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ハリル解任はやはり誤り    文科系

2018年04月30日 09時05分49秒 | スポーツ
 ハリルの長い記者会見を聞いた。最も印象に残っている大事な部分、言葉がこれ。
『解任の真実を探すために日本に来たが、結局見つからなかった』
 そして、こうも語っていた。
『協会が理由に挙げた選手との信頼関係に関しては、思い当たることが一つある。オーストラリア戦に呼ばれて出られなかった選手二人から不満が語られていた』

 さて、これで一定真実は見えて来る。本田、香川らから監督批判が協会に提出された。それを受けた協会が、他の理由や舞台裏は一切語らず「選手との信頼関係がちょっと?」と述べた程度で、解任したと。

 逆を言えばこういうことだろう。二人などと監督との「対立」が起こり、協会は二人の意見を聞いたと。もしこれと違う別の理由があるならば、それを言うべきだろうが、これがなかった以上そう解釈するしかない。

 以上が事実経過なのだから、協会は酷い誤りを犯したと思う。相手に明確に解任理由を伝え、その論争もしっかりやって、その上で平行線であっても解任すると、こうすれば良かったのだ。相手に理由が分からずウヤムヤのままに解任というのは、いくら監督人事権を握っているとしても、酷い遣り口という他はない。

 さらに悪いことには、こんな悪弊さえ日本サッカー界に残る事が予想される。監督とある有力選手らとの対立などは日常茶飯事の世界で、「使われない主力の有名選手がダダを捏ねれば、監督を首に出来、自分が重視されるような戦略を採る監督に替えることもできる」という前例を残してしまった。事実上まるで、「監督批判の奨励措置」ではないか? 筋を知っているやの長谷部や岡崎ならきっと、こういう事態を厳しく批判していることだろう。長谷部は確か、「監督批判を外に出すのは良くない」と述べていた。
 西野がこれで本番に負けたら、協会は一体どうするつもりだろうか。会長辞任が相応であると思う。勝負の世界に生きるものは、それぐらい潔くあって欲しいものだ。あいまいな理由で強権をふるったら、そのマイナス結果にも責任を取るべし。
 
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拉致問題解決のチャンス   らくせき

2018年04月30日 08時32分57秒 | Weblog
巌のようにビクともしないように見えた拉致問題。
解決の糸口がみえてきました。
最後の決め手は一番の当事者である日本。

安倍さんは腰を据えた対応をしてほしい。
自分の政権に利用しないで、100年先を見た未来志向で。
安倍さんの政治家としての資質が問われている。

負けるが勝ち。
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「あらゆることに嘘をつくトランプ」をめぐって   文科系

2018年04月28日 06時17分10秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 標記の拙エントリーに、例によって名無し君から再三クレーム・コメントが来ています。彼の最後のコメントと、それへの僕のお応えとを再掲させて頂きます。ここには、以下のようにある大事なテーマが存在するからです。

【 Unknown (Unknown)2018-04-26 18:53:02
 トランプ批判本を読んだだけの文ちゃん。
 一昔前、ヤクザ映画を見た人が、肩で風切って映画館を出て来る程度の、恥ずかしい話。】


【 無知! (文科系)2018-04-28 06:13:39

 いつも安倍を擁護して止まぬ、名無し君。

 自民党か、公明党のサイトウオッチャーなんだろうけど、君の文章のいつも通りの無知、嘘だと証明してあげよう。
 自公支持者が以下を読んだら、
「名無し君もうやめてくれ。自公政権の名を落とすだけ!」と言い出しそう。

 こういう告発本を書く時には、以下は常識。トランプから告発されぬように、事実描写は十二分に吟味すること。何せ相手、トランプは、金に飽かした名うての訴訟魔なのだ。著者の方も間違いなく弁護士に原稿を読んで貰っている。つまり、基本フィクションであるヤクザ映画とは全く違う。

 ならば、僕が「肩で風切って映画館を出て来る」というのは、この際こういう意味になる。訴訟にも備えて万全の注意、備えをしてきたその著者のそういう「真似、受け売りをしている」と。

 こうして、こういう本のそんな常識も全く考えたことがないからこその「ヤクザ映画」と「肩で風切って」になるというわけだ。
 君にしては「大変上手い比喩」を思いついた積もりだろうが、言葉だけね。中身は映画みたいなフィクションで嘘で、トランプと一緒、と。
 以上分かったでしょ。
「あらゆることに嘘をつく名無し君」】
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「よたよたランナーの手記」(220) 4月は一進一退   文科系

2018年04月28日 05時22分14秒 | スポーツ
 ここのところこの手記が間遠になっているのは一進一退だからなのだが、病気と道連れであったこの間の苦心惨憺を描いてみるのも良かろう。3月から今まで病気続きだった。3月11日のここに「インフルからの回復」を、29日にはその後の前進を書いたが、インフルエンザB型の後遺症が鼻喉にずっとくすぶってきた。

 4月は、体調の悪さに加えて孫の新学期に色々酷使されたなどで、5日しか走れていない。体調の悪さというのは、鼻喉風邪。何かの菌が付き纏っていると2日に診断されて、抗生物質を飲まされることに。それでも、ずっとぐずついていて、とうとう「長く飲んでも大丈夫な抗生物質」に換わって今日に至っている。以下の記録は全て吹上公園6周の7キロちょっと、そのキロ平均タイムと平均心拍数である。

 1日 6分45秒、143
 9日 7分1秒、140
15日 6分58秒、149
20日 7分40秒、137
26日 7分9秒、138
 なお、以上の日々のストライドは、1日の92センチが最高、最低は20日の86センチで、26日は90センチになっている。

 今年に入ってから一番の好調日が2月2日の6分27秒、148の99センチだから、間遠に走っている割には基本的に現状を維持している。でも、波がありすぎるから、気分は悪い。20日などは風邪の影響もあったのだろうが、出だしの15分以上がもうやっと走っているのだか、歩いているのだか。だからこそ、26日には体調が戻ってきたことが分かった。ほぼ同じ心拍数で、キロ30秒以上も速くなっていた。中5日置いても心肺機能がここまで戻っているということだから、これは喜んで良い。キロ7分ちょっとで走れて心拍数138とあれば、筋力は落ちていないということ。6分30秒程度にはすぐに戻せる。

