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HOTなおちゃタイム

保護猫八匹、21歳のリンをはじめとした楽しい日記をお読みくださいね。

海外旅行は気をつけて!新聞記事からその2

2009-08-23 21:22:31 | 新聞から
旅なれた方で方でも、日本では当たり前でも海外でびっくりするようなめにあうこともありますね。

イタリアの、有名レストランでぼったくりにあった話もさもあらないん、と思うことです。
 
絶対日本人はクレームをつけることが下手なので、

「かもだと思われていた」とひそかに私は思って、このニュースを読みました。

でも今日のニュースにはびっくり!新聞からのねた、其の2




ベンチにチェーンで固定した荷物で、爆発処理班が出動した



電車約40本が遅れ、2本が運休。荷物のあったホームなどが最大で一時間半閉鎖されたとか、

鉄道会社は損害賠償、数万ユーロ(数百万円)をうわ回る請求額になる恐れがあるとか。


場所はドイツの北部ハンブルグ駅。日本人観光客が身軽になり、近くに観光に出かけていた。


地元の新聞では「文化的な誤解か。はたまた単なる鈍感か」

最近でこそ不信な荷物に触らないで駅員に知らせるような看板が目立ちますが、、


コインロッカーに入れるか荷物預かりに、、、と思うのは第三者の私たち、、やりかねませんよね~
あ!今はコインロッカーはないのですね、

日本は平和なんですよ~
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甲子園22年、陰で支えた人浜田審判引退!

2009-08-23 21:13:38 | 新聞から
もう後、数日で甲子園の大会も優勝校がきまりそうです。

あの大会はいろいろ感動の話がありますよね。


プレーをする選手の感動もいっぱいあります。それが高校野球がみなをひきつける所以です。

小さな新聞記事ですが、こういう人によって支えられているということを感じました。

春夏の高校野球の審判を22年勤めた浜田正二さんが中京大中京と都城商を最後に甲子園から退いたという記事です。
「長い用であっという間。最後は涙が出てきました。」一塁塁審として右手を掲げてアウトをコールし、さい後の試合を締めくくったそうです。


78回大会(96年)決勝の松山商ー熊本工では三塁塁審として「奇跡のバックホーム」をおった。

「山形の返球ボールと、まっすぐ本塁へ駆け抜けていく三塁走者との競争。

    甲子園から音が消えたと思った。」

キット大歓声であっただろう時に,<甲子園から音が消えた!>

という表現は彼の精神的なものを感じます。

55歳になり「思うような動きができなくなった。」と引退を決意したと。

甲子園にかける球児の情熱もすばらしく人々に一生懸命打ち込む姿の美しさを教えてくれますが、

元球児の浜田さんのような方がこういう大会を陰で支えてくれているのだと改めて感じ入ります。


地味な裏方であっっても、こういう生き方におしえられることはいっぱいあります
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今日は年に一度の夏祭り!雨が、、、、

2009-08-22 14:57:36 | 今日の出来事
昨日までの晴れていたのに、昨夜オソがけから雨がひどく降り出しました。

   <今日は年に一度の夏祭りです。>私の住むマンションは600軒近くある大手メーカーの高級マンションでした。(過去形ね。)
30年近く前に売り出されたとか、公庫の融資がきかない、広い物件で、売れ残っていたのを購入しました。

今では、地下鉄まで5分、裏は河川敷、南はキリスト教系の学校、近くに小学校、中学校、高校が5校くらいの環境のよい文教区です。

この夏祭りはこのマンションの自治会が主宰するもので、

楽団が来て生演奏をしたり、盆踊りがあり、フリーマーケット、古本交換市、

夜店のような風船釣りや、綿菓子、

そして皆が大好きなビアーガーデン。

生ビール一杯350円!勿論枝豆。焼き鳥、焼きそば、焼きトウモロコシ、100円コイン一個の値段で美味しいのです。住民が当番制で、これをこなします。

(ご夫婦でテーブルを囲んでご近所の方や顔見知りと杯を重ねます。)


