礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

プロレタリアとしての立場を守ったフィヒテ

2025-01-15 00:26:59 | コラムと名言
◎プロレタリアとしての立場を守ったフィヒテ

『社会経済史学』第9巻第2号(1939年5月)から、フィヒテ著・出口勇蔵訳『封鎖商業国家論』(弘文堂書房、1938年8月)についての梶山力の書評を紹介している。本日は、その二回目。

 だからフィヒテの「封鎖商業国家論」において「封鎖的国家」の原理が、彼の哲学、ことに法哲学から先験的な仕方で演繹されてゐるにしても、吾々はそれを充分に尊敬しなければならない。まづ現実の社会とその諸矛盾とを分析して、その中から弁証法的にうまれてくる未来の社会をえがくことは本書の目的ではないのである。むしろ本書は、その哲学的方法論にしたがつて、次ぎの三つの部分にわかたれてゐる。即ち第一篇「哲学」においては、カントの実践的、主意的な哲学から導き出された、法と所有についてのフィヒテの独自の概念を基礎として、まつたく先験的・演繹的に未来の経済秩序――「封鎖商業国家」――の原理の輪郭が示される。その中には一種の全体主義と一種の社会契約説とがあり、また社会主義的な労働権と平等権との基礎づけがあり、また有名な三つの階級についてのフィヒテの主張――生産者階級、職人階級、商人階級――が展開されてゐるのである。ついで第二篇「現代史」においては現実の経済生活と、国家の盲目的な経済政策とが、フィヒテ一流の筆をもつて叙述され批判されてゐる。経済史を学んだものは、とくに此の篇のうちに十八・十九世紀の交における欧洲諸国ことにプロシアの経済政策にたいする批判を興味ふかく感じるであらう。プロシアの重商主義に対する辛辣な批判とともに、商人資本家たちの投機的活動にたいするフィヒテの憤懣が、こゝに見られるであらう。最後に第三篇「政策論」には、現実の国家から理想の国家にいたるための政策が展開されてゐる。こゝには国民経済を封鎖して自給国家を漸々的〈ゼンゼンテキ〉に実現するための具体的方法が提示されてゐる。政治の任務は、フィヒテによれば、現実の国家と理想の国家とを結びつけることに外ならないのである。
 もちろんフィヒテは弁証法を知らないのではなかつた。本書の第一篇第一章の冒頭(二三頁)にもすでに彼は云ふ――「謬つた一つの命題は同様に謬つた一つの対立命題によつて排斥せられるのが常である、その後で初めて、人はその中間にある真理を発見する」と。この彼の弁証法は、周知のやうにヘーゲルへの先駆をなしたのであつた。といつてもそれは理想と現実との峻別をきづつけるものではなかつた。そこにも哲学上、一つの興味ある問題が存在してゐると思はれるのである。
 哲学との関連についてはこれだけにする。つぎに社会改革についてのフィヒテの見解について簡単に述べよう。「このプロレタリアの児(フィヒテ)は頭の天辺〈テッペン〉から足の先まで一個の革命児であつた。」彼の革新的思想は一つには彼の生ひ立ちにもとづくと同時に、また一つには当時のフランス革命の思想によつて、刺戟されたものであることは疑はれないであらう。彼は赤貧洗ふが如きプロレタリアの子として生れ、最後までもプロレタリアの立場を守つたのである。かれの父はザクセンの一寒村に住む織匠〈ショクショウ〉かつ農奴であつた。彼は幼時から父親を手伝つて、家鴨〈アヒル〉や牛の番をしなければならなかつた、この彼の眼に社会の不正義として映じたものは、何よりも商人の無制限な利益追求であり、また農民に対する国家の苛歛誅求〈カレンチュウキュウ〉であつた。かくして利益追求の自由を制限することが、未来の経済秩序の根本原理でなければならないことを彼は確信することが出来た。かくして彼の「封鎖的商業国」はまつたく一つの計画経済であり、――ゾムバルトの言葉でいへば――「需要充足経済」の一種にほかならない。〈116~117ページ〉【以下、次回】

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