礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

自ら助けんとする人たちに世間は決して酷ではない

2017-02-05 04:06:43 | コラムと名言

◎自ら助けんとする人たちに世間は決して酷ではない

 森本清吾著『独学者の行くべき道』(文修堂、一九四一)から、「3. 数学と独学」を紹介している。本日は、その後半。

 それでは独学で進むにはどんな道をとつたらよいか、と申しますと、それには「中等教員検定試験」「高等教員検定試験」と云ふ二つの文部省検定試験が最も便利な関門として設けられて居るのであります。それ故〈ユエ〉独学で数学に進まうと思ふにはこの二段の段階を一つゞつ上ればよいのであります。二段に分れて居るので第一段で一休みして第二段に上る事が出来ると云ふ気易さがあります上に、この第一段丈〈ダケ〉で立派に役に立つのであります。中等教員検定試験に合格すれば先づ大体に於て一生中流の生活は出来るのであります。五六年前の最不況時代に文検合格者の就職に困つた時代がありましたが、その頃の合格者も只今では全部就職して居ります。文検合格後三ケ年学校に奉職できなかつた人は恐らく特殊事情にある人以外はない筈です。然もその頃は大学出身者すら二年三年とルンペン生活をやつて居つたのではありませんか。かやうなわけでありますから吾々は先づこの中等教員を目標にして進む事が出来るので目標の近いと云ふ事は独学者の気分を非常に楽にするのであります。而もこの中等教員検定試験に合格すると云ふ事は普通の能力を持つた人であれば、別に天分豊かなものでなくとも誰にでも困難ではないのであります。第二の関門たる高等教員検定試験は多少の天分がないと困難かも知れませんし、それに全然独学では可成〈カナリ〉困難な点もありますが、第一の関門門を通過した人は大学へ進むと云ふ道も開かれて居るのであります。大学の方は時勢の変化と制度の改革で将来永久に門戸が開放されて居ると保証はできませんが、現在では東北、大阪、北海道の三大学が門戸を開放して居りその入学も容易なのであります。
 中等教員検定試験を受ける以前はと申しますと,之は特殊の場合の外は中等学校を出られて居ると思ひます。中等学校を出て居られない方々の為には専検〔専門学校入学者検定試験〕と小学校教員検定試験があります。それから物理学校〔東京理科大学の前身〕別科に通つて文検の智識を得ながら受験資格を得ると云ふ道もあります。然し中等教育は近頃ずゐぶん普及して居ますし、有資格の夜間中学も大分ありますからこの方はそんなに無理をなさらないでもすむ事と思はれます。最後の学位に於ては何等の制限なく、中等教員の資格さへ無しに一足飛びに学位を得た人さへあります。然しこれは全然独学では事実上困難でありまして、大学に出入し先生方の指導を仰ぐか又はそれと同様の特殊な境遇に入らなければむづかしいのです。然しこれもそれに達する迄には実力は認められますから何等かの便宜を受けて勉強をする事が出来るやうになる事も差して困難ではありません。かやうに数学を独学でやつて成功しようとする者の為には、あまりひどい難所を持たない順序よい道が整備されて居るのであります。
 【図略】
 この中〈ウチ〉専検〔専門学校入学者検定試験〕、中等教員〔検定〕試験、高等教員〔検定〕試験と進んだ人には現士官学校教授平野幸太郎氏があり物理学校から学位を得た人(その頃は物理学校は中等教員の資格が無かつた故〈ユエ〉今の別科と同様でした)に小倉金之助氏,竹中曉〈サトル〉氏があります。中等学校から中等教員〔検定試験〕、大学と進んだ人などは無数にあり現に北海道帝大教授河口商次〈アキツグ〉博士などもその人です。私〔森本清吾〕は中等学校、中等教員〔検定試験〕、高等教員〔検定試験〕、学位の順に進んだのであります。かやうな実例が示して居るやうに、自ら助けんとする意志と努力とに燃える人達に対しては世間は決して酷ではなくいつもその成功を援助して居るのでありますから、境遇を喞つたり〈カコッタリ〉難関に脅えたりする事なく勇往遭進すべきであります。

 著者の森本清吾について、デジタル版日本人名大辞典+Plusで調べると、次のようにあった。

森本清吾  もりもと-せいご
1900-1954 大正-昭和時代の数学者。
明治33年1月26日生まれ。深沢利重の5男。独学で教員検定試験に合格。東京物理学校(現東京理大)講師、広島高工(現広島大)教授などをへて昭和25年群馬大教授となる。昭和29年6月19日死去。54歳。群馬県出身。勢多農林卒。著作に「数論」「近世幾何学」など。

 ここでいう「教員検定試験」とは、中等教員検定試験、および高等教員検定のことを指しているのであろう。『独学者の行くべき道』を刊行した当時の肩書は、「広島高等工業学校教授/理学博士」である。【この話、続く】

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