 この間起こったことの逆を言えばこうなる。その日の体調に留意しつつ1~2日置きで走ることが出来れば、キロ6分近くまでは行くだろう。そんな目論見が描けるのは、80に近づいた身の風邪長引きを振り返れば、とても嬉しい、幸せなことと、そんな感慨も持つことができた。なんせ、1か月近くも抗生物質を飲んでいて、基本現状維持が出来たのである。

 なお、26日に医者にきちんと確認してきたが、「この間走って来たことも、これから走ることも、いずれも悪くない(という病気の程度だった)」のだそうだ。熱がない喉鼻風邪だからだろう。これで熱が出ていたら、気管支炎、肺炎を疑い、内科紹介という方向だった。
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「巧言令色鮮仁」   文科系

2018年04月27日 07時07分19秒 | 国内政治・経済・社会問題
 佐川のような部下、人間が出たら昔の政官の立派な上司なら、最低こう振る舞ったもの。
「私が命じたものではなく、部下が私を忖度してやったこと。それは、私の日頃の指導が足らなかったということ。そういう不徳ということで、私の責任です。辞任いたします」

 これに対してアベの表面上の言動を観ていると、こうだ。
「全部あいつが悪い、勝手なことしやがって!」。それも、妻が学園の名誉職を引き受けていて、加えるに彼女を通じてアベの名前は何度も何度も出されてきたのだし、さらに加えて「私や妻が関係していると分かったら辞めます」とさえ公言してきたのである。


 さて、昔の中国には上手い表現、教えがあるもの。「巧言令色鮮仁」。改めて辞書を引くなど、付け焼き刃の勉強をしてみたら、こんな意味になるようだ。

 この文章で最も重要な仁とは、「すべての人に、仲間として接する心」とあり、この場合の鮮は、「すくない」とか「めったにない」という意味。令色とは、表面上の愛想の良さというような意味のようだ。

「丁寧に丁寧に説明します」と殊勝な口ぶりで、その実、部下に政治的汚名をすべて被せて来た。妻が関わってきたことははっきりしているのに辞めるなどとは到底言いそうもない様子。安倍晋三君にはやはり、仁はありそうもないのである。


 孔子にとっては、「自分がそうされたら嫌だと思うことは、他人にもしてはいけない」という意味の「思いやり」と並んでこの仁が、人が最も貫いていかねばならない二つの徳目なのだそうだ。それも今回学べたこと。仁が欠けた首相の存在は、国の不幸というもの。上が上なら、下も下。福田みたいな化け物も出てくる。

 孔子が生きて今の日本にいたら、間違いなくこう語るだろう。「苛政は虎よりも猛し」。晋三君の責任がもっとも軽くてさえ、首相夫人の名があったがゆえの忖度。それ故に何人かの人々が死んだというのは、虎よりもひどい苛政である。上から命じられた仕事をちゃんとやっただけの公務員が、安倍に食われた。
 「苛政は虎よりも猛し」。
 この格言は、孔子の時代にさえ、もうすでに中国中の常識となっていたものである。
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随筆 「あらゆることに嘘をつくトランプ」   文科系

2018年04月25日 12時51分43秒 | 文芸作品

 現職米大統領のロシア疑惑を選挙中から調べていたコミー前FBI長官が、自らの解任までのいきさつやトランプとのやりとりを本にした。「より高い忠誠心 真実とうそとリーダーシップ」が、この一七日にアメリカで出版された。発売に先だってコミーのインタビューもあって、対するトランプの激しい非難ツイッターが連日のように続いている。
 この「中傷合戦」の一端が一八日中日新聞に載っていたので、そのまま紹介しよう。
 見出しは「中傷合戦が加熱」に加えて、「FBI前長官 回想録出版し酷評」と「トランプ氏 批判ツイート連発」

『コミー氏の回想録は、「より高い忠誠心 真実とうそとリーダーシップ」。米メディアが報じた要約によると、コミー氏は著書の中でトランプ氏を「不誠実で自意識過剰なマフィアのボス」などと酷評。米大統領のロシア介入疑惑捜査に関連し、トランプ氏から「忠誠」を求められたり、フリン元大統領補佐官を「解放してくれ」と言われた経緯なども詳述しているという。
 米ABCテレビが十五日夜に放映したインタビューで、コミー氏はトランプ氏について「医学的に大統領に不適格とは思わないが、道徳的に不適格だ」と強調。「女性を軽視し、あらゆることにうそをつき続ける」などと述べた。
 これに対し、トランプ氏も自身のツイッターで連日のようにコミー氏を非難している。十五日には「不正直なコミーは結局、ひどく壊れている。史上最悪のFBI長官に成り下がるだろう」とこきおろした。さらに、自身の忠誠を求めたとするコミー氏の主張に対し「私が個人的に忠誠を求めたことなど決してない。うそだ!」と反論した。トランプ氏は昨年五月、政権のロシア疑惑を捜査していたコミー氏を突然解任した』

 さて、初のトランプ批判本「炎と怒り」五〇〇ページを読み終わっていた僕としては、ここで「中傷合戦」という言葉が使われていることだけでも「到底そんな『対等な』ものではない」と苦笑いが出る。トランプの嘘つきはすでに周囲には有名な事実であり、コミーの解任いきさつの方は、秘密裏に行われたから突然で、不明瞭過ぎたからである。コミーは誠実に任務を果たそうとしていただけなのだ。そんな彼をトランプが、一片の解任通知をそのボディガードに直接FBI長官室に届けさせることによって、解任したのである。しかも、完全にトランプ個人が秘密の内に強行したこの通告は、こんな文言と内実入りだ。
『これにて貴殿は解任、免職とする。本通知は即刻発効する』
『大統領は、ごく身近な家族以外の誰にも相談せず、自分の一存で決定を下したのみならず、その後の対応や説明、さらには法的な正当化までをも、ほぼ自分と家族だけで行った。……こうして、ホワイトハウスは、大統領とその家族と、信じがたい事態に呆然と言葉を失うスタッフたちとに二分された』
(以上の『 』内は、「炎と怒り」P三四六~七から)