ですから、普段余り顔を合わせない方と一年に一度おかおを見ることができます。

最近はココで育っていった子達が、小さな赤ちゃんをだいて帰り同窓会のような様子もあるようです。
私も塾の教え子が楽しみできてくれるのが嬉しいです。

うちの中にいてもいろいろな音楽や盆踊りの曲がかかるので外で楽しみます。暗いので顔が見えないのも、なかなかですよね。



天気予報では晴れるそうですが、、

もう午前中に飾り付けやビアガーデンのテーブルが並び、生演奏の舞台が組み立てられました。


雨なら一階のピロティが開放されます。盆踊りの会場は駐車場ですので中止です。この日のために練習をしてきた人もいるのに、、何とかして晴れてほしいですよね。
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切り刻まれた日本国旗

2009-08-21 14:44:33 | 今日の出来事
切り刻まれた日本国旗


民主党の党旗に国旗を切り張りしたとセンセーショナルにユーチューブ動画にもアップされています。
切り刻まれたという表現に、とてもある種の悪意を感じます。きりばりされたという表現ですよね。徳川家康が豊臣家が寄進したという鐘の話すら思い浮かべます。

運動選手はどんな気持ちでいるかとか、運命の音楽がバックにながされています。


そして鳩山さんが謝罪をしたとか。
麻生さんが大喜びで何度もアジっているようです。

<日本での先の戦争で哀しい思いをした方たちはこの日の丸をどんな気持ちで眺めていたのか知りたいです。>
アジアの国国の人々は軍隊の横暴のシンボルとしてこれを眺めていたと聞いたことがあります。

私自身は世界で自分の国の象徴として国旗を愛する人々が多いなか、日本人は国旗に愛着を持たないと思っています。
日本の国旗は、オリンピックの運動選手だけのものではありません。

私が教師をしていたときに、文部省から公立の学校では国旗を掲揚するようにとお達しがあったという話をきいたときとっても嫌な気分になりました。
国旗を大事に思う気持ちは押し付けられるものではなく、愛国心、自分の心からでるものですよね。
戦前の人の命より大事にされた肖像画のコトなど思い浮かべるからです。

でも、国旗掲揚のときに、立ち上がらない教師にも、私の心の中に抵抗があったのは事実です。

戦争の後始末というべき、検証をきちんとしてこなかったので、いろんなことがあいまいのままであ
るとおもいます。
国旗に関することもそうでしょう。自民党が鬼の首でもとった様に騒ぎ立てるのはすごくみっともないと思います。
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ヤッパリねずみ!小さなニャンコの好きなもの

2009-08-20 17:52:49 | 舞いと美いの日記
小さなニャンコはもうじき小さいという言葉が当てはまらないくらいに育っています。

窓のサッシの上であい変らず、涼むのが好きですが、二ひきには狭くなってしまいました。



大体こんな感じです。


もういたずら盛り、棚の本などを落としまくったり、(まだそこまでは飛びあげれないだろうとおもっていたらみんなぶちおとして、「オヤ!まあ!」と思わず叫んでしまいました。)
家中をすごい勢いで、とびはねています。にぎやかです。

大人の猫の水入れに手を入れて遊んだり(まわりはみずびたし、、、)
飾ってあったお花をむしりとって遊んだり、
テーブルに朝食用のパンが置いてありましたら、、床に転がして、それを食べていてびっくり!

猫は肉食なのでパンを食べるのは初めて見ました


彼女らは、もう一杯朝食を食べた後です。

小さいときにひもじい思いをしてパンなどを食べていたなごりでしょうね、
ワンコはどれだけでも食べるのに比較して、普通ネコはおなかが一杯になると食べないのですが、、

でも一番のお気に入りはこれ!


