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映画「インセプション」:超絶技巧に彩られたカタルシスなき物語

今はなきヒース・レジャーとのコラボレーション作「ダークナイト」で,作品内容,興行の両面で歴史的とも言える成功を収めたクリストファー・ノーランの新作。主演のレオナルド・ディカプリオの脇にマリオン・コティヤール,エレン・ペイジ,ジョセフ・ゴードン=レーヴィットという正に今が旬という俳優を集め,仕上げに我らが渡辺謙を置いたキャスティングだけを見ても,ノーランの嗅覚の鋭さが伝わってくるが,映像の凝り具合はこれまでの作品群を凌ぐものがある。強固なプロダクションからは,「ダークナイト」の次作というプレッシャーを撥ね除けて,独自の映像世界を確固たるものにしたいという熱い意欲が伝わってくる。

他人の脳に入り込む,という物語の核となるアイデアを聞いて,リチャード・フライシャーのSF「ミクロの決死圏」を連想しない人はいないはずだが,映像技術の粋を集めて精密に組み上げられたショットは,それ以外にも様々な映画の記憶を呼び覚ますような意匠を施されており,一筋縄では行かない。
エレン・ペイジの指導教官に扮するマイケル・ケインは,ノーラン版”バットマン”シリーズの執事は勿論だが,二重三重に仕掛けられた罠に挑む,という意味で「探偵スルース」を思い起こさせる。また仮想空間での死闘という仕立ては「マトリックス」であり,崩れ落ちていく仮想の街は,デヴィッド・フィンチャーの「ファイト・クラブ」をスケールアップしたものに見えるし,自作の「インソムニア」,そしてバットマン2作の影も色濃い。

とりわけ構造が似ているのは,ノーランの名を一躍世界に知らしめた「メメント」だろう。数分間しか記憶が持たない男の行動を,時間軸を逆に遡っていく作りは,観客の頭を強制的かつ高速で逆回転させたが,本作では登場人物が一斉に入り込む夢の構造が,徐々に多層になっていくことから生ずる混乱を,観客が自分で紐解いていく必要に迫られるところがそっくりだ。
だが,この多層構造を成り立たせている幾つかのルール,例えばひとつ前のレイヤーにおける経過時間が次のレイヤーと関連を持ってしまうこととか,あるレイヤーで致命的な傷を負ってしまえば実際の命も危うくなることなどが,映像にのめり込む妨げになってしまっている。

頭が悪いだけだ,と言われれば確かにその通りなのだが,頭でっかちの監督が頭で作ったシナリオを,不気味な笑い一発で血の通ったものにしてみせたヒース・レジャーの不在は,レオ様にも,天地をひっくり返す見事なSFXにも埋められなかったというのが正直な感想。うーん,かなり残念。
★★★
(★★★★★が最高)
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