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映画「DAU.ナターシャ」:まるで悪夢のような「悪夢」のプロローグ

2021年03月27日 19時31分43秒 | 映画(新作レヴュー)
映画を観ながら考えていたのは「ウクライナ映画という可能性はあるかもしれないが,ロシア映画ということはないだろう」ということだった。けれどもフライヤーには「ドイツ,ウクライナ,イギリス,ロシア合作」とはっきりと書いてあった。ロシアの現政権がこんな内容の作品の制作を認めるはずがない,と思っていたのだけれども,どうやらいまだにナワリヌイ氏事件への関与を否定し続けるロシア政府は,ソヴィエト連邦の闇を描いた「DAU.ナターシャ」の内容について「過去の出来事。過ちだったかどうかはともかく,今のロシアとはまったく関係がない」というスタンスを取っているかのようだ。ほとんどホラーと言っても良い内容の本作品は,その点で観客を二重に金縛りにしてしまう筈だ。

デビュー作の「4」(未見)で評判を取ったイリヤ・フルジャノフスキーがエカテリーナ・エルテリと共同で監督に当たった本作は当初,ノーベル物理学賞を受賞した世界的な科学者レフ・ランダウの伝記映画としてスタートしたとのこと。ところがウクライナ・ハリコフにソ連時代実際に存在した研究所を再現して撮影を開始するうちに,次第に個人の伝記映画の枠を超え,やがては当時の「ソ連全体主義」をまるごと再現するという前代未聞のプロジェクトに変貌した,とフライヤーには綴られている。実際に研究を行っていた研究者や住民が2年間に亘ってそこで生活する姿を捉えたフッテージは既に700時間分にも及ぶ,という。しかしそんなとんでもない状況が実際に現出した,という事実にまず現実感覚が麻痺する。あらゆる分野におけるグローバル化に伴い蔓延しつつある全体主義を撃つ手法として,1930〜1960年代のソ連を選んだ判断は妥当としても,そこまで徹底するという覚悟を形にしてしまった制作陣のエネルギーは,映画草創期の怪物作「イントレランス」をも想起させるものだ。

視点を変えれば,ピーター・ウィアー監督の秀作「トゥルーマン・ショー」を換骨奪胎し,とてつもないスケールの「参加者全員なりきりバージョン」として新たにリブートしたとも言える本作の熱量は凄まじい。新人だというウェートレス役の女優の目に宿った狂気は,劇映画とドキュメンタリーの境界を木っ端微塵に打ち砕いてしまうようなエントロピーに満ちている。既に作品としてまとまったものが15本あるという情報も目にしたが,最後まで付き合うだけの覚悟,私にはまだない。
★★★★
(★★★★★が最高)


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