◎松村任三著『溯源語彙』(1921)について
植物学者・松村任三(まつむら・じんぞう、1856~1928)に、『溯源語彙』(1921)という私家版がある。このことは、山中襄太の『国語語源辞典』に教えられた(当ブログ、今月4日の記事参照)。
国立国会図書館のデジタルコレクションで、その『溯源語彙』を閲覧してみたところ、これが驚くべき内容の本であった。松村任三は、著名な植物学者であるが、その松村が、このような「奇書」を上梓していたことは、ほとんど知られていないと思う。
本日は、『溯源語彙』の「凡例」を紹介してみたい。なお、この本は、左開き、本文ヨコ組みの本であるが、巻頭にある「凡例」はタテ書きで、左の行から読ませるようになっている。このようにして書かれた文章は、この歳に至るまで見たことがなかった。なお、改行は、原文のままとした。
凡 例
一 羅馬字ハ母音ト子音トノ区別アルガ故ニ語源ヲ研究スル上ニ於テ遥ニ我ガ仮名
字ニ優レリ故ニ本編ニ於テハ国語ヲ皆羅馬字ニテ表ハセリ
一 例へバハタラク(働)ト云フ動詞ハ旧説ニヨレバハトタトラトクニテ成レルガ如ク
思ヘリシ人多カレドモ其語源ハ活(ha)力(lak)ノ二字音ニシテ此間ニ母音ヲ以テ
調和スルガ故ニ hat(a)+lak ト書くベキナリ ha-ta-la-ku ト書くベカラズ之ヲ名
詞トスルニハlak+i ノ如ク(i)ヲ加フレバ足レリ(u)ガ(i)ニ変ゼリナド云フ
ヲ要セズ一語ノ講成一目瞭然タルノ便宜アリ
一 従来羅馬字者流ノモノセル書方ニヘボン流トカ日本式トカ云フモノアレドモソハ
単ニ仮名五十音ヲウツスダケノモノニテ語源ニハ全然関係ナク無意義ノモノナリ
一 本編ニ於テハ言々語々スベテ語源ニ基キテ書キタルモノナレバ同ジシノ仮名ヲ表
ハスニモ(shi)ヲ以テスルアリ或ハ(si)ヲ以テスルガ如ク又チノ仮名ヲ表スニモ
(chi)モアレバ(ti)モアリ或ハ(tsi)モアルガ如ク彼レ者流ノ如ク画一的ノモノナラ
ズ故ニ日本式ニ似テ日本式ナラズへボン流ニ似テへボンナラズ(shi)ニハ(shi) ノ一
語ノ義アリ(si)ニモ(si)ノ字義アリ既ニ一字ニシテ一語ヲ成セル語源ナルガ故ナ
リ其他(ji)アリ(dzi)アリ(dzu)アリ(zu)アリ(tsz)アリ(tsu)アル等皆之ガ為ナリ
一 羅馬字者流ノモノセル一語ノ綴方ハ唯五十音中ノ音ヲ以テ列スルノミニテ語源ノ
何物タルヲ知ラザルガ故ニ其一語一言ノ切リ方ハ大概違ヘリ場合ニヨリテハ
ha-ta-la-ku ト切ルガ如キ是ナリ
一 本編ハ古語俗言ノ別ナク名詞ノミヲ輯ムルガ故ニ其分類法ハ極メテ大凡ニテ天文、
地理、人事、禽獣、草木等其他細別スレドモ元来言語排列ノ事ナレバ或ル微妙ノ関
係上ヨリ次第スルコト往々之アリ素ヨリ正確ノ分類法ト云フべカラズ
一 字義ヲ解釈スルニ英語ヲ以テセルハ漢語ノ漠然タルニ反シテ意義明瞭ナルガ故ナ
リ而シテ其英語ハ一ニ漢英韻府所載ニヨレリ予ノ附会セルモノ一モアルコトナシ
一 巻末ニ索引ト画引表トヲ附属セシメムハ著者ノ計画ナリシガ当今工賃騰貴ノ際ト
テ印刷ノ費用容易ナラズ著者ニ於テ堪フル所ニアラズ止ムヲ得ズ之ヲ省クコトト
セリ
一 著者ノ近刊書中ニ大和字典、古語溯源、字音仮名遣ト羅馬字ノ書方等アリ皆索引ノ
便ヲ計レルモノナリ
大正十年五月 著 者 識 ス
第七条に、「漢語」という言葉がある。すなわち、国語の語源を「漢語」に求めるというのが、本書のこころみだったのである。
