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映画「インサイド・ルーウィン・デーヴィス 名もなき男の歌」:ギターと猫と船員証。でも演歌ではなく

ボブ・ディランがフォークシーンに登場する直前の1961年のグリニッジ・ヴィレッジ。ディランの師匠格と呼ばれたデイヴ・ヴァン・ロンクの回顧録を元に生まれた架空の人物「ルーウィン・デイヴィス」の物語。その人生は甘く,少しハードで,なんとも切ない。もちろん,あのコーエン兄弟が作り出した人物だけに,背後には不穏な空気もたっぷりだ。

大きな変革を前に社会の空気に緊張感が満ち始め,人々がフォークソングに自分が進めべき進路を求めている時代。かつて一夜を共にした知り合いの女性同業者(キャリー・マリガン)から妊娠を告げられた,売れないフォークシンガーのルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)は,猫を抱きかかえ,ついでにギターケースも携えながら,業界の何処かにどうにか自分が入る隙間がないかを探して歩く。
売れ線狙いの小賢しさは持ち合わせず,レヴェルの低い素人同然の連中やスノッブを気取る文化人には罵詈雑言を浴びせる一方で,きらめくような個性を獲得するまでには到らない。
それでも何とか歌の世界で糊口を凌ぐけものみちを探して,彷徨い続けるルーウィンを時に慰め,時にあざ笑うかのように振る舞う,友人が飼う猫は,トリュフォーの「アメリカの夜」に出てくる気侭な猫を彷彿とさせる。

商売と個性を発揮する芸術家としての矜持の狭間で悩む主人公の姿と,シルエットとその声だけでコーヒーハウス全体を凍り付かせてしまうようなボブ・ディランとの対比が実に鮮やかだが,もはや「ボブ・ディラン」の領域に足を踏み入れてしまったコーエン兄弟が主人公に寄せる眼差しは,限りなく優しく温かい。
T・ボーン・バーネットとマーカス・マムフォード(fromマムフォード&サンズ)が書く曲は,「金の匂いがしない」とプロモーター(F・マーリー・エイブラムス)に喝破されるシーンに象徴されるように,なかなか立ち位置を定められない主人公の良心に根差す苦悩を,ヴィヴィッドに炙り出している。

薬漬けのジャズ・ミュージシャン(コーエン組常連のジョン・グッドマンがいつもながらの好演)の描写や運転中に遭遇する事故,冒頭とラストでルーウィンを見舞う暴力など,ただならぬ不穏さの中できらめくキャリー・マリガンの笑顔は,トリンドル玲奈に実によく似ていることに初めて気付いた。映画には全然関係ないけれど。
★★★★
(★★★★★が最高)
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