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映画「ジョーカー」:様々な映画的記憶を喚起する陰惨かつ軽やかなダンス

2019年10月14日 20時01分11秒 | 映画(新作レヴュー)
今年のベネツィアでグランプリを獲った作品が「ジョーカー」というアメリカ映画で監督は「トッド・フィリップス」,という新聞記事を見て思ったのは「是枝監督の新作,ドヌーヴ出演でも届かなかったか」くらいの軽いものだった。その「ジョーカー」が,かつてはジャック・ニコルソンが演じ,更には「ダークナイト」において文字通りヒース・レジャー畢生の当たり役となったDCコミック「バットマン」の悪役のプリクエル,すなわち誕生にまつわるエピソードを描いた作品だということは,しばらくたってから各紙に載った「今年のベネツィア国際映画祭総評」のような記事を読んで初めて知った。ましてやフィリップスの名は,なんとなく何処かで耳にしたことがある,という程度で「トッド」と聞いて反射的に思い出していたのは「ソロンズ」の方だった。しかし大ヒットした「ハング・オーバー」シリーズの監督だったという,後付けで仕入れた情報は,観終わった瞬間に「あのシリーズのディレクターの,一体どこにこんな跳躍力が潜んでいたのか」という思いもかけない驚きに変わったのだった。

ちょうど本作の公開に合わせたかのように,マーティン・スコセッシがコミック原作のヒーローものにいちゃもんをつけて炎上したようだが,少なくとも本作が比較されるべきは,このところ大ヒット作を連発しているMARVEL作品ではなく,当のスコセッシが監督した「キング・オブ・コメディ」と「タクシー・ドライバー」という二つの作品の方だろう。フィリップスの狙いがそこにあるのは,アーサー(ホアキン・フェニックス)がジョーカーへと落ちていく最後の引き金を引くテレビ司会者役に,その両作に主演したロバート・デ・ニーロを起用したことでも明らかだ。自分の脳の病気の原因を含む出自の秘密を知り,個人の深淵をもビジネスや政治に結びつけて費消してしまおうとする社会に対する怒りに駆られて,強い意志を持ってダークサイドへと堕ちていくアーサーの暗い笑いは,良識という社会の防御壁をいとも簡単に打ち砕く破壊力に満ちている。

何度か出てくるアーサーの家の近くにある絶望的に長い階段を捉えたショットは,文字通り地獄への入り口と化して強く印象に残るが,そこを軽やかな足取りで嬉々として降りていくホアキンのステップには驚かされる。「ビューティフル・デイ」から2年,まったく別人にしか見えない体型の変化を完遂した役者魂もまた,デ・ニーロと通底していた。
生前,裏の世界と通じていたと噂された,フランク・シナトラの滑らかな歌声が鮮やかに幕を下ろすまで,一瞬たりとも目が離せない濃密なショットが続く。観るものに精神的な体力を要求する凄絶な傑作だ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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