夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

『和暦の昭和、平成』と『西暦の19XX、20XX』、齢ばかり重ねた私は、ときおり戸惑い感じ・・。

2011-09-12 09:19:19 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の66歳の身であり、
昭和19年に生を受けたためか、日常の年度名称は何かと和暦を使うことが多い。

例えば、亡くなった私の母は大正9年生まれ、
大正15年の生まれの人は、多くの方達が戦争に行かれた苦闘された人達、
昭和一桁の人達は、昭和20年の敗戦を境に教育方針が大変換された戸惑われた人達・・
と何気なし言葉に出たりすることが出来る。


日常生活でも、昭和26年に地元の小学校に入学した、と平然に言ったり、
或いは私が大手企業に何とか中途入社できたのは、昭和45年の春だった、
と公言したりすると、なぜかしら私の心に、時代の空気が響くのである。

こうした中で、昭和天皇が逝去された時、昭和は終わってしまった、
というのが実感でもあり、平成と云われても中々馴染めなかった。


ここ10数年、世の中の風潮として、西暦で表示される風潮が高まったのかしら、
と思ったりしている。

たとえば、『2000問題』に於いては、西暦表示を下二桁のみで行っている場合、
確かに2000年が内部で00年となり、これを1900年とみなしてしまい、
私も現役時代は情報畑で20数年勤務した体験から、年月日順に並び替える処理をすると、順序が狂う、
或いは誤作動につながる可能性があるかしら、と危惧したりした。

その後は、『2007問題』がメディアに頻繁に表示され、
私より少し若い団塊の世代の一斉退職に伴い、発生が予想された問題を総称されたりしていた。

或いは、アメリカの『黄金の60年代』、
音楽の世界では『70年代』、『80年代』などと多用されたりしている。


私はこうした時、昭和だと、平成にすれば、と脳裏の片隅みで数えたりしている。

しかし、退職後の生活を過ごしたりしているが、
銀行、郵便局で年月日を記入する時、
確か2011年、或いは平成23年の記入欄に戸惑ってしまうこともある。

月日は間違いなく記入できるが、今年は何年だったかしら、と思ってしまうことが多い。
少しボケてきたか、と恥らいながらも銀行の行員、郵便局の局員のお方に、
『今年・・平成23年ですよね・・』と訊ねたりして、確認を求めている時もある。

身過ぎ世過ぎの年金生活を過ごしている私は、
1日の朝、昼下がり、夜のひとときを大切にし、
季節の移ろいを享受できれば、私の心は何年でもよい、
と昨今思ったりしているのが本音である。

されど高齢者2年生の私は、ボケてしまうのが怖いので、
机の引き出しにある日記帳の最後部に付いていた『年齢早見表』を、
こっそりと見ることがある。

『和暦』と『西暦』そして『満年齢』が並記されて、
過ぎし100年の毎年が表示されている一覧表である。
そして家内から、『同時テロ9.11』のテレビ番組を視聴していた時、
『2001年って・・平成だと何年かしら』、と訊〈たず〉ねられ、
この秘伝を見たりして、『全国的に・・平成13年ょ・・』と平然と家内に応えたりしている。


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