◎牛乳に水を注ぐことは絶対にならぬ
昨日の続きである。服部四郎著『蒙古とその言語』(湯川弘文社、一九四三)から、「新バルガ蒙古人のタブー」という文章を紹介している。本日は、その二回目。昨日、紹介した部分のあと、改行して、次のように続く。
異民族に接する必要のある者は、その仕事の性質を問はず彼らの風習に関する詳細にして正確な知識と温い〈アタタカイ〉同情とを有しないと、知らず識らずの内に反感を買つて、思はぬ失敗を招く事があらう。私どもでも、風習の違ひと承知して居ながらも、異民族に接する時に、多少の不快の念が起るのを禁じ得ないことがある。ましてや自分らの習慣を唯一の正しいものと信じてゐる蒙古人のやうな素朴な民族に対し、私どもは気づかずにどれほど不愉快なふるまひをしてゐるかわからない。況や〈イワンヤ〉タブーの程度のものにいたつては一層注意を要する。これを研究対象とする民俗学者にとつてとは別の意味において、私ども言語学者にとつても、タブーの研究が必要であることは明かである。
以下に、アモゴーロン・ハシャート滞在中、右のブド〔Büd〕氏から知り得た新バルガ人のタブーや風習を、一定の順序なく列挙しよう。勿識これで以てその全部を挙げ尽したものではなく、恐らくは何十分の一にも足りないものであらう。なほ注意すベきは禁じられてゐる理由は大抵単にnügelti 《禍がある。縁起が悪い。私の郷里三重県亀山町の方言で「験【げん】が悪い」「げまんが悪い」などいふのが当るか。》の一語によつていひあらはされる事が多い。
1、食事を終つた時、茶・水などで口を嗽ぎ〈スシギ〉吐き出してはならない。
【以下、2から32まで、タブーが列挙されているが、ここでは、その一部のみを引用する】
4、家(=包【パオ】)の中で口笛を吹くな。ただし、外ではかまはない。
8、日本式に坐つたり、うづくまつたりしてはならない。礼儀正しく坐には必ず一方を立膝しなければならない(目上の者の前では特に然り)。
9、女はあぐら(日本式)を絶対にかく可からず。片膝立てるか横なほりする(日本式に坐ることもならぬ)。
10、男はあぐらをかいてもよい。ただし老人目上の者の前ではいけない。
12、飲食物が残つても絶対に地面に棄ててはならぬ(日本人が棄てるのを屡々目撃して不愉快に感じたといふ)。犬の椀に入れてやるのはいい。
14、紙、木片などに火をつけて持つてゐてはならぬ。
16、牛乳のある上へ水・茶(後者はやや寛)を注ぐことは絶対にならぬ。ただし、水に牛乳を注ぐことは極めて正当である。
17、人を跨ぐべからず。
19、小刀を人に渡す時、刃を相手に向けてはならぬ。
20、刃物を刃を上にして置くべからず。
21、うどん(その他汁ある食物)の類をいきなり箸で挟んで食べてはならぬ。必ず汁を少し口につける。その後ならば、うどん許り〈バカリ〉先に食べて了つて後で汁だけ飲んでもさしつかへない。
22、骨の類を食事中に投げてはならぬ。溜めて〈タメテ〉置く。
23、机の塵を拭ひ取るのは自分の方へ。
24、人に向つて菷〈ホウキ〉で掃いてはならぬ。
25、人の与へたものを箸ではさんだり、人差指と中指で挟んで取つてはならぬ。ての平掌で受けるがよい。置いてあるものは親指と人差指で取つてもよい。
27、二人で各々小刀を持つてゐて、片手どうしで取換へてはいけない。両手を用ゐて受取つてから、自分のを渡す。
28、砥石を手渡してはならぬ。一度置いてそれを受取らすべきである。
29、櫛を人に投げて渡すと母が死ぬ。
30、手を腰の後へ組んではならぬ。父親が死ぬ。
【以下は、32まで、タブーを列挙したあとの文章】
東新巴旗(それが更に四つの旗に分れる)の中でも旗によつて多少づつつ風習が違ふやうであるが、右のブド氏から得た材料は氏の属する正白旗を代表してゐるものと見て大体さしつかへなささうである。【以下、次回】