 先進国政権では滅多にないようなこんなやり方は、完全に後ろめたい人間がその強権を恣意的に使ったやり口と言える。現在ロシア疑惑には二つの事件が流れていて、一つはトランプの上二人の息子が怪しげなロシア関係者たちと秘密会議を持った事実があるというもの。それもアメリカの政争・敵陣の資料収集という目的の会議だった。今一つの疑惑として「スティール文書」というものが知られている。元イギリス諜報部員クリストファー・スティールという人物がある調査会社に依頼されてロシア諜報機関なども含め調査した報告書である。トランプがロシアから脅迫されている可能性があるとも書かれている。以前トランプがロシアに高級マンションを作るとかでモスクワを訪問した際に、オバマも泊まった超高級ホテル・スイートルームにおける売春婦たちとの常軌を逸するセックス模様をビデオに撮られていたという報告も入っていたからだ。この「スティール文書」は、選挙当初のころからすで一部に流れていたが、大統領選挙泡沫候補のこととて、まだ大手マスコミは取り上げていなかった。これを、トランプ就任後初の記者会見の前日にCNNが報道した。ここから現在までに至るトランプのCNN無視は、この事件に端を発している。

 なお、このような大統領と「ドナルド・シンゾウ」とファーストネームで呼び合うことを喜んでいるやのシンゾウ君にはぜひ「炎と怒り」とともにコミー氏の回想録を読むこともお薦めしたい。「拉致問題」ほか「日本に満額回答」などと、日米首脳会談の「手柄」を誇っているようだが、コミー長官が証言しているようにお得意の『(女性を軽視し)あらゆることにうそをつき続ける』という目にシンゾウ君が遭わぬ事を願うばかりである。そんな結末は、何度も裏切られてきたやの拉致問題家族の方々には、気の毒すぎる。
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CLローマ リバプール レアル バイエルン 1970

2018年04月25日 11時16分08秒 | Weblog
準決勝1stレグ ローマvsリバプールはホームのリバプールが5ー2で勝利。
ローマはちょっとやらかしたかなwww5失点最大の理由は、準々決勝セカンドレグでバルサを3ー0で沈めた3バックをここでも採用したことに尽きる。バルサ戦は点を獲らないと勝てない状況だったから一か八かの3バックでまさかの大勝利出来たが、アウェーのこの試合に3バックで臨むとは強気というか何というかwww
リバプールはサラーとマネの高速ウイングが武器だから彼等の前にスペースが広がる3バックじゃ太刀打ち出来んわな。
おそらくディフランチェスコとしては4バックで押し込められたら一方的に攻められるので撃ち合い上等の策に出たんだろう。結果的にはそれが裏目に出た5失点とそれが成功した2得点になったが5点目は余計だったな。

しかし、リバプールも相変わらずで試合終盤のアウェーゴール2失点はいただけない。これでローマの首は繋がった。バルサ戦と同じようにホームのセカンドレグで奇蹟を狙うモチベーションは十分残ったから。
終盤のガス欠からの失点癖は当分治りそうもないなw

レアル、バイエルンは順当ならレアルだろう。タレントの質では完全にレアル。ジダンがイスコをもう少し信用すればバイエルンは難しくない相手。
決勝で3連覇を懸けて戦う相手は8割方リバプールになるだろうね。
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CLマンチェスターシティの敗因 1970

2018年04月24日 20時59分27秒 | Weblog
見ていない人や見る予定の無い人に向けての観戦記を書くつもりは無いので、マンチェスターシティの敗因だけ幾つか。

アンフィールドの初戦の入りが全てだったな。ペップもリーグ戦のフォーメーションを変更してギュンドアンをスターリングに代えて入れたが、理由は不明。結果的にギュンドアンはまるで機能しなかった。
シティにとって今のリバプールはプレミアで最も食い合わせの悪い相手。
理由は明確。フェルミノ、サラー、マネ、チェンバレンの前4人の高速プレスがシティの弱点であるDFのパス回しを寸断するから。
メンディにしろコンパニ隊長にしろプレスが緩ければ問題無いんだが、フェルミノに追い回された処にサラーやマネ、チェンバレンが来られると無理w
クロップのこういうスタイルには弱い。それが前半の45分で試合終了の理由。

2戦目は主審だろうなwww
兎に角曰く付きの主審でペップとの相性最悪。案の定ハンドを無視やオフサイドじゃないオフサイド等で試合をぶっ壊した。ペップもハーフタイムの抗議で退席。
ま、伝統芸のようなもんだったw
主審スペイン人なんだけどね。よっぽど昔から仲悪いんだなw

そういう訳でリバプールが勝利したが、そのリバプールも相手がカウンター狙いで引いてくると途端に試合内容はぐだぐだになる。プレミアでシティに勝ち点で大差を付けられたのはそれが原因。だからチーム力をトータルで考えればシティの域にはまだ及ばない。
しかしシティも、そろそろDFを何とか補強しないと厳しいな。
リバプールは一にも二にも選手層を厚くしないとあのスタイルで長丁場は厳しい。
特にプレミアはウインターブレーク無しでぶっ通しなんだから難しい。
今回のCLの戦いはプレミアでの優勝が絶望的だったリバプールが有利になったが、それも結局はあのスタイルだったからということも言えるから。
リバプールにしてみたら今年のCLは獲らなきゃいけないタイトルだろう。
但し、ここからの相手はシティと違って食い合わせの悪い相手だけどw
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グァルディオラ監督が世に出た時の事    文科系

2018年04月24日 19時49分52秒 | スポーツ
 イングランド・プレミアのぶっちぎり優勝で、ジュゼップ・グァルディオラの名がまたも世界に鳴り響いた。この監督、1年目から凄まじかったのである。1970さんが彼の凄腕を描いてくださったこととて、そのエントリーに添えて、旧拙稿を再掲してみる。1年目からこんな成果を上げた監督は、世界サッカー史上でも居なかったのではなかろうか。その凄腕が現在なお続いているというのが、また凄い。


【 モウリーニョとグァルディオラ  文科系  2009年07月22日 | スポーツ

 ストイコビッチの監督初体験が失敗に終わりそうな光景を見ながら、サッカー監督というものをいろいろ考えていた。「集団球技はある程度お金があれば、あとは監督次第」と何回かここにも書いてきた。もう少し若い頃までの野村克也や今の落合を見ても、アメリカや日本のバスケットチームなどを見ても。まして、世界でずば抜けて最も人気のあるサッカーの世界なら、なおさらである。なにしろ、老舗チームや国家代表を有名な外国人監督に委ねることなどは日常茶飯事になっているのだから。金のあるグランパスも、ちょっとはサッカー監督の大事さというものを学ぶと良いなどと思う。

