礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「福翁百話」は「福翁対話」である(昆野和七)

2021-07-02 02:15:55 | コラムと名言

◎「福翁百話」は「福翁対話」である(昆野和七)

 本日は、創元文庫版『福翁百話』(一九五一)の「校訂後記」を読んでみたい。やや長いので、二回に分けて紹介する。執筆は、昆野和七(一九〇八~没年不詳)である。

   校 訂 後 記     昆 野 和 七

 一、本書と他の福澤著作との関係
 本書の校訂について述べる前に、「福翁百話」と「福翁百余話」とは一体、福澤の全体の著作との関係はどうかということに就いてふれておき度い〈タイ〉。
 今日既に定論となつている福澤諭吉の代表的三部作というのがある。「西洋事情」(初篇慶応二年、外篇同四年、二篇明治二年)「学問のすゝめ」(明治五年~九年)(十七篇)及び「文明論之概略」(明治八年)がそれである。この三著述共に、福澤の三十三歳から四十二歳に至る期間に制作されたもので、福澤の最も意気旺ん〈サカン〉な時代の著作である。この三部作の外に、別に二部作ともいうべきものがある。それが本書と「福翁自伝」とである。本書と自伝とは福澤の六十種の中で、著者の死後になつても最もよく版を重ねたという点では代表的なものである。本書も自伝も時事新報社版だけでも共に百数十版を重ねているほどで、この両書は如何に多くの読者を有つて〈モッテ〉いるかゞ察しられるのである。福澤の代表的三部作の「西洋事情」「学問のすゝめ」及び「文明論之概略」と「福翁百話」及び「福翁自伝」とを比較して見ると、その制作年度と著述内容とにおいて目立つた相違点がある。自伝は明治三十年〔一八九七〕新稿を起こして恐らく三十一年〔一八九八〕六月頃に脱稿、百話は明治二十六年〔一八九三〕稿を起こして、恐らく二十九年〔一八九六〕正月に脱稿、百余話は明治三十年に執筆されたものである。即ちこの両者は福澤の六十歳から六十四歳に至る期間の制作ということになる。前にいつた代表的三部は壮年時代の作とすれば、自伝と百話は晩年の作である。つぎに内容の点で見ると、代表的三部作は、福澤の思想活動華やかな時代のもので、福澤の思想を知るためにはどうしても見なければならないものであるが、自伝は説明するまでもなく彼の自叙伝である。「福翁百話」(その続篇福翁百余話)はその制作のプロセスから見て、「福翁諭吉対話篇」或は「福翁対話」と別名をつけても宜しいのではなかろうかと思う。福澤は元来客を悦び、交るところも頗る広くて、客に接して談論風発、実に饒舌ともいうべきほどであつた。福澤は晩年になつて客との対話をそのまゝ捨て去るのを惜んで、客が帰つたあとで記憶を辿つて〈タドッテ〉書き綴つたのが、「福翁百話」「福翁百余話」である。ゲーテの晩年に親近したエッケルマンはゲーテが来客と語り、またエッケルマン自身に語つたその対話を文章に書いて公刊したのが「ゲーテとの対話」である。福澤にはゲーテにおけるエッケルマンのようなその師との対話を手まめに書き止めておく弟子はなかつたが、福澤は自ら語り、それを自ら書いたのであるから、ゲーテとエッケルマンとの二人で為つた〈ヤッタ〉仕事を福澤は一人で為つたようなものである。
 本書は仮に名前を附けると、「福翁対話」ともいうべきものであるから、軽い読物かというとそうではない。内容から見ると、宇宙人生観あり、政治経済論から学問教育論、男女同権、婦人開放論、一身一家の処世訓がある。凡ゆる問題に附いて福澤が平生感ずるところ、或は壮年時代、からの持論をのべているのである。従つて本書は福澤の他の著書や論説と全然無関係に論じているものは殆んどないといつてもよい。例えば「学問のすゝめ」「文明論之概略」の中で論じている或る部分の註釈に当るところがあつたり、十数年来、新聞に書いた論説、約五千篇の中のある部分の反覆であつたりする。前年の論文の註釈といい、反覆といつても、自然ほかの論説には求め難いようなまとまつた議論もある。之を要するに「福翁百話・百余話」は、思想の円熟した福澤が、円転濶達に、或は縦橫無尽に論じ去り、論じ来るところに、他の著作には見られない此の書の独自の価値があるともいえるのである。【以下、次回】

 ここで昆野和七は、ひとつ、極めて重要なことを言っている。それは、『福翁百話』は、その制作過程から見て、「福翁諭吉対話篇」もしくは「福翁対話」と呼びうるという指摘である。この指摘については、このあと、このブログで確認してゆくことになるだろう。

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