに映画が発明された直後である120年前という,まだ完全な「歴史」になりきれていない「微妙な昔」を再現した見事な美術。魑魅魍魎が跋扈していたであろう興行界の空気を体現するような個性的な役者たち。そして「シラノ・ド・ベルジュラック」という,既に「古典」となった作品の誕生を,劇中の展開同様「アクションも必要」とばかりに見世物的要素を加えたアレンジ付きの喜劇のフレームの中で作り上げた,もともとは舞台劇だったという物語。こうした要素をスクリーンに賑々しく再構築して見せた,原案と脚本も担当しているアレクシス・ミシャリクの手腕には,大衆が喜ぶ「見世物」を目指していたであろうリュミエール兄弟も,きっと拍手を送るに違いない。

既に「シラノ・ド・ベルジュラック」が大成功を博したことを知っている観客は,創作にまつわるドタバタを安心して楽しむことが出来るのだが,すべてが予定調和で進むドラマの中で唯一,シラノと同じ役廻りを演じることになるエドモンが,劇中で親友が恋い焦がれる相手を振り向かせるための手紙を代筆しているうちに,本気でその相手を恋するようになるという展開が,アクセントになっている。親友は焦がれた相手と結ばれ,主人公は一時の夢から醒めて,糟糠の妻のもとへと戻っていく,という絵に描いたような安心・安全が約束された筋立てが,ほんの少しだけざわつく瞬間に生じるリアルが,作品全体に陰影を与えている。
物語の中で,劇場とほぼ等価の重量を与えられている酒場のアフリカ移民の子孫である主人が,主人公の心の支えになるというプロットが,一見陳腐に見えながらも静かにプレスを効かせているのも良かった。密な劇場が戻ってくるのはいつの日か。
★★★☆
(★★★★★が最高)


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