三連休。春らしい日和になった。一日目は新幹線で静岡まで。珍しく「こだま」の自由席も混んでいた。大きな荷物を持った家族ずれが多い。さまざまな年代だ。お彼岸ということもあって,お墓参りの人も多いようだ。静岡から清水へ。清水でバスに乗るとお花を持った人が乗り込んでくる。お彼岸なのに取材に出かけても、お墓参りに行かないなんて・・・。
祖母も母もお彼岸にはお墓参りとちらし寿司作りはきちんと守る人だった。もう料理が出来ない母も、お彼岸だよと言うと、「ちらし寿司でも作ろうか}という。。
家族の姿をみつめながら、『家族か・・・』とうらやましく思う。それぞれの家族にはそれぞれの問題もあろうが、節目節目に集まれると言うことはうらやましい。認知症の母は、「小規模多機能サービス」の家へ。弟はベトナムで縫製工場の技術指導で5月にならないと戻らない。「一人暮らしの人が多いのに、何を寝ぼけたことを言っているの」と言われる。私の中にある『家族』の幻想。私には『家族』は幻なのだろうか。

祖母も母もお彼岸にはお墓参りとちらし寿司作りはきちんと守る人だった。もう料理が出来ない母も、お彼岸だよと言うと、「ちらし寿司でも作ろうか}という。。
家族の姿をみつめながら、『家族か・・・』とうらやましく思う。それぞれの家族にはそれぞれの問題もあろうが、節目節目に集まれると言うことはうらやましい。認知症の母は、「小規模多機能サービス」の家へ。弟はベトナムで縫製工場の技術指導で5月にならないと戻らない。「一人暮らしの人が多いのに、何を寝ぼけたことを言っているの」と言われる。私の中にある『家族』の幻想。私には『家族』は幻なのだろうか。
