子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」:そっくり度比べではないけれど…

2015年09月20日 23時35分03秒 | 映画(新作レヴュー)
以前に「ジェームス・ブラウン」の映画評で触れたが,米国の音楽産業に偉大な足跡を残したアーティストを扱った映画の圧倒的多数は,ネイティブ・アフリカンのアーティストが主人公だ。
役者としても一枚看板を張ったプリンスを筆頭に,レイ・チャールズ,ジミ・ヘンドリックス,ビリー・ホリディ等々伝記として描かれたスターに加え,「ブルース・ブラザース」や「キャデラック・レコード」,「ドリーム・ガールズ」など,全面的に黒人アーティストをフィーチャーしたものも含めると作品数は夥しい数に上る。
その反面,映画界に親和性が高かった白人アーティストは?と問われても,ビング・クロスビー,フランク・シナトラなどロックンロール誕生以前のスターか,米国の南部人しか知らないカントリー歌手を取り上げた幾つかの作品を除けば,エルヴィス・プレスリーまで遡るか,女優を含む6人の俳優が演じたボブ・ディランの伝記映画「アイム・ノット・ゼア」くらいしか思いつかない。
そんな中,アメリカ大衆音楽のど真ん中を闊歩してきた真打ち中の真打ちを取り上げた作品の登場と聞けば,観ないで済まされる訳がない。

「ラブ&マーシー」は,ビーチ・ボーイズの音楽的支柱であり,ソロでも素晴らしい作品を数多く創り上げてきたブライアン・ウィルソンの伝記映画だ。
泣く子も黙る名作「ペット・サウンズ」を頂点とした60年代の創作活動と,ドラッグに苦しみながら必死に立ち直ろうともがく80年代を往き来しながら,天才の苦悩と栄光を描き出そうとした意欲は買える。
特に60年代のブライアンを演じたポール・ダノは,「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の鬼気迫る熱演とはひと味違う引き算の演技と,何よりも「ドキュメンタリーなのか?」と見紛うような,圧倒的なそっくり度で文字通り目が点になった。いっそのこと,傑作アルバムの制作過程を追ったジム・フジーリの優れたリポート「ペット・サウンズ」をそのまま映像化するという試みにチャレンジした方が,作品の完成度が上がったことは間違いないだろう。

残念ながら本作が,ブライアンの作品に肩を並べるような映像作品にならなかったのは,80年代のブライアンを追ったもうひとつのパートの破綻が原因だ。ジョン・キューザックがダノとは対照的に,雰囲気も含めてまったくブライアンとは別人にしか見えなかったことも瑕疵のひとつだが,何よりも物語が本人を置き去りにして,ブライアンを巡る恋人(エリザベス・バンクス)と主治医(ポール・ジアマッティ)の争いをメイン・プロットに据えてしまった脚本の判断が取り返しの付かないミス。ジアマッティの悪人役というのもトライとしては悪くはなかったのだが,奇跡的なカムバックを本人の視点から描かなくてどうする,という根源的な疑問を忘れて,物語に没頭出来た彼のファンはそう多くはなかっただろう。

とは言え,映画館のしっかりした音響システムから流れるビーチ・ボーイズとブライアンの名曲の響きはやはり格別。たとえ断片的な演奏でも,音楽だけで「4DX」に匹敵するスペクタクルを提供できる,まさに怪物的な才能を堪能するためだけでも,劇場に足を運ぶ価値はあると断言する。
★★
(★★★★★が最高)


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