礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

優柔と急行、平和と不安のうちに時代は動く

2017-02-25 02:15:49 | コラムと名言

◎優柔と急行、平和と不安のうちに時代は動く

 昨日の続きである。岩淵辰雄著『現代日本政治論』(東洋経済新報社、一九四一)の第六章「二・二六事件」から、「時代の動く姿」という文章を紹介してみたい。初出年月は、一九三六年(昭和一一)三月、つまり事件発生直後である。

 時 代 の 動 く 姿

 二・二六事件は何が動機で、また何が目的で勃発したものであるか、その真相は未だハツキリしないが、これを機会にして政治に対する広汎な革新気分が軍部の若い幕僚を中心にして湧き上つて来てゐることだけは確かだ。その軍部の空気を反映して、廣田〔弘毅〕内閣は幾度か閣僚の人選を変更したし、時局に対する認識なるものも、ゼスチユアだけでも兎に角〈トニカク〉軍部の納得する程度において、それに対応して修正した。
 昨日まで政争と議場の駈引〈カケヒキ〉と選挙に没頭してゐた政党政治家も今更らしく新時代の騎士を装うてゐる。これが時勢の進歩か、動いて行く方向であるか、今後の姿は知らないが、現在のところ、この限りに於て二・二六事件は時勢に一つの契機と緒〈ショ〉を作つた。
 明治維新が幕末の開港佐幕、尊皇攘夷の両論で、江戸と京都を中心にして不安と混乱の時勢の生みの悩みを続けた結果が、その闘争と混乱の間に、自然に佐幕派の開港と尊皇党の尊皇が取り上げられ、佐幕と攘夷が捨てられて、落ち着くところに落ち着いたのであるが、その渦中の際には、橋本左内の日記にも残つてゐるやうに、尊皇党の中心であつた堂上〈トウショウ〉の公卿〈クギョウ〉が、国内の情勢に対しては可なり精通してゐたが、一歩国外の問題になると全く無学無理解で、その頑迷驚くばかりであると嘆ぜしめてゐる。
 橋本が無理解として嘆じたその堂上の人々のなかには、勿論、後の維新の元勲三條〔実美〕、岩倉〔具視〕もゐたのである。それが幾変転と艱難〈カンナン〉の間に夾雑物〈キョウザツブツ〉が取り除けられて、漸く磨き上げられたのである。今後の時勢がどうなるにしても、矢張り〈ヤハリ〉双方に夾雑物があり、それが取り除かれる迄は幾度かの変転を見るであらう。たゞ、目前に起つてゐる混乱した事態だけから云ふと、誠に憂慮に耐へないとも見えるし、革新を欲するものから云へば、現情の既成勢力に執着するものが優柔姑息であり、穏健と平和を欲するものから云へば、早急の革新は頗る危険で不安でもあらうが、しかし、その優柔と急行、平和と不安の絡み合つたなかから徐々に時代はある方向を取つて進んで行くのである。
 これを陸軍だけについて云つても、対外政策の決定実行か、国内政治の革新か、軍の粛正統制か、その何れを先決すベきか、どこまで併行して行ふべきかゞ、こゝ五、六年来の懸案になつてゐる。一緒に実行するとしても、そこに緩急自ら序ありで、満洲に在る出先き軍憲と、中央でも首脳、幕僚と一般将校の間に、いままではそれぞれの差があつた。寺内〔寿一〕陸相は本事件(二・二六)の因つて来る所は極めて深刻且つ広汎として、大いに軍紀の振粛と清軍を期してゐる。その清軍だけでも云ふは易く、行ふは容易でない。況んや広汎な政治の革新に於て、さう簡単に行はれるものでない。
 つまり、事態は簡単でないと云ふ事実に当面した時、人と形を変へて、また次の動きと進路に向つて、これまでの夾雑物を切り捨てゝ行くのである。それがいつ起るか知れないが××も××も恐らくそれまでの存在であらう。   (一九三六・三)

 文中、二か所の××があるが、廣田、寺内と入るのであろう。首相の廣田弘毅〈コウキ〉にしても、陸相の寺内寿一〈ヒサイチ〉にしても、岩淵辰雄は、これを過渡的な存在だと位置づけていると見る。
 全体に、非常に含みの多い、わかりにくい文章だが、ここで岩淵は、次のようなことを言おうとしたのではないか。
 ひとつは、この闘争と混乱も結局は、落ち着くところに落ち着くであろうという観測。その落ち着くところとは、幕末で言えば「開港と尊皇」、つまり、対外協調・平和路線への復帰と立憲天皇制の堅持という観測である。岩淵が、このような「希望的」観測を抱いていたとすれば、その「希望」は実現しなかったことになる(少なくとも敗戦までは)。
 もうひとつは、維新の元勲たる三條実美〈サネトミ〉や岩倉具視〈トモミ〉に匹敵する「公卿」の登場に期待するという諏旨である。この場合、その公卿が近衛文麿〈コノエ・フミマロ〉であることは論を待たない。しかし、結局、その近衛文麿も、岩淵を初めとする国民の期待に応えられなかった事実は、歴史の示す通りである。

*このブログの人気記事 2017・2・25(6・10位にかなり珍しいものが)

 

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