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僕の包括的九条論   文科系

2006年03月12日 18時32分34秒 | Weblog
僕の包括的九条論   文科系

今まで断片的に述べてきた僕の標記のことを包括的に提示してみます。少し長いですが、必要なことだろうと考えました。

1 日本に攻めてくる国は戦後は殆どなくなったのではないか。この点において、過去の長い人類史と比べるのではなく、戦後の特殊性をみよう。戦後は以下のことが起こったはずだ。
 ・独裁国が減り、男女平等普通選挙下の民主主義国が増えた。そこは決定的に戦  争がしにくい。選挙を意識せずしては何の行動も起こせないからだ。
 ・非同盟諸国が増え、その下で国連の権威も上がった。その意向を計算しないで  は、どの国もやはり行動を起こせない。戦争への憎しみも決定的に増した。ア  メリカでもこういう世界の意向を無視できなくなっている。
 ・日本は経済大国であり、こういう国へ攻めていった例は戦後ないはず。そうい  う国へ攻めて来れば世界経済を大混乱させることになる。また戦争放棄の国と  しても有名だ。つまりいろんな意味で世界を敵に回し続けるという覚悟がない  と攻められない国なのだ。世界を敵に回したら自分に将来どういう事が起こる  かも考えなければならないはずだと思う。

2 むしろこういう資本主義大国が軍隊を持つと、攻めていくという不安のほうが僕には強い。政治家の自由意志でではなく、利権などなどを巡って周囲がそうさせることになってきた。特にアメリカとの同盟の下ではこの不安が強い。ベトナム、アフガン、イラクそして今、イラン。いつも言ってきたようにかえる派の方々は防衛戦争のことしか語らないのだが、それは間違いである。1の状況はありながら、アメリカに観るように世論操作に成功すれば民主主義国家でも戦争は起こせる。ただアメリカの教育水準は極めて低い。現在高校を卒業できない人が、白人でも4人に1人、黒人やヒスパニックでは半分だ。教育水準は人間の主体性に重大な関わりがあると考える。

3「攻めてくることはある」と考える人は一種のそういう「思想」、「固定観念」のようなものを持っているのではないか。まず「歴史上いつも争いがあった」と言明し、そこに着目するのは良いが、以下の論理にまで行ってしまう人もいるようだ。国家間の争い一つ一つの原因の違いを考えないで一括りに「何か共通の性格、本質があるのではないか」と類推し、その果ては「人間は動物、動物は争うものだ」というような社会ダーウィニズムのような「感じ方」、「哲学」までに。こうなると当然、僕が1で観たような「戦後の世の中の違い」などは観ないことになる。ちなみにかえる論の方々は、戦前の日本を擁護するときにだけこの違いを持ち出されるようだ。「それは歴史の後知恵だ。当時の社会、白人はもっと乱暴だったよ」などという時に。

4 九条堅持。職業保障をして自衛隊は解散、警察力を大きくする程度でよい。資本主義大国でこういう国が一つぐらいあった方が世界平和の確立、貧困の撲滅のためにも良いことだと思う。憲法前文にあるとおりに「平和を願う世界の人々の気持ちを信頼します」と改めて言明するのである。

コメント (9)
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