こんな感じで遊びます。



ウーウーとうなってあそびまくり、あっという間に、尻尾はなくなり、眼も耳もなくなります

一匹はよくもって2日位で消滅してしまいます。
いままでに20匹が消滅しました。


本物のねずみがいたら、きっと名ハンターですね。

イギリスのウイスキー醸造所には今でも、名物猫がいるそうです。昔からねずみ退治に買われていたそうです。

少し大きめのねずみのおもちゃを買ってきました。これもなかなかの人気です。問題は其の寿命です。そんなに高くはないのですが、、
本物の毛がついているとむしって食べてしまうようです。

ワンコやほかの仔も遊びたくて仕方がないようですが、
これは子供のおもちゃだからと言い聞かせています。おとなたちは、こっそり遊んでいるのですよ~
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「気骨の判決」東条英機と戦った裁判官を読んで,TVでも、、、

2009-08-19 16:07:05 | 
たまたま、家族からいい本だよといわれて読んでみました。



内容は、お察しがつくように昭和20年3月1日に翼賛選挙訴訟の判決、
この選挙を無効と判決を下した「吉田 久」 大審院第三民事部の裁判長についての
人となりやら其の裁判についてのかかれたものです。

サブタイトルは東条英機と戦ったとなっていますが、彼の人となりや生活などから判断して、

純粋に裁判官として判決に望んだと思われます。


ー不法選挙運動は、組織的かつ全般的に行われた。ー推薦候補者の当選を期する為の選挙運動をなすことは憲法および選挙法の精神に照らし、大いに疑の存する所
      <判決分の一部です。>
同じ鹿児島でのもう一つの選挙区とまったく反対の判決がでた。


判決は戦争中も議会政治を維持しようと苦闘していた人々から高く賞賛された。

現実に無効とされた鹿児島ニ区では戦争末期にもかかわらず、衆議院選挙がやり直されている。
言い渡しの数か4日後あたかも追われる様に職を去る。判決の原本はまもなく行方不明になる。

日本が戦争に勝つために、国民がイッチ団結をしなくてはいけない。そのために大政翼賛会という戦争協力の団体を作り議会は其の貝の推薦者当選しないようないろいろな妨害が国権ぐるみで行われた。
協力しないと、非国民、赤、と命の危険もあった時代のコト

この裁判官がこの判決を出すことができたいきさつ、幻とされた判決原本のいくえなどがこの本に書かれていました。
 <この本の目次>
   <この本の目次>

第1章 「こんな選挙が、許せるか!」(シャンデリアの「伝説」;反対の声の出ない議会;妨害と干渉の翼賛選挙;怒りの提訴;異例の裁判官会議;たたきあげの裁判官)
第2章 「わたしは、死んでもいい」(東條の傲岸な答弁;死を覚悟した鹿児島出張;炙り出された圧力;顔のみえる判例;強くなる風当たり;東條演説事件;崩壊する戦争末期の司法)
第3章 「選挙ハ之ヲ無効トス」(昭和二十年三月一日、判決;辞職、そして大審院全焼;鳩山一郎;吉田茂からの要請;消えた判決原本;戦火を生き延びた「信頼」の証)

 この本の作者、清水 聡さんはNHK記者であり、平成17年に司法クラブで最高裁を担当していた折に判決の原文の存在を知り、翌年のニュースのなかで放送をした。
さらにおよそ3年かけて関係者の遺族を探して話を聞き、

可能な範囲で当時の文献も読みいろいろな関係者や研究者の方の協力を得てかきあげたという。

やはり戦時中、組織としての裁判所は司法の独立を完全に失っていたといわざるを得ない。
しかし取材をしていて、
<この作者が感じたのは >
一般の裁判官はズバぬけて頭がいい。反面社会や世間に対する適度な距離を持つ能力に乏しく、
結果として狭い世界に没頭しがちである

国民からは生の姿が見えにくい、一方、わずか一文で人を社会的に抹殺し、或いは実際の命までも奪いうる強力な権限を有する。
其の閉鎖性が批判を受ける源であったりするが、雑音と感じる外部の言葉に耳をふさぐことは職業的な本能というべきであろう。
そういう行き方で戦時中を生きた消極的良識派というべき代表の裁判官が吉田久だったのかもしれないと思うようになったという。


それで、吉田久さんが翼賛会選挙訴訟振り返って、さらりと当たり前のコトとしてイカのように述べている。

「私は、この判決をするにもいささかの政治理念に左右されなかった。もし判決が時の政治理念を支えてなされたとするならば、其の判決は不順であり、死んでいると考える」

作者の清水さんは、この言葉が当たり前のあり続ける司法であることを強く望んでいると結んでいます。


戦争というのは大きなエネルギーで良識を奪うものである。
大政翼賛会、軍部の横暴一個人ではとめられない。よく其のあたりをしらべ、
描き出していると思いました。
そして、吉田さんを支えた言葉、
司法を志す人たちに脈々と語り継がれていた権力からの独立の司法の理念
こういうものと裁判員制度はどう絡み合うのかな~と思ってしまいます。