 サッカーでは特に誇り高いイギリス人が今、国家代表をイタリア人に任せているし、世界10強クラブにも入るであろうイングランド4強クラブの監督3人までが外国人であって、残りの1人も確かイングランドならぬスコットランド人なのである。外国人3人とはそれぞれ、スペイン、フランス、オランダ人だ。日本野球界でも外国人監督が増えているようだが、読売巨人軍がアメリカから監督を呼ぶなどということが、近く起こりうるだろうかと考えてみていただきたい。

 さて、現在の世界で最も優れたサッカー監督は、5人いると思う。まず、イングランドはマンチェスターユナイテッドのファーガソンと、イングランド代表監督を務めるイタリア人のカペッロ。あまりにも功成り名遂げた感のあるファーガソンと、日本の中田英寿とも縁が深いカペッロのことは省く。
次いで、同じくイングランドのチェルシーに臨時で雇われて見事に持ち直してみせたオランダ人・ヒディング。韓国をワールドカップ4強にまで上らせたこの名監督は、ロシア代表の現役監督だったかとの二股を見事にやりおおせてしまい、世界を驚かせた。

 さて、この3人に比べれば非常に若いが、既に彼らの名声に近い監督が2人いる。
1人は、イタリアはインテルミラノのモウリーニョだ。ポルトガル人の彼の名が初めて世界に知られたのは、04年にポルトガルのとあるクラブをヨーロッパチャンピオンクラブにしてしまったときのことだった。それからの実績が凄い。直後にイギリスはチェルシーの監督に転出するとすぐに何回かリーグ優勝をして見せた。これには前述のファーガソンも、アーセナルのベンゲルも本当に驚いたはずであって、彼に一目も二目も置いていることは間違いない。そのモウリーニョの現在の野心はこんなところだろう。去年の夏に就任したイタリアはインテルミラノにおいて、ヨーロッパチャンピオンクラブ杯を握ること。今年1年目にして即座にイタリアリーグ優勝を成し遂げながら、ヨーロッパチャンピオンクラブ杯は惜しくもスペインはバルセロナに取られてしまったからである。

 さて、本年度彗星のように世界に出現したのがもう1人の名監督、スペインはFCバルセロナのグァルディオラである。1部リーグでは監督初年度の08~09年シーズンでスペイン杯を得て、先頃ヨーロッパチャンピオン杯をも握って見せたのである。ヨーロッパチャンオン杯決勝の相手は、誰もが連覇を予測した先述のファーガソン・マンチェスターユナイテッドであった。若干38歳、これら全てが監督初年度のことなのだから驚きのほかはない。
 ちなみに、スペインの”読売巨人軍”、レアルマドリードが最近300億円を遙かに超える大型補強に打って出たのは全て、このガァルディオラ対策と言えなくもない。よほどのことをしない限りは、彼のチームを崩せないと見たはずなのだから。前にもここに書いたが「阪神タイガース子飼いの新人監督に日本1、いや世界1を取られたら、そのオフの期間には読売巨人軍が黙っているわけがない」と、そういうことなのである。しかしながら、この超大補強は実を結ぶまい。多分400億円近い金(ドイツはバイエルンミュンヘンのリベリーのマドリード移籍がまだ流動的である)を予定しながら、マドリードの大補強は失敗に終わるであろう。サッカーは組織で戦うものであって、だからこそ監督が最も大切なのだから。
 さてまた、このガルディオラから、グランパスのストイコビッチが学ぶべき点があるので、ここに特記しておこう。ガルディオラは就任早々、花形幹部選手二人を切って捨ててみせた。有名なロナウジーニョと、現在チェルシーで大活躍中のデコである。さらに今年の今も、チーム内得点王(確かリーグ2位)エトーを切ることも発表してしまった。ガルディオラが既に「俺が決めた」と広言している。規律を乱すダビにいつまでも恋々としていたピクシーに見習わせたいものである。
 このガルディオラ、サッカー選手としては野球のキャッチャーに似ていると思う。ボランチという、攻守双方が見える立場の名選手だった。

 ジョゼ・モウリーニョとジョゼップ・グァルディオラ、世界のサッカー界はこれから間もなく、この二人を中心に回り始めるのではないだろうか。】


 さて、この名監督のシティーが、今年のチャンピオンズリーグで大敗したのである。負かしたのは、ゲーゲンプレス創始者として名を馳せたユルゲン・クロップのリバプール。不幸にして僕は、このゲーム二つを観られなかったし、これから見る用意もない。が、この2ゲームは間違いなく歴史に残るゲームなのだ。上のエントリーの翌年、2010年のチャンピオンズリーグで、グアルディオラ・バルサをモウリーニョ・インテルが負かしたゲームのように。ちなみに、こちらの古いゲームについては、このブログに観戦記が存在する。2010年4月21日と29日の拙稿として。
 さて、1970さんでもどなたでも良いが、このシティ・リバプールのゲームのことを描いてくれるお人は居ないものだろうか。このゲームの観戦記紹介とか詳報サイト紹介とかでも良いのだが。よろしくお願いいたします。
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祝マンチェスターシティ優勝 1970

2018年04月23日 22時04分21秒 | Weblog
いや~圧勝だったw
今シーズンのプレミア予想で期待すると言ったペップシティが記録的な強さで世界最高峰のプレミアを制した。誠にめでたい。

世界で最も過酷なリーグを制したシティの強さの源は、一にも二にもポゼッションフットボール。プレミアは基本的にロングボールとフィジカル重視でカウンター主体。そういうライバルに1年間ほぼ圧倒し続けた。MVPはデブライネだな。この2年間の成長は特筆もの。
そして何より称賛したいのはペップの手腕だろう。
バルサからバイエルン、そしてシティとそれぞれリーグ優勝を果たしたが、内容を見るともしかしたらバルサ時代よりも内容の濃いチームに今のシティは仕上がりつつある。

