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映画「キャロル」:ニュアンスに富んだ眼差しを捉える高度な技術

パトリシア・ハイスミスの著作の中で,これまで唯一邦訳がなかったという原作の舞台を,現代に置き換えることなく1950年代初頭のニューヨークのままで撮り上げるというのは,制作チーム全員にとって大きなチャレンジだったはず。
トッド・ヘインズのそんな芸術的なチャレンジを見事に成功に導いた最大の原動力は,ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラという,芸歴だけを柔道の重量別階級で喩えたならば,無差別級と軽量級くらいの差がありそうに見える二人の素晴らしいパフォーマンスだ。

物語自体はテレーズ(マーラ)が,自分が勤めるデパートの売り場で,買い物に来たキャロル(ブランシェット)を見てその美しさに心を奪われる,という展開なのだが,ドラマの核に据えられるのは翻弄される側のテレーズの方だ。憧れから恋愛感情へ,思慕から至福へ,そして怒りから決断へと,物語の展開と共に激しく揺れ動くテレーズの心は,まるで血管が繋がれているかのようにダイレクトに観客の心拍数とシンクロする。「ドラゴン・タトゥーの女」で見せた鮮やかな陰影を,より細かなグラデーションに引き上げたルーニー・マーラの演技こそが,文字通りこの作品の駆動力となっている。
受けに回りながらも,独特のエロキューションと眼差しでテレーズを翻弄するキャロルを演じたブランシェットの懐の深さも見事。キャスティングを聞いて想像できる相乗効果を遥かに超える演技を見せた二人を観れば,きっとハイスミス女史も「やるわね」と喝采を送っているに違いない。

レストランの硝子窓や雨滴や汚れが付いた車のウィンドウなど,二人の間に挟まるフィルターを効果的に使いながら,暖色系の色彩を巧みに画面に定着させた,ヘインズの盟友であるエド・ラックマンのキャメラも,歴史に残る仕事を成し遂げている。感動的なラストシーンを,メロドラマの王道を行くようなドラマティックな旋律によって盛り上げたカーター・バーウェルの音楽と共に,映画の本質であるコラボレーションの勝利と言って良いだろう。

結果的に「キャロル」は,ダグラス・サークにオマージュを捧げつつ,ジュリアン・ムーアのキャリアの一つの頂点となった秀作「エデンより彼方に」と姉妹作とも言えるような画面のルックと空気を持った作品となった。それがあまりにも完璧であり,観客に委ねられる余白が少ないことが,この作品の唯一の瑕疵かもしれない。
★★★★
(★★★★★が最高)
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