子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ザ・スクエア 思いやりの聖域」:過剰なスノッブ批判が獲得した鋭い鋒

2018年05月19日 21時38分33秒 | 映画(新作レヴュー)
雪崩の襲来時に,妻や子供たちを置いて一目散に逃げてしまった一家の大黒柱は,果たして家族の信頼を取り戻すことができるのか。カンヌの「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「フレンチアルプスで起きたこと」は,サッカーで言うと,引いて守りながら,相手のサイドバックが上がって出来たスペースをめがけて,常にピンポイントで鋭いパスを狙ってくるチームのような作品だった。思わず「そこを狙ってくるか」という嘆息を漏らしてしまいそうな作品をものしたスウェーデン人の新鋭リューベン・オストルンドの新作は,前作に輪をかけて「誰もが持っていそうな弱くて柔らかな急所」を,錐を回転させながら突いてくるような作品だった。この苦くて嫌な後味は,後を引く。

現代美術館のキュレーターであるクリスティアンは,人々が持つ思いやりの気持ちを象徴するスペースを作品化した「ザ・スクエア」の展示に向けて,忙しい日々を送っている。ある日,何者かに追いかけられた女性を助けようとした隙に,携帯電話と財布を盗まれる。GPS機能を利用して,それが貧困層が住むアパートのどこかにあることを突き止めたクリスティアンは,全戸に「お前が盗んだことは分かっている。すぐに返せ」と書いたビラを撒いて取り返そうとするが,同じ時,職場では「ザ・スクエア」のプロモーション用のヴィデオが炎上する騒ぎとなり,クリスティアンは公私ともに追い詰められていく。

「フレンチアルプスで起きたこと」では,主人公が嵌まり込む落とし穴が「自然災害」だった分,主人公を追い詰める仕掛けや仕立てに「えげつない」という印象は抱かなかったが,本作でクリスティアンが直面する試練は,どれもが過剰で過酷だ。クリスティアンが撒いたビラが原因で親から叱責された少年が,クリスティアンに対して執拗に「お前のせいで叱られた。謝れ!」と詰め寄るシーンが象徴的だ。少年の表情には,相手とコミュニケーションを取って,お互いにとって良い解決法を探ろうとする,所謂「人間社会の普通の常識」が介在する余地はまったくない。そんな理不尽とも言えるしっぺ返しの前に,売れっ子キュレーターはなすすべなく,ゴミの山に埋もれていく。

ラスト,美術館のパーティーにおける「猿人間」の蛮行は,芸術作品の一部のようにみなされた結果,大勢の参加者に完全に無視され,あわや女性が暴行される寸前まで行ってしまう。そこで女性を助けようとする男がひとり現れた瞬間に,今度は大勢が暴徒と化して猿人間を殺そうとする。モダンアートを愛する上流階級の人間の,薄皮一枚剥いだ中身の「貧しさ」は,主人公に「玉ねぎ抜きのバーガーを恵んでくれ」とねだるホームレスの女性と見事に呼応している。
一昨年のロイ・アンダーソンの「さよなら,人類」に続く,スウェーデンからやって来た度肝を抜かれる傑作だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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