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映画「カード・カウンター」:カードは数えても年齢は数えないタフな作り手に敬意を

2023年06月24日 13時59分48秒 | 映画(新作レヴュー)
日本では定年延長が進みつつあるとはいえ,多くの会社・組織においては60歳でひとつの区切りを付けることがまだまだ一般的だ。担い手不足が深刻な社会問題となりつつある中,70代の長距離運転手も多く見かけるようになった一方で,世代交代を理由に一線から退かざるをえなくなった組織ワーカーには,定年のない自営業が眩しく映るかもしれない。ただ年齢がアドバンテージに直結しないアーティストにとって,年齢に抗いながら仕事を続けていく苦労も,組織人の想像を絶するものがあるはずだ。20代で「タクシードライバー」の脚本をものした1946年生まれのポール・シュレイダーは,70代後半という年齢から想像される衰えに関する懸念を,見るも鮮やかなカード捌きによって見事に吹き飛ばして見せた。「カード・カウンター」は「監督ポール・シュレイダー」にとっての頂点に君臨する秀作だ。

小さく賭けて小さく勝つことを信条に,賭場を渡り歩くギャンブラー「ウィリアム・テル」の決断と行動を描いた物語。長く服役していた間にカードを数えることで勝負に勝つ術を学んだウィリアム(オスカー・アイザック)は,過去に勝負したブローカー(ティファニー・ハディッシュ)の手引きに乗って稼げる大会に参加することになる。その旅の途中で,かつて彼が収監される原因となったアブグレイブ捕虜収容所でウィリアムの上司だったゴード(ウィレム・デフォー)が,かつて犯した悪行に対して何のお咎めも受けないまま,講演会の講師として活躍している姿を目撃する。ウィリアムと同様に戦場でゴードに仕え,命を落とした男の遺児カーク(タイ・シェリダン)がウィリアムに接近し,ゴードへの復讐心を打ち明ける。

カードゲームという映像的にも見どころ満載の素材を取り上げながら,シュレイダーが織り上げる映像はシンプルかつ静謐,時に禁欲的ですらある。ウィリアムの悪夢としてアブグレイブでの捕虜虐待の様子が挿入されるが,ダイレクトなアクション・シーンはほぼ封印され,カジノの巨大で空虚な空間が諸行無常を雄弁に物語る。象徴的な場面はラストのウィリアムの討ち入りシーンだ。「タクシー・ドライバー」のクライマックスが短い切り返しのショットの連続により,圧倒的なスピード感と圧力を獲得していたのに比べると,ウィリアムとゴードの対決を壁の向こうで展開させ,カメラがゆっくりと移動しながら音声のみを響かせることでアクションを想像させるシークエンスの重さは,シュレイダーが積み上げてきたキャリアの重量に完全に比例している。

アイザックをはじめ,役者陣の抑えた演技も見事。拳を振り上げずに国家と闘う男の姿を捉えたシュレイダーの最高傑作。次のシャッフルが楽しみだ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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