わたしはこの本を二つの観点から読み解くことができます。

一つは、戦争下の国家権力の横暴を知ること。

二つ目、、裁判官ということ

答えは自分でかんがえて出すものです。
8月16日テレビ番組にもなりました。


詳しくはこちらで。

http://pid.nhk.or.jp/netstera/specials/specials_1/
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ロマンを感じる「ナイトミュージアム2」

2009-08-18 23:36:19 | 映画
12日から上映されている「ナイトミュージアム2」を見てきました。

骨好き、化石好き。地球物理学、歴史、など大好きなみっちゃんにとって、NY自然史博物館はとくに大好きな場所です、
先日のニュ-ヨーク紀行でどうぞ
http://blog.goo.ne.jp/0720micchan/e/e15bad16fb250b0c3294377eb16ddc66

「映画ナイトミュージアム1」がとても面白かったのです、
ニューヨークの自然史博物館のジオラマは取ってもよくできています
丸で生きているそのままのような錯覚になりそうです。

ナイト、夜だったら不思議なちからが働いて動くかもしれない、と思った監督たちがあの映画を作ったのではないかしら、、というのが魅力の、先回のパート1です。

今回はそれがヒットして、パート2です。
二番煎じということは感じません。

だって、私たちはただの石ころからロマンを感じる化石愛好家なんですから、

前回同様に、チラノサウルスの全身骨格がうごきだして、ワンコやにゃんこのように遊んでくれるのですから、もうたまりません。


今度はスミソニアン博物館群に、NY自然史博物館が改装して、不用になった古い展示が送られるという話になります。で、動き出すことになるのが1億4200万の展示収納物です。日本の人口よりたくさんのものが収納されています。有名なスミソニアンの11メートルのダイオウイカがモデルのなぞの生物も、登場します。可愛いのですよ。


これは其の一角の航空宇宙博物館、
スミソニア博物館はワシントンDCにある19の美術館、博物館、動物園の集合体ですべてが無料です。
これがすごいでしょう、寄付やミュージアムショップの売り上げなどなどで運営費用をまかなっているのです。

今回はライト兄弟に飛行機や
愛機スカーレット・ヴェガで女性で始めて大西洋を横断したヒロイン、アメリヤ・イヤーハート、が主人公に大事なことは何かきづかせるひとつの役割を果たします。

アルカポネ、ナポレオンイワン大帝、実際にはいないエジプトの悪ーいファラオ。

アインシュタイン、リンカーンが登場。時代も場所も違う人や生き物が彩を添えてヒちゃカメチャカ

「スターウオーズ6」のライトセーバがスミソニアンにあるのでダースベーダーやセサミストリートの何時もゴミ箱に入ってるひねくれもののオスカーがカメオ出演してます。

あ!愚将といわれるカスターもなかなかの面白い役柄で出てきます。
前回同様にローマのアウグスティヌスやカウボーイの友情も、アメリカ的で素敵です。





一番幸せなことは??という問いに答えを見せてくれますよ。

先のものより、少し大人向きになりました。みっちゃんはもうとっても楽しめましたよ~


<余談>、
博物館の館長について、、
博物館という仕事はイギリス人のお得意ではないかしらね。テレビの自然系番組はイギリスのものが多いですよね。
そういう偏見というか、この映画でもイギリス人です。明らかにニューヨークに住んでいるのに言葉がブリティシュです。

英語が不得手な方でも、英国英語と分かるところを発見しました。

最後に,NY自然史博物館のホログラム化を防ぎ展示物たちをそのままにすることの条件を出した、莫大な寄付を出したのがラリーと見当をつけたのか、、

館長が自然史博物館の守衛にもどったラリーに対していった言葉の一部分、

    ”STAY、、”音では”スタイ”とどまるの意味(映画では「ここにいてく     れよ」という意味です、)
    私たちはステイ、(ホームステイとかいいますね。)