ここ10年のサッカー界はペップを中心とするポゼッションフットボールとそれに対抗するカウンターフットボールの戦いが続いているが、シティの試合を見ているとリアクション主体のカウンターフットボールはそろそろ厳しいかなと思わせる場面が驚くほど多い。
ま、要するに殆どボールを触れないで終わっちゃうんだよねw
これは同じマンチェスターのユナイテッドとのダービーを見ると分かる。
よくペップの対極に挙げられるモウリーニョなんだがシティに見事に遊ばれるw
これは半分モウリーニョ論になるが、彼はポルトやチェルシー、インテルのようなその時の一流半の選手にやらせる守備的なフットボールじゃないと勝てないんだな。レアルやユナイテッドのような超一流が集まるチームだとシステマチックな守備的なフットボールに合わない選手が複数出てくる。レアルならロナウド、ユナイテッドならポグバに代表されるような。だからシティの術中に嵌まる。
選手も監督の言うことだけ聞くロボットじゃないからな。特に攻撃的な選手はそうなる。守備的なモウリーニョには超一流チームの監督は合わないのは、去年と今年のユナイテッドを見て思った。

そんなモウリーニョと同じ匂いはクロップにも感じるがクロップはモウリーニョ程極端に守備重視では無いのでリバプールがどれだけ一流選手をこのオフに買い集めるかだろう。中盤の層が薄いよね。今なら香川お買い得だけどwww

ということで、スペイン時代のバルサレアル、プレミアでのシティユナイテッドの戦いを見ると同じようなビッグクラブで同じような戦力ならばモウリーニョのフットボールはペップには敵わないことがしみじみ分かった1年だった。
モウリーニョ、インテル戻れw
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掌編小説 「兄 弟」    文科系

2018年04月23日 10時53分39秒 | 文芸作品
 掌編小説  兄 弟   文科系


 照明を最小限にしたそのレストランは急上昇中の名古屋駅前地域でも指折りの店と分かった。テーブル一つずつが回りから隔てられた作りで、〈近辺の重役室から抜け出した財界人辺りが商売の探りを入れる会食などに格好の場所だな〉、それとなく見回していた。駅前ツインビルの一角に、六歳違いでまだ現役の弟が久し振りに二人で飲むために予約を入れた店なのである。東京から月一の本社重役会に彼が来名した秋の夕暮れのことだ。
 水を運んできたウェイターに彼が語りかける声が響いた。「このビルの社長さんは、僕の同僚だった友達でしてねー」。〈「せいぜいサービスしなよ」と告げる必要もあるまいに、スノッブ過ぎて嫌味な奴だな〉。こんなふうに、彼と会うと俺の神経が逆なでされることが多いのである。でも、その日の彼において最高のスノッブは次の言葉に尽きる。俺の過去について思わずというか何というか、こんなことを漏らしたのだった。
「兄さん、なんで哲学科なんかに行ったの?」
 そう尋ねた彼の表情が何か皮肉っぽくって、鼻で笑っているように感じたのは、気のせいなんかではない。そう感じたから黙っていたらこんな質問まで続くのである。「兄さんは元々グルメだし、良い酒も好きだし、生き方が矛盾してないか?」。まともにこれに応えたらケンカになると感じたので、こう答えた。「お前には分からんさ。世のため人のためという人間が、グルメじゃいけないということもないだろうし」

 さて、その帰りに弟の言葉を反芻していた。年収二千万を越えたとかが十年も前の話、東海地方有数の会社の重役に理工系から上り詰めている彼から見ると、俺の人生に意味はないのかも知れぬ。「人生、こういう生き方しかないのだよ」と決めつける押しつけがましさはさらに強まっているようだし。高校の文化祭などは全部欠席し家で勉強していて、俺の目が点にさせられた覚えがあったなー。そこでふっと、こんなことも連想した。「オバマのは、税を納めぬ貧乏人のための政治。私は納税者のための政治を行う」、前回の米大統領選挙での共和党候補者ロムニーの演説の一部だ。つまり、金のない人々を主権者とさえ見ないに近い発想なのである。弟はこれと同じ人生観を持って、こう語っていたのかも知れない。「兄さんは別の道にも行けたのに、何でそんな馬鹿な選択をしたのか?!」と。そこには「今は後悔してるんだろ?」というニュアンスさえ含まれていただろう。
 秋の夜道を辿りながらほどなく俺は、自分の三十歳ごろの或る体験を振り返っていた。大学院の一年から非常勤講師をしていた高校で、「劣等生」に対する眼差しが大転換したときのことだ。二十代はほぼ無意識なのだが、こんな風に考えていたようだ。こんな初歩的ことも理解できないって、どうしようもない奴らがこんなにも多いもんか! 彼らがどういう人生を送ってもそれは自業自得。本人たちにその気がないんじゃ仕方ない。この考えがその頃、コペルニクス的転回を遂げたのである。〈彼らとて好きでこうあるわけではないし、現にみんな一生懸命生きてるじゃないか〉。同時に、家族とは既に違っていると思った俺の人生観も、一種我が家の周到な教育方針の結果満載であると遅ればせながら改めて気づいたのである。勿論、その良い面も含めて。そして、弟よりもむしろ俺の方が、我が両親の良い面を受け継いでいるのだろうとも、少し後になって分かった。両親ともが、片田舎の貧乏子沢山の家から当時の日本最高学府に上り詰めた人だったから。つまり、明治政府が築き上げた立身出世主義人材登用制度を大正デモクラシーの時代に最大限に活用できた庶民なのだ。能力のある貧乏な生徒をよく面倒みていた姿も覚えている。

 この時またふっと、弟のこんな言葉も甦ってきた。
「私の仕事は初め新幹線の進歩、やがてはリニア新幹線を日本に生み出すという夢に関わってきたんだよね!」
 この誇り高い言葉はまー、あの皮肉っぽい笑みからすれば俺に対してはこんな意味なのだろう。「だけど、兄さんの仕事人生は、一体何が残ったの?」。確かに、最初の仕事を二十数年で辞めたのだから、そう言われるのも無理はない。それも、貧乏な民間福祉団体で休日も夜も暇なく働いた末の、精神疲労性の二度の病のためだったのだし。そこでさらに気づいたこと、この病、お前も罹ったんじゃないか? それも若い頃の入院も含めて、一度ならず今も……、お互い頑張っちゃう家系だもんなー。

 いろんな言葉や思い出を辿りつつここまで来て、俺の思考はさらに深く進んでいく。弟は何でこんな挑戦的な言葉を敢えて俺に投げたのだ? 今も病気が出かけて終わりが近づいている自分の仕事人生と、何よりもこれが終わったその先とを自分に納得させる道を懸命に探している真っ最中だからじゃないか。この推察は、妥当なものと思われた。すると、ある場面がふっと浮かんだ。
〈小学校低学年からアイツは電車が好きだった。我が家に近い母さんの職場の用務員さんの部屋で母さんを待って、一緒に帰る途中にある中央線の踏み切り。あそこでよく電車を見ていたと、母さんが言ってたよなー〉
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ニシノジャパン(4)ハリル解任は誤り② 前大会の総括から   文科系

2018年04月22日 08時01分16秒 | スポーツ
 これは、前大会直後に書いた総括文、拙稿の一つだ。そして、今回の解任が、こういう総括に見る世界傾向を無視したものだとしか思えないと、今回は言いたいのである。そしてもう一つ。選手と監督のあるべき、正しい関係をももう一度考えてみたいというものだ。今回の解任にも、選手の「造反」が関わっていたことがはっきりしているのだから。ハリルが「選手が個々人で、チーム批判を外に出すことがあったが、これは良くないことである」と述べていたことを思い出している。そして、協会がその批判に乗ってしまったということも。

【 随筆 世界サッカーに異変  文科系  2014年06月23日

 また、世界サッカーが激しく流動し始めた。全盛期にあったパスサッカーが勝てなくなって、堅守速攻チームがまたしても台頭して来たようなのである。

 ヨーロッパ各国チャンピオン・クラブらが戦う決勝戦にパスサッカーの強豪が勝ち残れず、アトレティコ・マドリッドという珍しいチームが準優勝して世界を騒がせた。この略称アレッティは、典型的な堅守速攻のカウンターチーム。と観ていたら今度は、このワールドカップで目を見張る出来事が続く。南ア大会優勝チームにしてパスサッカーの雄スペインが一次予選敗退と決まったのだ。また、金持ち強豪クラブが多い割には近年勝てなくなったサッカー発祥の国イングランドも予選敗退が決まった。この国も、その過去への拘りをやっと捨てて、パスサッカーを取り入れている真っ最中だった。かと思えば、このイングランドに引導を渡した予選D組をいち早く勝ちぬいたのが、断トツビリを予想されたコスタリカという名もない国。コスタリカはイタリアと南米の強豪ウルグァイを負かしたのだが、そのイタリア戦報・新聞の数行を引用してみよう。

『パスを回すイタリアに、敵陣からプレスをかけて速攻を主体に対抗した。44分にディアスの速いクロスをルイスが頭で合わせて先制に成功。後半は攻勢に出て来た相手を、5人が並ぶDF陣が粘り強くはね返した』

「敵陣からプレスをかけて速攻を主体に対抗した」。この文章からは、世界サッカー動向にちょっと通じた人なら連想できることがある。史上ほんの一時の栄光以外は名も金もないチームなのに世界の強豪クラブに割って入ってきたドイツ・ドルトムントと、このチームの金看板新戦術、ゲーゲンプレスである。「敵陣からプレスをかけて」敵ボールを奪い、「(ショートカウンターによる)速攻を主体に」得点するというやり方だ。人よりもダッシュを繰り返しつつボールが回せる無名の選手を集めて、独特の敵ボール奪取布陣とショートパス戦術を徹底して、短期に世界的強豪に駆け上がった賢い戦術と言って良い。ただここの複雑な練習方法は非公開の門外不出。他チームが必死に真似ようとしてきたことも既に有名な話だ。日本では、香川真司がここのエースとして世界に知られるようになった。今の世界で、このチームから学び、ボール奪取に長けた前プレスのコンパクト組織、それに向いた好選手を創り上げる監督があちらこちらに現れたのではないだろうか。僕はそんなボール奪取・ショートカウンター組織という新世界の出現を夢想してみた。

 さて、「日本代表史上最強チーム」も予想を覆して、一本の蜘蛛の糸を残した予選敗退の危機にある。この風前の灯火・日本代表について、世界動向も無縁ではなかったと思う。従来の強豪型・パスサッカーでいくのか、ドルトムント流プレスをも取り入れるのか。ザッケローニ監督や選手たちにも、そんな迷いがあったのではないか。初戦コートジボアール戦は、パスサッカーによる中央突破を封印しただけではなく、攻撃の柱でもある二選手、岡崎と香川に敵サイドバックの上がりに付いていく守備の戻りを命じていた。ギリシャ戦でも、好調時のパスサッカーは封印したままで、サイドクロス攻撃と中距離シュートなどを徒に繰り返しただけだ。かと言ってコートジボアール戦などは前陣で敵ボールを奪うというポイントは弱いままだった。高い位置で敵ボールが奪えなければ前列選手が浮いてしまい、得意のショートパス攻撃が不発に終わるのも明らかだった。どうしてこんな中途半端な戦い方になったのだろうか。僕には、監督にも選手らにも迷いがあったとしか思えないのである。そして、テストマッチでは時に華麗なショートパス攻撃を繰り広げた選手たちが、本番では迷ったままの監督に忠実でありすぎた、とも。】


 なお、このブラジル大会でブラジルを大敗させるなどで優勝したドイツと唯一接戦を繰り広げたのがアルジェリアで、その監督がハリルであった。日本の協会や選手たちよりもはるかにW杯大会に通じている監督と見て良い。その戦術に従わずして、反論を外に出す選手などは、ペナルティとしても使うべきではない。そんな習慣が代表に残ったら、今後の代表強化などは絶望に近いからである。その意見を容れたやの協会はさらに悪い前例を残したと思う。
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「昭和くさい」にちなんで   文科系

2018年04月21日 11時29分11秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
 最近歴史論、日本史見直し論が盛んです。少子化、超格差、貧困化など、この国がどんどん斜陽になっていく事態に対して、日本会議・アベ流戦前美化論などがに犯される議員なども多発生し、これをもう一度批判し直す論も現れたり、と。
 ともあれ、前世紀の終わり90年代の中頃の日本が国民一人当たりGDPで世界第3位になっていたというのは、事実。団塊世代が成したこのことの功罪をこそ、日本の良い将来目指して今見つめ直す必要があるのだと思います。
 旧稿の再掲ですが、ご笑覧ください。
 

