ある男が過去に起こした性犯罪の犠牲者と家庭を持つ。犠牲者の心情からすれば,通常ならあり得ないと思われる展開に,説得力を持たせられるかどうかが,作品の成否を決める重要な要素だったはずだ。
制作者はこの勝負において,ヒロインのかなこを演じた真木よう子の目力に賭け,そして見事にモスクワ国際映画祭で審査員特別賞を獲得することとなった。
批評的に勝利を収める要因となっただけでなく,おそらくは多くの女性客の共感を得て,興行的にも成功に導くに違いない(私がシアターキノで観た回は8割くらいの入りだった)真木の佇まいは,使い古された言い方だが,やはりTV画面よりもスクリーンがよく似合う。
7年振りの映画主演だという真木は,諦念と怨念と愛情の微妙なグラデーションを,抑えた台詞回しと強弱のある視線を巧みに使って演じきっている。これだけ難しいキャラクターに血を通わせることができたのは,彼女をおいて他にいなかっただろう,と観るものを納得させる熱演だ。
メインプロットを,大森南朋演じる,妻との間に問題を抱えている元ラガーマンの雑誌記者渡辺による取材,という形式を取って描いたことも,主役二人が必要以上に感情的な隘路に入り込まずに済んだ大きな要因かもしれない。リズムは決して良いとは言えないながらも,ミステリー仕立てとしたことによる物語の「除湿」効果は,殊の外高い。
加えて,大森の同僚で「しごく真っ当にキャリアを積んできたと思しき女性記者」役が,演じる鈴木杏のグリップの強さによって,思いがけずヒロインの悲劇性を浮き彫りにする結果となったのも大きい。
怪我でアスリートの道を断たれ,やむなく転職した渡辺に,行動で職業人としての薫陶を授けるエピソードは,重いトーンで統一された作品の中で唯一息がつける場所になっている。
それでも,同じ原作者の「悪人」でも感じたことだが,ヒロインのアンビバレントな心情は,がさつな私にはうまく掬い上げることの出来ない,とてもデリケートなものだった。
警察に虚偽の通報をしたことは,果たしてかなこにとって「隣人の子殺し」という衝撃的な事件によってもたらされた衝動だったのか,シーソーの上で暮らすような結婚生活を捨て去る価値のある復讐だったのか。
観客の多様な解釈を許す自由度の高い展開,と評価する人が多数派なのだろうが,かなこの高いエネルギーを内包した視線の先に裸で放り出された私は,ラストの思わせぶりな暗転も含めて,正直途方に暮れたのだった。
★★★
(★★★★★が最高)
制作者はこの勝負において,ヒロインのかなこを演じた真木よう子の目力に賭け,そして見事にモスクワ国際映画祭で審査員特別賞を獲得することとなった。
批評的に勝利を収める要因となっただけでなく,おそらくは多くの女性客の共感を得て,興行的にも成功に導くに違いない(私がシアターキノで観た回は8割くらいの入りだった)真木の佇まいは,使い古された言い方だが,やはりTV画面よりもスクリーンがよく似合う。
7年振りの映画主演だという真木は,諦念と怨念と愛情の微妙なグラデーションを,抑えた台詞回しと強弱のある視線を巧みに使って演じきっている。これだけ難しいキャラクターに血を通わせることができたのは,彼女をおいて他にいなかっただろう,と観るものを納得させる熱演だ。
メインプロットを,大森南朋演じる,妻との間に問題を抱えている元ラガーマンの雑誌記者渡辺による取材,という形式を取って描いたことも,主役二人が必要以上に感情的な隘路に入り込まずに済んだ大きな要因かもしれない。リズムは決して良いとは言えないながらも,ミステリー仕立てとしたことによる物語の「除湿」効果は,殊の外高い。
加えて,大森の同僚で「しごく真っ当にキャリアを積んできたと思しき女性記者」役が,演じる鈴木杏のグリップの強さによって,思いがけずヒロインの悲劇性を浮き彫りにする結果となったのも大きい。
怪我でアスリートの道を断たれ,やむなく転職した渡辺に,行動で職業人としての薫陶を授けるエピソードは,重いトーンで統一された作品の中で唯一息がつける場所になっている。
それでも,同じ原作者の「悪人」でも感じたことだが,ヒロインのアンビバレントな心情は,がさつな私にはうまく掬い上げることの出来ない,とてもデリケートなものだった。
警察に虚偽の通報をしたことは,果たしてかなこにとって「隣人の子殺し」という衝撃的な事件によってもたらされた衝動だったのか,シーソーの上で暮らすような結婚生活を捨て去る価値のある復讐だったのか。
観客の多様な解釈を許す自由度の高い展開,と評価する人が多数派なのだろうが,かなこの高いエネルギーを内包した視線の先に裸で放り出された私は,ラストの思わせぶりな暗転も含めて,正直途方に暮れたのだった。
★★★
(★★★★★が最高)