礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

枢密顧問についての規定も変更すべからず

2022-08-20 02:50:55 | コラムと名言

◎枢密顧問についての規定も変更すべからず

『国家学会雑誌』第四八巻第五号(一九三四年五月)から、清水澄の論文「帝国憲法改正の限界」を紹介している。本日は、その五回目。

  帝国憲法第五十六条に「枢密願問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応へ重要ノ国務ヲ審議ス」とある。即ち、枢密顧問は一般国務に関する天皇の最高顧問府で、また憲法上の機関の一〈ヒトツ〉である。然るところ、世間には往々、貴族院廃止説を唱道するに前後して枢密顧問をも廃止すべしとの説を提唱する者がある。其の意は、枢密顧問は徒らに〈イタズラニ〉内閣の施為〈シイ〉を妨げ濫りに民意の嚮ふ〈ムカウ〉所を阻む〈ハバム〉ものに過ぎずと言ふに在る。換言すれば、宜しく衆議院を以て国民の総意を代表すべき唯一無二の機関たらしむべしと云ふに帰著〈キチャク〉する。又一部の論者は、当今政党政治の弊害の甚だしきを嘆き、貴族院乃至枢密院は此の弊竇〈ヘイトウ〉を杜塞〈トソク〉すべく余りに無力なりと做し〈ナシ〉、遂に此等の機関を視るに無用の長物を以てするに至つた。乍併、衆議院を以て唯一無二の民意代表機関とすることの、制度として到底妥当とすべからざることは、前に叙説したる通りである。又なるほど、現に政党政治の流弊の甚だしきものあることは、今更否み難き事実である。其の斯くの如く甚だしきを致したるに付ては、貴族院乃至枢密院に於て之を阻止すること能はざりし故を以て、或は責任の一半を負担せねばならねかも知れぬ。けれども、若し初めより貴族院もなく枢密院もなかつたならば、政党政治の弊害は今一層速〈スミヤカ〉に現れ今一層深刻を極めたであらうことは、容易に想像し得る所である。されば、論者の説く所は、直に〈タダチニ〉以て貴族院廃止の理由とし難きと同様に、又以て枢密院廃止の理由ともすべからざるものである。然り而して〈シカリシコウシテ〉、我が国法に於ては天皇大権の範囲が頗る広汎で、従て重要なる政務にして天皇の親裁に属するものが甚だ多い。それに付ては憲法上の要件として国務大臣の輔弼があるのではあるが、国務大臣の輔弼とても万に一つ過誤なきことを保し得るものではない。殊に事実上国務大臣の更迭が頻繁に行はるゝことは、看遁す〈ミノガス〉べからざる事実である。されば、天皇大権の行動に万一にも遺漏なからんことを期する為め、事実上更迭の頻繁なる国務大臣の輔弼の外に更に憲法上の要件として、特に重要なる国務に付ては事実上永続的地位に在る枢密顧問の諮詢を経べききことゝるは、又実に深重なる意義の存する所である。枢密顧問の奉答する意見を採納せらるゝと否とは、固より〈モトヨリ〉一に天皇御自由の思召〈オボシメシ〉に係るのであるから、枢密顧問の諮詢なる条件を設くることは、天皇御親政の趣旨に何等牴触する所なきのみならず、却つて其の趣旨を一層明徴に発揚する所以である。かくて、枢密顧問は我が政治機構に於て欠くべからざる根本機関の一と為すべく、従て、帝国憲法第五十六条の規定はこれまた絶対的に変更すべからざるものである。【以下、次回】

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