【 「昭和くさい」に因んで  文科系 2010年01月15日 | 文化一般

 即席の日本人論と昭和人論を一つ。まず歴史的背景について分かりやすいように、歴史順に箇条書きにしてみましょう。

①織豊時代、戦国時代に、日本の経済力が凄まじく伸びた。

②その力が、徳川の安定期に入って鎖国もあったりして、ほぼ「国内消費・好循環経済」にだけ使われた。回船など国内流通、商業もおおいに発展して、100年もたたないうちに、大都市などでは元禄の町人文化という形で、庶民文化も先進国相当の発展に達した。日本人が1日2食から3食にかわったのも、このころだと聞く。基本的に「生産と消費の国内好循環」は徳川末期まで波はあっても続いていたのだろう。この、アジア有数の力が、明治維新でいわゆる近代化が達成されていく原動力になっていったのだと思う。

③明治維新は一種の革命だったと僕は思う。下級武士により旧来身分制度(の固定化)が崩れ、できる庶民が、あの時代のアジアとしたら差別少なく登用された。こういう民主主義の一例が、例えば学校制度にある。庶民登用型学校制度という側面のことである。全国に女子と男子二つずつの高等師範学校が、西と東に設けられた。男子は広島と東京、女子は奈良と東京に。この四つは一般帝大よりはるかに難しく、それだけ教師が大切にされていたということだろう。ここには何の身分、家柄はなくとも成績がすごくよい人(今の超難関医学部ほどか?)なら、多少のお金があれば(一般帝大平均よりも貧乏な人でも)入れた。逆に金があっても、家柄がいくら良くても、成績が満たなければ入れなかった。ここを出た人々が、日本教育界の指導者としてそれぞれ東と西の全国に派遣されたから、こういう「立身出世流儀(教育)」が全国に広まっていった。明治、大正時代の世界でもずば抜けた識字率向上は日本人の民主主義的教育水準の高さを示していると思う。

④そして、敗戦である。廃墟からの再建熱と「民主主義的出世流儀」・学校制度のゆえに、60年代まで庶民の教育熱がどんどん広がっていく。この60~80年代ほど大学就学率が高まった国はこのころまでの世界ではちょっと希なのではないか。この平均的教育水準の高さという点は、英仏など過去の先進国からも驚かれている所だ。
 ただしその教育が目指すモノが、戦前とはちょっと変わった。戦前の旧制高校は「弊衣破帽」「末は博士か大臣か」に象徴されようが、戦後は「博士、大臣よりも『大企業の社長』に」というように。つまり、仕事内容よりも金が大事な社会になったのだろう。
 以上が、昭和人なのだと思う。

 以上のマイナスの負の部分、側面にも触れねばならないだろう。相当民主主義的で、世界の時代にも合った?ものだったとは言え、基本的に上からの改革であったということだ。各界の戦略、つまり長期的・全体的な方針は立憲君主政治よろしく「上から下りてきた」ということである。組織、団体の上に上るほど戦略に絡めるが、そういうのはごく少数の人だったし、封建的身分制度の残りかすもあったりして、民主主義の全体的定着は近代化の進展に比べれば非常に弱かったということである。例えばこういうように。
 明治、大正の日本近代文学の最大テーマは、近代的自我であった。村の身分、家柄、本家・分家、男女差などなどに押しつぶされる個人の苦しみを描いたものだったということだ。

 よって昭和人の特徴は
①平均的に世界1と言って良い働き者で、仕事上気も利いて、働きの質も高い。
②上に従い、競争を好む。上の顔色を見ながら、組織人として多分世界でもトップクラスの有能さを示す。ただし、「専門」と「組織」以外には弱い。
③過労死、ノイローゼ・鬱病、自殺の多さなどは、以上の結果でもあるのだろう。以上の反面として、「社会性という習慣、心をも含んだ広い意味での人間関係」に極端に敏感なところがあるということではないか。非民主的な公私混同習慣なども、そうさせているのだろうが。
④趣味、文化活動は大いに必要だと思っているが、若い頃にその養いが少ないので、趣味とか、ましてや相当の知識人でも「文化」とかいうようにはなりにくい。戦前までの伝統文化が欧米文化移入によって途切れてしまった事も関係していよう。
 廃墟育ちでもあり、味覚、聴覚、視覚など五感の養いが少なかったからでもあるのだろうが、「好き」ということが弱いと思う。音、形・色、味、運動感覚など(の芸術・文化)というものは好きでなければ極めようもない。飯は掻き込むモノ、古い家は壊して新しくするのがよいという具合である。文化への尊敬、その鑑賞者は結構多いと思うが、アマチュア創造者が少ないのではないか。
⑤その教養・精神は、便宜主義で、哲学がない。あっても、また相当の知識人でも、便宜主義の哲学、生き方ノウハウ論の延長程度である事が多い。物事を突き詰めて考えず、習慣的にだけ反応し、考えてきたのだと思う。常識の範囲から出ることが少ないということだろう。③④が関係しているのではないだろうか。

 以上と、後の人々、例えば平成成人組などとを比べなければ、昭和人論としてはまだ不十分だろう。
 ①の現在は、「平均的には」最も落ちてきていると思う。②は、①ほどではないがやはり平均的には落ちてきていると思う。③は一種もっと深刻になっている。④はオタクというのも含めて、大事にされるようになってきた。ここが、後の人々が昭和人と最も違う「豊か」なところではないか。お祭り好きなど、「楽しい」がすきでもあるし。⑤は相変わらず弱い。日本知識人の最も弱いところだと思う。だからこそ③が整理できず、④がオタクになってしまうのではないか。

 昭和人受け継ぎ、この国の未来に関わる結論
 少子化の成熟国の子ども、人間は、親、先輩がその成熟を作ったよい所を受け継がず、悪いところを見ていて、反省、改善はするのだが、はてまっとうに改善できるのかどうかといったところ。それで成熟国は、古今東西常に衰えてきたのではないか。その「正しい民主主義度」のエネルギー、「格差固定」の排除があるか無いかによって、現状維持継続期間の長短はありながらも。ちなみに、イギリス、フランス、ドイツなど明治日本がその民主主義で模範にした国々も、今や新たな身分固定社会になり、発展の芽はなくなっているのではないか。これだけめまぐるしい世界、社会になれば、3代目が家をつぶすと言われることが国にも当てはまってくるようだ。
 ワスプなんて習慣があったアメリカだって超大国で100年ほど続いているが、移民と東欧没落がなければとっくに没落していたと思う。明治、大正生まれを祖父とすれば、現日本の中心は丁度3代目だし、移民は毛嫌いしている人がまだまだ多そうだ。】

