朝方、激しい雨が降りました。ああ、今日は子どもたちが大変だわ、と思いながら外を見ました。起きだしてカーテンを開けてみると、大家さんのベランダに雨水が溜まっていました。まもなく嘘のように晴れ間が出ていて、その水たまりにきれいな空と松の緑が写っていました。湖に写った景色のようです。私が生きているのはあの水溜まりの世界なのかしら・・・。
この頃、ほとんどどこへも出かけなくなりました。あんなに楽しみにしていた京都さえも。山奥の渓谷でのんびり1日中山を見ていたいなどとは思うのですが、出かけるのは億劫です。金銭的なことなのか時間的なことなのか?です。現状に満足しているからなのか?です。お医者さまなら「加齢」でしょうと答えるかもしれませんね。笑。
あの人は今の仕事は私にうってつけの仕事だ、と言いました。その時は、そうかな?くらいでした、長年子どもたちとかかわってきたこともありますが。この頃、そうかもしれないと思うのです。子供たちがこの暑いのにベタベタはなれません。よく意味のわからないお話をしてくれます。背中をたたいてくる子にも、「あとで勝負!」と返します。(本気にとられるので困っていますが)この子たちを受け止めながら、癒されているのかもしれません。
ここでも三歳児神話を話す支援員の方がいました。「三歳まではいくら愛情をかけてもかまわない」ということです。子供の記憶にはほとんど残らないのですが、その子は将来もその愛情を使って生きていくというのです。
お迎えのお母さんに飛びついていく子供たち。だれもが愛する人の胸に飛び込みたいのかもしれませんね。
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