島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

筏下りまでの道1

2019-06-05 | 
 
 北山村観光筏下り、20年前なら日帰りにしたかもしれませんが、今回はさすがに一泊旅行です。
京都からは真っ直ぐ南へ下ります。
 奈良県の南の山中は、昔は南朝勢力の隠れ家となっていました。
第96代後醍醐天皇の息子で、鎌倉で捕えられ非業の死を遂げた大塔宮護良親王(ダイトウミヤモリナガシンノウ)の像も、道の駅の近くにありました。
 
 そして幕末のちょっと早すぎた、ちょっと無茶な決起の天誅組の変で、五条代官所を襲撃した天誅組が本陣を置いた天辻峠(アマツジトウゲ)の南、その本陣跡にも看板をみてわざわざ寄ってみましたが、家内の指摘通り、狭い道の向こうにちょっとあった広場に、天誅組本陣遺跡の石碑があるだけでした。
 
 昭和29年、一戸あたり20万円ずつの大金を出し合って800余万円で築設した、長さ297.7m・川からの高さ54m、生活用(村道)の吊り橋としては日本一の谷瀬の吊り橋(タニセ)。
 
 この吊り橋、もう3回ぐらいは渡っていますが、今回が一番浮ゥったです。
平日なので人が誰もいなかった為か、単に年とった為か、本当になんとか渡りきりましたが、またここから帰らなくてはなりません。
 
 まあ経験と言うのは大事なことで、帰り道は写真を撮る勇気もありましたし、時間もかかりませんでした。
多分渡るのはこれで最後のしておきます。

      返事
花水木さん:長崎港ー京都間800kmを
    フークを連れて年に2回は走っていたので、
    長距離ドライブは嫌いではないのですが、
    そろそろ高齢者のこんな運転はやめた方が良いですかね。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする