子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 in EZO:NO.2ステージ編

2008年08月17日 19時28分08秒 | Weblog
(承前)
運営態勢については,あれこれ書いてしまったが,雨の中で繰り広げられたパフォーマンスの方は,どれも素晴らしかった。
特に私が3ステージを観た小さなレッド・スター・フィールド(セルビアの名門チームの名を冠したところを見ると,名付け親は欧州サッカーフリークか,ストイコビッチのファンだったのかもしれない)は,開演前に関係者が「音の良さでは全国一」と自負していた通り,一つ一つの音が音量で潰されることなく立っていて,特にリズムセクションにおける分離と一体感という,相反する特性を両立させた作りは見事なものだった。

そんな素晴らしいPAに支えられて,「赤い星」へ最初に降り立ったのは安藤裕子だった。
もともと,私が年齢を省みずライジングサンに出掛けることを決心した理由の一つは,安藤裕子の単独公演のチケットが取れずにがっかりしていた時に,彼女がライジングサンに復帰する,というニュースを聞いたことだった。
ようやく観ることが出来た安藤裕子のステージは,役者志望だった彼女の資質がはっきりと表れた,柔らかくもウェットな空気に満たされた充実した50分間だった。

歌ったのは8曲。最新アルバムのシングルカット3曲(オープニングの「HAPPY」,「海原の月」,「パラレル」)の他は,3枚のアルバムからバランス良く5曲を選んで披露してくれた。
ピアノの伴奏で,静かに祈るように歌われた「のうぜんかつら」は,彼女の声が持つ強靱な表現力を,伸びやかに浮き彫りにしていた。また,雨という天候を意識して取り上げられたのかもしれない「The Still Steel Down」は,「降り止むことなどない雨の季節を越え」という歌詞が,会場の雰囲気にぴたりとはまって,特に印象的だった。
トップバッターということもあって,オーディエンスの反応にはやや堅さが見られたが,最後の曲となった「聖者の行進」のドラムのイントロに合わせてマイクを振る安藤裕子は,大地と交感する巫女のようであり,ゆるやかに,しかし確実に会場を揺らしていく力は,年に一度の祝祭の幕開けを言祝ぐには,何より相応しいものだったと思う。

次に観たのは,先日亡くなった赤塚不二夫を偲んで選ばれたと覚しき1991年の名曲「BAKABON」をオープニングに持ってきた矢野顕子。
出前コンサートも含めて毎年のように札幌でコンサートを行ってくれていた時期は,遙か昔。このところは単独の札幌公演もなく(多分),生演奏を観るのは随分と久しぶりだったが,あの声は健在だった。
演奏を始めた時には雨も上がっていたため,来道時の機中で一緒だった「くるり」の岸田氏から「矢野さんが来たから明日は雨ですね」と言われた話を披露し,空を見上げて「年季が違うわよ」と自慢をしていたアッコちゃん。しかし,演奏の途中で再び降り出した雨に,「私の神通力もこれまでね」と笑いを取りつつ,新曲を中心に変幻自在の声を繰り出し,楽しませてくれた。
最後の「ひとつだけ」は,やはり必殺。初めて聴いたと覚しき若いカップルは,「うた,上手ぅ」と語り合っていました。

素晴らしいPAを存分に活かした演奏を聴かせたのは,曽我部恵一ランデヴーバンド。リーダーが「曽我部恵一バンド,あっ,いやっ,曽我部恵一ランデヴーバンド!」と何度も言い直していたのが微笑ましかったが,8人という大所帯が醸し出す,70年代下北沢的フォークロックの最新型を,分離と融合のバランスの取れた絶妙の音響で楽しませてくれた。
ドラムスとパーカッションに,アップライトのベースと2台のギターで創り出す力強いグルーヴが,直截な言葉遣いを多用するヴォリューム満点の歌声をしっかりと支える様は,ライヴで聴かないと分からない魅力に満ち,夏フェスの開放感とライヴハウスの熱気を一瞬のうちに同化させる力を持っていた。下北的「君といつまでも」にあった,湘南海岸の爽やかさとは正反対の蒸し暑さも,石狩の浜には実に似合っていたと思う。

SUN STAGEでは,「くるり」の冒頭3曲と,「東京事変」の後半4曲と,遠くで鳴っている「the pillows」を,屋台で買った焼きそばを食べながら聴いていた。
くるりはオープニングが「ワンダーフォーゲル」で,一気に会場のヴォルテージが上がったように見えたが,3曲目のジャム・バンドみたいな展開も面白そうだった。当然,既に解散したPHISHなんかも好きなんだろうな,という感じ。
着物で三味線のようにギターを掻き鳴らしていた椎名林檎は,若い時の大楠道代さん(大映の女優)の面影があって,実にいなせでありました。

もう一つ楽しみにしていたバッファロー・ドーターは,腰と膝が力尽き,ゆっくりと楽しむ余裕がないと判断して回避することに。多少の心残りは覚えつつも,行列が出来る前のシャトル・バスで無事帰還。
若者の祭典を,木陰から「ふふっ」と覗く星明子のような余裕は全くなかったが,記憶に残る真夏の1日であったことは,いまだ鼻に残る雨合羽のにおいが保証してくれている。みんな,お疲れ様。

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