礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

口述試験でしどろもどろになる

2017-02-10 03:53:51 | コラムと名言

◎口述試験でしどろもどろになる

 森本清吾著『独学者の行くべき道』(文修堂、一九四一)を紹介している。本日は、付録の「高等教員検定試験受験記」を紹介してみたい。なお、「高等教員検定試験受験記」として載っているのは、「R.K.生」さんのもの一本のみである。

  高等教員検定試験受験記  R. K. 生

 私は師範の二部を卒業してから中等教員高等教員と検定づくめで進んで参りました。中等教員の検定を受けたのは大正十三年度〔一九二四年度〕後期で、当時は非常に数学教員払底で一年に二回試験の行はれた位の時であつたせいか、一ケ年半程の準備、唯一回の受験で簡単に通りました。その時には高等教員の問題を見てもちつとも分りませんでしたから受けて見ようとは思ひませんでしたが、函数論や方程式論の本を読んで行く中〈ウチ〉に問題を見ると少しづつわかるのが出て来る様になりましたのでだんだん受けて見ようと考へる様になりました。始めて受けたのは昭和十二年度〔一九三七年度〕で、この時充分の確信はもてませんでしたが、これ迄に出た様な種類の問題が出れば60点位は取り得るつもりで居ました。所が実際受けて見ると以前の問題とは大分型がちがひあてが外れました。以前には記憶しておけば出来る様なのがかなり沢山ありましたが、試験場で考へねば出来ぬのが多くなりました。それでも一緒に受けに来た人々と比べて見ると少々よく出来てゐる様に思へましたから事によつたら口述には残り得るかと考へてゐました。案の定〈アンノジョウ〉口述には残りました、口述に残つたのは6人でした。さうなると慾が出て何とかうまく答へて一回で通らうと考へました。試験場に入り予習の時間に出された問題を見るとコーシーの平均値の定理です、これは何度も見た事のある定理で証明も覚えてゐましたから占めたと思つてあまり準備しませんでした。試問室に入るとT、N、H、Kの試験委員が並んで居られます。尤もその時私は二人だけしか知つてゐませんでした。小生に対して主に聞かれたのはN委員でした。問題の証明をし終ると「もうそれで理論上不備の所はないか」と聞かれます。問題は非常に不完全の形に提出され、どう云ふ条件の下に之が成立するかと云ふ事を受験者が云ふのですが、さう云ふ事は問題には書いてありません。試験官にさう云はれるとどこかに欠点があるのだらうと思ひ考へて自分の言つた事の欠点を補つて逃げて行くとどこまでも追つて来られます。とうとう一時間近くも逃げ廻つて惨々の目に合ひました。後から考へたのですが斯う〈コウ〉云ふ場合には普通の本に書いてある程度の十分条件の下に定理の成立することを証明しておけばよかつたと思ひます。それにつけても平素から条件は常に正確に考へ正しく記憶してゐなければならぬ事だと思ひます。副問は割合にやさしく八割位は出来ました。
 後で考へて見た所では、この回に不合格になったのは口述でしどろもどろになった為ではなく、筆記の点が足りなかつた為だと思ひます。私は微分幾何と代数とが出来ませんでした。微分幾何は適当の参考書がなくて困ります。代数は実は此頃むづかしい定理を用ひねば出来ぬのはあまり出ず試験場で頑張つて考へれば出来る問題が多く出る様です。この事がわかつて居れば無駄に時間つぶす事が少く有効に時間を使つて考へる事が出来ると思ひます。
 二回目に受けたのは昭和十四年〔一九三九〕です。前回の失敗に鑑み自分の足りないのは代数と解析学だと考へて高木〔貞治〕解析概論と藤原〔松三郎〕微分積分学第一巻とをよく読んでおいたお蔭で第一日は割合によく出来ました。第二日は幾何の日だから必勝を期して臨んだのですが五番一題を除いては見なれない問題ばかりです。包絡線の問題を射影幾何の問題と考へず、微分の問題としては程度が低いものだから、或は立体の問題でないかとも考へて見ましたが結局微分を用ひて解きました。微分幾何は前回同様全敗。力学の問題は初め題意を取りちがへて簡単に出来たつもりでゐましたが誤〈アヤマリ〉なる事を発見しやり直しました。しかし結果が簡単に出ず中途でやめました。
 第三日は一番初〈ハジメ〉に手を着けた函数論の問題に誤植があり、問題の誤つてゐる事を発見するまでに少し時間をつぶしました。既約性の問題は簡単に出来ました。前回の時失敗した問題とよく似た形の行列式の問題が出てゐます。随分時間を費してやうやう方針だけ得ましたが完全な答案を作ることは出来ませんでした。最小二乗法の問題は精度と云ふ語の意義が分らなかつたので投げて仕舞ひました。筆記の成績を自分で採点して見たところ前回よりは少々よい様に思ひましたがどう計算して見ても70点はありません。英語の試験には知らぬ単語は二三ありましたが之は大した事はありません。
 口述の際には主問題として一直線上の射影的二点列の複点を求める問題が出ました。前回の失敗にこりて今度は予習の時出来るだけ吟味を考へておきました。試問場にはS、T、N、S、K、Xの五名の委員が控へて居られました。私は前回と同じくK委員の番にあたつてゐました。出来るだけ?味をしておいたつもりでも抜目はあるもので其の場でせねばならぬ箇所が方々にありました。複点が二つより多く存在しない証明が幾何学的にうまく考へられなかつたので代数的にした所K先生から初等幾何の解析の様に幾何学的に出来ぬかと問はれ考へて見ました、初めは出来なかつたけれども二度目考へ直してやつと答へる事が出来ました。副問の方はあまりむづかしいのはありませんでしたがsin xを無限積に展開する公式には参りました。【以下、次回】

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