イギリス人はスタイと発音します。これを同じ場面で3回くらいいいますので少し気をつけていれば聞き取れますよ。
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間に合ったかな?向日葵の油絵、ゆりも描いています。(水彩画)

2009-08-17 18:34:40 | 絵画
先日から描いていた,油絵の「向日葵」どうにか夏の終わりまでに出き上がりました。



このグリーンは私独特のいろなんだそうです。

余り意識しなかったのですが、黄色にあうグリーンを探してつかったのですが、、。先生が絵の具何を使っているかお聞きになりました。

絵の具には日本製の「クサカベ」というメーカーが、一般的です。

私は油絵の具に関しては、絶対にフランスの「ルフラン」かオランダの「ランバート」を使います
理由は発色が違うからです

日本製の絵の具は時間がたつと沈んできてしまいます。鮮やかな切れ味が違います。

微妙な色感を表すことができないのです。
私は、中間色を多用します。色がにごることを嫌います。
色を混ぜた時にも、日本の絵の具は色が沈んでしまってこんなはずではなかったと思うからです。
重厚な、暗い絵の場合は気にならないと思いますが、私の場合淡い色を比較的多用するので違いにこだわるのです。
一番大事なのは腕ですが、、(汗、、、)




ゆりの花が一杯咲いていたのでモデルに持ってきてくださいました。とりあえず水彩で描きかけました。



10号の油絵にするつもりです.
たくさんのゆりの花で、デッサンをとるのに時間をとられて、背景も色をおいてないし、花も色が3割くらいしかおけていません。

もう少しかいてからアップしようかとも思いましたが
楽しくかけたのでよし!とアップしました。


これからみっちゃん流に変っていきますからお楽しみにね


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日本発、迷惑生物続々!

2009-08-16 14:28:50 | 新聞から
外来生物に対して、日本の規制が遅れているというニュースはこの間アップしましたね。

そのときに日本から海外に渡った動植物が世界で迷惑をかけていることは意外と私たちも知りませんでした。
  
    <へ~わかめが!>    
             と思われた方は多かったでしょう。



今日の新聞は、日本発迷惑生物についての記事です。

植物、、これはミームさんがおっしゃっていたガーデニングで、諸外国に持ち込まれ、其の旺盛な繁殖力で地元がもてあましているというもの。

<<<いたどり>>>>
<


スカンポともいわれ若芽は食用にもなる。

♪土手のスカンポ~ジャワ更紗、♪という歌でも知っていました。


シーボルトが持ち帰りヨーロッパで広がった。英国ではいたどり対策に年間2500億円のコストがかかると見込んでいるとか、天敵がいないので、からしてしまう天敵の虫の持込が検討されているとか、


<<<葛>>>>



美味しい葛餅、いま冷やしていただくとサイコウですよね。

これは根のでんぷんから作るそうです。
良質の水と。冬の寒さが必要とかで生産地が限られてきて、混ぜものの葛が多いとか、100%の葛は本葛と呼ばれとても高価なのだそうです。生産地は全国で5~6ヶ所だそうです。吉野の葛を知っていましたが、、
葛は根を乾燥させた漢方のクスリ、葛根湯(かっこんとう)はよく風邪をひいた時お世話になっていますよね。
葛はアメリカには1876年建国100年記念の時にフィラデルフィアに園芸観賞用に持ち込まれたとか。

緑化、土壌流失防止剤として、中国などにも持ち込まれたそうです。
日本の場合、根っこは食料として、蔓は生活用品として定期的に刈り取られてきましたので大繁殖は抑えられてきたそうですが、、。
根茎で増える為、根絶は難しく、人工林においては若木の成育が妨げられると外国では嫌われているとか。

2008年宮崎大でバイオエタノールが、抽出されたとか、まだまだ未来はあるかもしれませんね、、、





<<<すいかずら>>花の香りがよいと持ち込まれたが、米国やニュージランドでは大木をも枯らすと嫌われているっとか、
古くは花を口にくわえて蜜をすったところからこのなまえだついたとか、