植物学者・松村任三(まつむら・じんぞう、1856~1928)に、『溯源語彙』(1921)という私家版がある。このことは、山中襄太の『国語語源辞典』に教えられた(当ブログ、今月4日の記事参照)。
国立国会図書館のデジタルコレクションで、その『溯源語彙』を閲覧してみたところ、これが驚くべき内容の本であった。松村任三は、著名な植物学者であるが、その松村が、このような「奇書」を上梓していたことは、ほとんど知られていないと思う。
本日は、『溯源語彙』の「凡例」を紹介してみたい。なお、この本は、左開き、本文ヨコ組みの本であるが、巻頭にある「凡例」はタテ書きで、左の行から読ませるようになっている。このようにして書かれた文章は、この歳に至るまで見たことがなかった。なお、改行は、原文のままとした。
凡 例
一 羅馬字ハ母音ト子音トノ区別アルガ故ニ語源ヲ研究スル上ニ於テ遥ニ我ガ仮名
字ニ優レリ故ニ本編ニ於テハ国語ヲ皆羅馬字ニテ表ハセリ
一 例へバハタラク(働)ト云フ動詞ハ旧説ニヨレバハトタトラトクニテ成レルガ如ク
思ヘリシ人多カレドモ其語源ハ活(ha)力(lak)ノ二字音ニシテ此間ニ母音ヲ以テ
調和スルガ故ニ hat(a)+lak ト書くベキナリ ha-ta-la-ku ト書くベカラズ之ヲ名
詞トスルニハlak+i ノ如ク(i)ヲ加フレバ足レリ(u)ガ(i)ニ変ゼリナド云フ
ヲ要セズ一語ノ講成一目瞭然タルノ便宜アリ
一 従来羅馬字者流ノモノセル書方ニヘボン流トカ日本式トカ云フモノアレドモソハ
単ニ仮名五十音ヲウツスダケノモノニテ語源ニハ全然関係ナク無意義ノモノナリ
一 本編ニ於テハ言々語々スベテ語源ニ基キテ書キタルモノナレバ同ジシノ仮名ヲ表
ハスニモ(shi)ヲ以テスルアリ或ハ(si)ヲ以テスルガ如ク又チノ仮名ヲ表スニモ
(chi)モアレバ(ti)モアリ或ハ(tsi)モアルガ如ク彼レ者流ノ如ク画一的ノモノナラ
ズ故ニ日本式ニ似テ日本式ナラズへボン流ニ似テへボンナラズ(shi)ニハ(shi) ノ一
語ノ義アリ(si)ニモ(si)ノ字義アリ既ニ一字ニシテ一語ヲ成セル語源ナルガ故ナ
リ其他(ji)アリ(dzi)アリ(dzu)アリ(zu)アリ(tsz)アリ(tsu)アル等皆之ガ為ナリ
一 羅馬字者流ノモノセル一語ノ綴方ハ唯五十音中ノ音ヲ以テ列スルノミニテ語源ノ
何物タルヲ知ラザルガ故ニ其一語一言ノ切リ方ハ大概違ヘリ場合ニヨリテハ
ha-ta-la-ku ト切ルガ如キ是ナリ
一 本編ハ古語俗言ノ別ナク名詞ノミヲ輯ムルガ故ニ其分類法ハ極メテ大凡ニテ天文、
地理、人事、禽獣、草木等其他細別スレドモ元来言語排列ノ事ナレバ或ル微妙ノ関
係上ヨリ次第スルコト往々之アリ素ヨリ正確ノ分類法ト云フべカラズ
一 字義ヲ解釈スルニ英語ヲ以テセルハ漢語ノ漠然タルニ反シテ意義明瞭ナルガ故ナ
リ而シテ其英語ハ一ニ漢英韻府所載ニヨレリ予ノ附会セルモノ一モアルコトナシ
一 巻末ニ索引ト画引表トヲ附属セシメムハ著者ノ計画ナリシガ当今工賃騰貴ノ際ト
テ印刷ノ費用容易ナラズ著者ニ於テ堪フル所ニアラズ止ムヲ得ズ之ヲ省クコトト
セリ
一 著者ノ近刊書中ニ大和字典、古語溯源、字音仮名遣ト羅馬字ノ書方等アリ皆索引ノ
便ヲ計レルモノナリ
大正十年五月 著 者 識 ス
第七条に、「漢語」という言葉がある。すなわち、国語の語源を「漢語」に求めるというのが、本書のこころみだったのである。
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