子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「獣は月夜に夢を見る」:風土がつくる相貌を堪能する

2016年04月24日 11時29分09秒 | 映画(新作レヴュー)
人を寄せ付けない冷たい海。舗装されていない道を吹き渡る風。海沿いに立つ白壁の家。魚の臭いが漂う倉庫と工場。ありとあらゆる風景が「殺伐」という単語を想起させる一方で,ショットの温度が下がれば下がるほど,そこに生きる若い女性マリーの身体を流れる血液の熱が観客に伝わってくる。
これが監督としてのデビュー作だというヨナス・アレクサンダー・アーンビーは,これまで美術アシスタントとして就いてきたラース・フォン=トリアーの作風とはまた違うストレートなアプローチで,人の孤独と運命に迫る。

フライヤーには「『ぼくのエリ 200歳の少女』を彷彿させる洗練されたノルディック・ノワール」という「ハリウッド・リポーター」のレヴューが載っている。確かに主人公に対する世間の無理解や,ヒロインが背負った悲しい宿命を描くというフレームは似通っている。しかし思春期に足を踏み入れつつある少年が(見かけ上は)少女の不思議に少しずつ近づいていく過程を丹念に追いかけることで,甘酸っぱく切ない感情と,謎解きの向こうに据えたホラーとしての恐怖を同時に堪能させてくれた「ぼくのエリ…」に比べると,映画の冒頭で主題となるべき謎そのものを明かしてしまう本作は,そこまでの深みを持ち得てはいない。

一方で,最初に記した,まるで世界から見放されたかのような哀しみに満ちた幾つもの風景が作り上げたように見える登場人物の,ある種の諦念に満ちた暗い相貌の数々が,ハイライトとなるべき主人公マリー(ソニア・ズー)の変身シーンよりも,遥かに映画のトーンを決定づける重大な役割を果たしている様は,一見の価値がある。寒々とした風景と,獣の身体を流れる血の熱さの鮮やかなコントラストは,このユトランドの寒村でしか生まれなかったものだろう。

哀しみを伴う怒りを抱えているような表情が次々と立ち現れる中,主人公を受け止めるダニエル役のヤーコブ・オフテブロの笑顔と,「特捜部Q 檻の中の女」以来となる母親役のソニア・リクターの美しさが心に残る。トリアー,スサンネ・ビアらに続く新鋭の登場に,カール・テオドア・ドライヤーもさぞ相好を崩しているに違いない。
★★★
(★★★★★が最高)


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