日本の植物は観賞用に持ち込まれたものという違いがあるようです。

昆虫では、マメコガネ、ヒトスジシマ蚊などがあるようです。

大きい目で見ると、ジャガイモはアンデスが原産とか、とうもろこしやトマトもしかりですよね。

サツマイモは、薩摩の芋ですが、、薩摩では唐芋(から芋、、中国の唐)で帰化植物ですよね。

人間の都合で持ち込まれたり、ついてきてしまった植物、動物、
其の大繁殖にもいろいろ考えさせられることがありますね
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今日は終戦記念日で、お盆、日本の平和

2009-08-15 23:53:33 | 今日の出来事
今日は8月15日

親類と打ち合わせて、墓参りに出かけました。
お墓は岐阜のいまは大垣市、田園地帯の広がるまんなかにあります。

何か時の流れが止まったような、いついってもほとんど変りのない元の名は墨俣町。

両親が、老後ににたまたま住んだだけで、私は住んだことがありません、

人口約5000人の日本一小さな町で、3000人が老人であったとか。平成の大合併で大垣市と合併しました
元、町の地域から、市議会議員を出せるかどうかというくらいだそうです。

でも、広がる水田は、何時も同じに見えて、とてものんびりとして、いま眺めるとなんとなくほっとします。



鵜飼で有名な長良川、の下流です。


父の晩年、一年に一度中国旅行をしました。

彼もまた戦争で人生が狂った一人です。日本ではほとんど戦争のコトを語りませんでした。

中国旅行中は、とわず語りでぽつぽつと戦争体験を話してくれました。

「本当に理想の国を日本人が作るんだと信じて、希望に燃えていて蒙古政府にいた。」と語りました。

北京から、何時間も汽車で行ったところの、蒙古政府の要人あったようです。

中国旅行の時、そこへいく電車を見て「哀しくて、」となみだをこぼしていました。


癌で手遅れと分かってからも(本人は告知してありませんでしたが)、

比較的元気で旅行は続きました。
最後の年に、中国の天津に自分の子供と妻を葬ったお寺に行く予定だったのですが、、

天津で、戦争の記念館に案内され、昔の娼婦街だった歓楽街に案内され、
少し様子がおかしくなり
   
    <もういいんや、悲しすぎる>と、いくら勧めても行こうとしませんでした。



NHKの「戦争証言アーカイブス」で従軍経験を語る映像が流れています。

ニューギニアの名古屋の部隊の方のお話などを見ました。

ニューギニアは食料がなく薬も勿論ないという悲惨な戦場だったと、敵が死ぬと引きずってきて焼いて食べたと、、

「何であんなことができたのだろう」と、つぶやく人、其々の人が語る話にはいろいろなおもいがあります。
舞台になった李香蘭の話、
父は本も読み、はき捨てるように「うそばっかり、」、、、内情を知る人としては、それ以上は言えないようでした。

小説「大地の子」は「ヨー調べたるなあ、あの通りや、かなしいて、みてられん!」といっていました。


どういう形にせよ戦争を語り継ぎ、どんなに戦争は人を傷つけ続けるかということをかたりつがなくてはいけないとおもいます。先日も「たかじんのそこまでやっていいんかい」という番組で、日本は国としておかしい。

国の基本は外交と軍事力だ。と桜井よしこさんがいい、多くの人が賛成していました。

軍事力を持たない国は国として無力だと、


わたしは、戦争のための軍事力を持たない、戦争をしなかったこの60年は一般の人々をどれくらい幸せにしてくれたかと思うのです。でもそれはアメリカの傘の下にいたからだと、、
北朝鮮が核を持ち、中国が膨大に軍事力を充実してきている。日本はこのままでいいのか、アメリカは日本を跳び越して中国と有効関係を結ぼうとしている。
日本は台湾のようにみすてられる、、、

戦争で戦い傷つき、いまなおココロのきずを引きずっている人たちの証言を聞いても、このような論理がまかりとおるのでしょうか、、

帰りに長良川の鵜飼をする少し下流から上がる花火でしょう、遠くに見えました。





何時も父と枝豆とビールを手に楽しみで眺めました。

今日は終戦記念日で、お盆です。こういう平和な日が続いてほしいです。
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