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竹内幸次の短編小説

2006年06月04日 09時16分11秒 | 竹内幸次プライベート
おはようございます。スプラムの竹内幸次です。今日は休日的話題です。

先週の休日ブログでは音楽をする話題を書きました。高校時代から作詞をよくしました。チューリップの財津和夫さんや佐野元春さんの影響を多く受けています。

今日は私の短編小説についてです。小説家では「彼のオートバイ、彼女の島」(映画化もされた)の片岡義男さんの影響を受けました。二輪車に乗る者の孤独感と、恋愛がテーマになることが多かったように思います。

今読み返すと、若い考えや、未熟な価値観も垣間見れますが、以下は20代の私が書き上げた短編小説です。

*****
闇夜を越えて
竹内幸次著

キックペダルを横に出し、チョークを3分の2ほど引いて、武内光司はエンジンを始動させた。気温は平年を下回っていて、11月のこの時期にしては、かなり寒い方だった。

口から吐く息は白く目に見ることが出来た。前日の夜に、明日の朝はかなり冷込むと天気予報で知った光司は、皮のパンツに皮のブーツ、皮のジャンパーに皮のグラブを身に付けていた。皮のお陰で身体には寒さはそれほど感じなかった。

11月24日、午前3時25分、ヘッドライトは闇を裂き、単気筒エンジンは豪快な音を残し、走り出した。

前日にロードマップをよく見てルートは頭にしっかりと記憶させていた。国道1号から国道4号に入り、途中、バイパスを経由して、ひたすら北上すればいい。目的地は、約260km離れた所にある地方都市であった。



出発した時に“0”にしておいたトリップメーターが“99.9”から、“100.0”に変わる頃、ほんのりと周りの世界が見え始めた。しかしまだ、ヘッドライトを頼りにしなくては走ることはできない。

宇都宮の信号で止まった頃は、身体中がブルブルと震えていた。気温は、ここが横浜よりも北に位置するせいか、それとも日の出頃の時刻のせいか、とにかく出発した時よりもかなり低かった。

既にそこは高層ビルも無く、はるか遠くまで見渡せるほどの所だった。道の左右には田畑が続いていた。東北自動車道のインターが国道4号に近づいてきた。矢板、須賀川、白河と緑色の表示は次々と続いた。



光司は時計を見た。午前6時だ。タイムリミットはあと1時間45分に迫っていた。光司はアクセルを緩めなかった。目指す地方都市は、あと100kmほど先にある。光司の頭の中には、昨日届いた一通の手紙と、“1時間45分”という数字が、くるくると回っていた。

一週間ほど前の事である。光司は電話で、真城五月と話をしていた。その日は、二人のチャンネルが合わずに、些細な理由で喧嘩となってしまい、ついには、五月が電話の向こうで泣き出してしまった。その事以来、彼女からは電話がなく、数日後、手紙が届いた。

────

光司へ

この前の電話、こめんなさい。年甲斐もなく泣いたりしてしまって。あの後、あたし、何日か考えました。そして私なりに答を出しました。やっぱり、私達二人の距離は、あまりに遠すぎると思います。

電話でしか光司に接触できないし…。この前の喧嘩にしたって、結局は私が郡山に居て、光司と会えないからだと思います。

私の我がままで、短大卒業後、郡山に帰ってしまって、光司に迷惑ばかりかけてしまって…。他の恋人達のように、すぐに会う事もできないし・・・。月に一度は横浜に行くという約束も、ほとんど実行できなくって・・・。

だから、だから光司、私をふって下さい。光司には、もっと相応しい人がいくらでも居るわ。今まで、色々な楽しい思い出を有難う。光司の後ろに乗って行った、北海道や九州の事は一生忘れない。身体に気を付けて、さようなら、私の光司。

真城五月

────

タイムリミットは、あと15分に差し掛かった。次第に道は広くなり、コンクリートの建物が多くなってきた。目指す地方都市、郡山はもうすぐだ。車の数も次第に増えてきた。光司は車の左側を走り、先を急いだ。

郡山警察署の前を左折して国道4号から国道49号に乗った。道は二車線になり、光司は車をぬうようにして先へ進んだ。共同石油の角を左折し、県道に入った。タイムリミットはあと5分だ。ストレートな通が暫く続いた。