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ニシノジャパン(3)ハリル解任は誤り①  文科系

2018年04月21日 10時57分40秒 | スポーツ
 ハリルを切った日本協会は、認識不足による誤りを犯したと考えるに至った。その理由を先ず今回は、代表の歴史的総括から示してみたい。なお、このテーマをここであと数回追うつもりである。


① W杯で決勝トーナメントに進んだのは2度。監督はトルシエと岡田武史で、いずれも守備的な戦い方を選んだ。ちなみに、「日本には守備の文化がない」と最初に指摘した人物こそ、フィリップ・トルシエである

② 日本が世界最高位になったのは、11年春。ザック時代の初めの頃の17位や13位である。これは、就任と同時に日本の守備を、「守備で名高いイタリア流の基礎教育によって大改革」して得た、ザックの大成果であった。「本当に基礎から教えねばならなかった」とは、イタリア往年の名監督アリゴ・サッキにも伝わっていったザックの話である。ちなみに、当時吉田麻也が、こんなことを語っていた。「日本の守備基礎の常識とは全く異なったことも教えられて、驚きの連続」と。こんな代表がブラジル大会で大敗したのは結局、ザックの守備指示を一部踏み外したままにブラジルを迎えた一部選手らの思い上がりと、錯覚が原因だと思う。

③また、代表全盛期の11年以降は、世界の守備が非常な変化を遂げた。以下のような世界の変化を果たして、代表選手たちや、協会は捉えられていたのか? 捉えられていたならば、準備段階も含めたブラジル大会のような戦い方はとうてい出来なかったはずだ。このことこそ、世界13位が今60位にまで日本が落ちてきた原因だったはずなのだ。

④ 先ず10年のCLでバルサがインテルに惨敗したこと。次いで、11~14年頃に顕著になったドルトムントやドイツ代表、アトレッティの急台頭である。世界最先端の守備が、「コンパクトな徹底マーク守備のために中盤で走り回り、必要な時には得点もしやすいという攻勢的守備」へと激変した。ハリルが「モダンサッカー」と呼んだものこそ、この急台頭を踏まえた発想だったと愚考する。攻撃のオートマティズム(トルシエがよく言った)注入よりも、W杯では特に、こういう攻勢的守備が今は有効なのだと思う。


 さて、日本サッカーは、評論家らも含めて守備の文化が弱くて、近年では「バルサ流の繋ぐ攻撃」ばかりに憧れてきたという傾向はなかったか。このバルサは、10年には守備の名監督モウリーニョ指揮のインテルに、その後は攻勢的守備を開発したドイツ勢に敗れている。一部選手らが執着するような日本程度の繋ぎでは、現在の攻勢的守備に一発引っかけられたら終わりであると、何故観測し、考えられなかったのか。

 7年前には世界13位であった日本が、現在は60位。こんな結果は、世界潮流の大変化を見誤ったままの代表一部と協会との現状分析不足によるものとしか思えないのである。海外活躍選手は当時よりも遙かに増えているのだから、この日本沈滞はJの不明によるものだと言いたい。そして現在、そんな不明のままにハリルを切り西野を選んだとしか、僕には考えられない。西野監督というのは、繋ぎのサッカーのイメージしかないが(アトランタの西野監督はあまりにも昔の話で、今は例外と考えられる)、これもこういう現状分析不足のゆえでなければと、願うばかりだ。


(この「ハリル解任は誤り」は、まだ続きます)
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随筆紹介  「親と子の不思議」   文科系

2018年04月20日 06時40分12秒 | 文芸作品
 親と子の不思議   H.Tさんの作品です


真夜中に電話のベル。何事がと、おどろいて受話器を。隣の棟のAさんの引きつったような声。いつもおだやかな方なのに……。
「加代さん。すぐ来て!」
 おびえた声だ。
「百足が、百足が出た」と。
 私はパジャマのまま走った。
 部屋の中でふるえている、寝間着姿のままのAさん。
 私は、ふとんの中を見て、枕カバーを外して振ってみたが、居ない。
 Aさんは、「確かに見た」と。まだ歯を鳴らしている。部屋の隅、タンスなどの裏側にも居ない。殺虫剤を吹き付けて、私は帰った。

 明くる日、またしても深夜の電話で、私は走った。
「また百足が!」。「速く、速く、来て!」。着くなり、言うには、
「ゆうべあんたが、しっかり見てくれなかったから……」、がたがた震えて青くなっているAさん。  
ふとんカバーを剥がし、枕カバーを取ると、やはり百足が飛び出して来た。
「やっぱりあんたがしっかり見てくれなかったから、二晩も……」、Aさんは昨夜と同じ事を言う。やっと側にあったスリッパでたたき、動かなくなった百足を抑えながら、
「夜中に私を呼びつけないで! 近くには娘さんが居られるのに……」
 声を荒げる私に、
「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」
「私だって二晩も真夜中に呼びつけられて、もー大変。大迷惑です」
 腹立ちと怒りとで、ひっくり返りそうだ。スリッパの下で動かなくなった百足を紙袋に入れ、踏みつけて紙にくるんでいると、
「私の棟のダストシュートに捨てないで。生き返ってまた来ると怖いから、他の棟のダストシュートに捨てて!」
〈勝手ババァー、人をなんだと思っているんだ、いいかげんにして。二度と来ないから〉と、声にならないひとり言。

「娘は働いているから、疲れているでしょう。寝かせてやらな、かわいそうでしょう」。この言葉が、私の頭の中でぐるぐる回っている。時計は三時を指し、外は真っ暗闇の真夜中。帰って、お茶を入れて、ほっと一息。私はAさんのように子どもはいない。両親は数年前に逝った。決して人に誇れるような親ではなかった。働いて働いて、貧しい時代を生きただけの親。
 でも、子どもの私をAさんと同じように、どうにも理解できないエゴ愛で守り育ててくれた時も……。そう思ったら、胸がいっぱいになり、目が濡れた。

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