その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

ギザギザハートの子守唄

2024-04-05 06:40:56 | 巡礼

ちっちゃな頃から悪ガキで 15で不良と…♪

田舎では周回遅れで、都会の『流行』が拡がっていくから、果たして『荒れる中学校』がいつの頃のことだったのか記憶が曖昧であります。『おやじぃ』が中学生の頃は、まだ、それぞれが幼かった(素直だった)から、少々悪さをすることはあっても『荒れた』という程のものでもなく、1970年代後半から1980年代が始まりとするならば、何となく記憶と符合するような気もする…「シュンギク」の葉っぱを見ながら、子葉(双葉)には「ひだ」がなく、本葉が出て少しずつ大きくなってから『ギザギザ(ひだ)』が現れるのねぇなんて、今朝も当たり前のことに感心し『哲学』を始めておりますよ^^; チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」がリリースされたのが1983年、亡)尾崎豊さんの「卒業」がリリースされたのが1985年であるから、作詞家の思いを紐づけても合っているような気がする…いや~そんなことじゃない。元内閣総理大臣 田中角栄氏が受託収賄罪と外為法違反で逮捕されたのが1976年である。その時、流行語にもなった「記憶にございません。」という『便利』な答弁が未だに引き継がれている。『荒れる中学校』と政治不信を紐づける気はサラサラありませんが、『大人』たちが「記憶にない。」というフレーズで罪を逃れられるならば、子どもたちだって「記憶にありません。」と平気で言ってのけるに違いない。子どもたちは多感であり、『大人』のズルさはしっかり見ているものだよ…「裏金」作りに汗を流し、バレそうになれば「記憶にない。」、ついでに罪は「秘書(他人)がやったこと。」で済まされてしまうならば、子たちだってマネしますよ…ただし、子どもが「記憶にない。」と言えば「おバカ!」といわれ、『おやじぃ』が「記憶にない。」と言えば、「認知症かね?」と言われるだろうけれど(笑)


行列の出来るラーメン店…

さて、『他人の悪事』は置いておき、オッカーが仕事で居ないことを幸いに、先日、行列で断念したラーメン店に長男『ポン太郎くん』を伴って出かけてみました。テーブルに置かれた瞬間に海苔の香りが漂いまして…海苔の周りのスープをひと口…あれ? 刻みネギ周りのスープをひと口…あれ?ならば、米沢ラーメンを代表する細縮れ麺は…んんん?(柔い!湯上げのタイミングが…)と、味についてはブログで論評しない主義の『おやじぃ』でありますが、有名店だけに辛口の評価を…美味しいですよ。でも、少々、求めているものと何かが違う。(これは個人の意見です^^;)
はてさて、「離党勧告」「党員資格停止」と与党としては、重いペナルティを課した心づもりでしょうが、当のご本人たちは、次の選挙で『禊(みそぎ)』して、何食わぬ顔でお戻りになるに違いない。ただねぇ…目の前にチラつく『総理の椅子』は少しの間、遠のいてしまったかも? 一方の現内閣総理大臣(党総裁)は、自らにペナルティを課す訳でもなく、政治改革を進め、国民の判断を仰ぐ『ご覚悟』のようである。そうそう、だから人間『偉く』ならなきゃいけないのよ。法律があっても、自分たちには影響のない骨抜きの法律に仕立て上げ、「選挙」で信を問うたと胸を張れる…ヘマをしたり、罰せられるのは『小者』なのよ…と、子どもたちがこれを見たらどう感じるのかねぇ? シュンギクと同じように『心のひだ』は成長しながら形作られる。多感であり、悩みや涙の数だけ『心のひだ』が出来るんですと…無表情で、のっぺりと自分には関係ないことのように語り掛ける『大人』よりは、余程、人間らしいかも知れないねぇ(笑)

コメント
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