市の中心部よりも車はぐんと少なかった。光司はバス停を捜しながら走った。五月が毎朝、バスを持つバス停だ。そこに7時45分に到着するバスに乗って、五月はオフィスに出勤する。

古びた郵便ポストの横に、人が5、6人立ってバスを待っているバス停があった。光司はそこを通り過ぎてから、直ぐにフルブレーキングをした。真城五月を確認したのだ。光司のオートバイのリアタイヤがロックして、アスファルトとの間に、けたたましい音を発した。

その音を聞いて、バス停の人達は、一斉に光司に目をやった。光司は直ぐにハンドルを右にフルに切り、Uターンを始めた。その時、五月を乗せて行こうとするバスがバス停に近づいてきているのに気が付いた。

光司はギアを一速のままアクセルを思いっきり開け、急加速した。そして五月の前に乱暴に停車させた。五月はびっくりした表情で言った

 「ど、どうしたの?!」

それには答えずに、光司はヘルメットのシールドを開け、大声で言った。

 「後ろに乗れ、五月!」

 「でも、ヘルメットも無いし、今あたしスカートだわ」

 「かまわん、いいから乗れ!」

バスはもう、すぐそこに近づいていて、光司のオートバイに対してホーンを鳴らした。扉はもう開きかけている。

バス停の人達がジロジロと見る中、五月はスカートのままオートバイに跨がった。

 「しっかりと掴まっていろ!」

光司はアクセルを開け、乱暴に走り出した。風が五月の髪を豪快にかき上げた。冷気が顔に冷たかった。顔を光司の背中にくっつけて風を防ごうとしたが、光司の背中の皮のジャンパーは260kmの距離を走ったせいで、ものすこぐ冷たかった。

 「一体、どうしたの?!」

五月は後ろから大きな声で言った。光司はギアを三速から四速に上げながら怒鳴った。

 「昨日、手紙が届いた!」

五月は黙ってしまった。ギアを五速に入れてから、

「お前は馬鹿野郎だ!俺は今まで、一度だって俺達が遠く離れているなんて思った事なんてない。現に今、こうして俺はここに居るんだ。二人の距離なんて、へでもねーよ。何時だってこうしてお前を後ろに乗せることができるんだ。以前お前を学生寮から、大学まで乗せて行ってやったと同じように、今だってお前をオフィスまで乗せて行ってやるよ」

と、大きな声で怒鳴った。

五月は言葉が出なかった。何らかの形で、光司からあの手紙の返事が来るとは考えていたが、まさか、こんな形で返事が来るなんて想像もつかなかった。

“私が今しがみついている光司は、わたしをオフィスに送ってくれるために横浜から来たっていうの?ほんの5分ほどで行けるオフィスに私を送るために、わざわざ来たっていうの?”

五月の腕が、一層強く光司を抱き締めた。五月は出せる限りの声で「有難う、光司」と、言ったが、その声は風の音にかき消され、光司には聞き取れなかった。ただ、背中が少しだけ暖かくなったのを感じていた。

五月が仕事をしているオフィスは国道4号と国道49号を結ぶ道沿いにあった。「ほら、着いたぜ五月。バスなんかよりも、ずっと快適で、ずっと早く着くだろ?」

 「光司・・・」

五月は、アイメイクがめちゃくちゃになり、乱れた髪で言った。

「本当に・・・本当にあたしでいいの?」

「当り前だろ、十分にいい。俺は十分にお前で満足だ。月に一度来れなくたってかまわない。その気になれば、こうして早朝から会うことだってできるんだ。さあ、早く、他の社員が来る前にメイクを直せ。笑顔が台無しだ」

 「光司・・・」

五月は甘ったれた声で光司に抱き付いた。光司は思うように動いてくれない手で五月の頭を優しく撫でていた。

五月をオフィスに送り込んだ後、光司は近くの電話ボックスに入り、100円玉を入れた。そして、凍えた手で東京の市外局番を回した。

「お早うございます、営業の武内ですけど、実は急用ができたので、今日、午後から仕事に出させて下さい。無理は承知です、お願いします」

光司は再びオートバイのキックペダルを蹴り下ろした。

END

*****

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