九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

ハリルジャパン(150) 改めてゲーゲンプレス   文科系

2017年12月31日 05時58分14秒 | スポーツ
 ドイツはドルトムントが一世を風靡した標記の戦法が分からなければ、ハリルの言う「モダンサッカー」は理解できないと思う。そういうサッカー戦術に弱い人に限って、こんなことを言うのが常だと、僕は見てきた。
「サッカーも結局、個人能力!」
 これは違うのである。こんな考え方では、理解できない現象が世界サッカー史には常に生まれているのだから。何よりも、高価な選手を買えない弱小チームの世界的急台頭。そこには必ず新たな戦術があると言えて、その戦法が世界サッカーの隅々までを変えてきたという歴史さえ存在するのである。

 さて、ゲーゲンプレスを理解するためには、1990年前後に世界を席巻したACミランの「ゾーン・プレス」戦術を理解しなければならない。サッカー選手としてはプロ経験がないアリゴ・サッキ監督がこれを編み出して台頭した実績によってミランの監督に登り詰め、当時のチャンピオンズリーグを2連覇した戦法である。

① DFラインを上げ、FWラインとの縦間隔を詰めることによって、身方選手をあるゾーンに密集させる。これは、そのゾーンにある敵ボールを奪いやすくする目的だ。その上で、 
② 敵ボール保持者に最も近い選手がその選手、ボールに突っかけて、他の身方選手はそれぞれ最も近くの敵選手がボールを受けられないように「一斉に」パス先を塞ぐ。こういうやり方で、敵ボールを奪うこと、これがこの戦術の主要目的である。ミランは、この方法を熟練して、いつでも敵ボールを奪えるようになり、ボールキープ率で敵を圧倒したチームである
③ こうして、敵は、身方ゴールに届く前にボールを奪われるばかり。また、ボールキープ率で敵を圧倒するというのは、敵の攻撃時間が極端に短いということ。モウリーニョのようにカウンター戦術で世界有数の監督でなければ、これを破って得点とはなかなかできなくなる理屈である。
④ この戦術の弱点は、敵の抜けだし得点。身方DFラインとゴールキーパーとが、よほどオフサイドトラップを訓練していなければならないのである。アリゴサッキはこの点を徹底していた。なおこのサッキは、ブラジル大会のザック・ジャパンを、自分のに近い作戦と見て、こういう発言をしている。
「ザック作戦は、一人でも乱す人がいれば、破綻する」

 さて、ゲーゲンプレスは、これに何を付け加えたか。
 何よりも先ず、このボール奪取戦術を得点法に転化させた。このゾーン・プレスを高い位置に設定することによって、「敵ボールになった瞬間にこれを奪って、即得点」という得点法に。戦術発明者ユルゲン・クロップ監督はこれをこう解説している。
「攻め入られている敵がボールを奪って前掛かりになった時こそ、ゲーム中最も大きな身方の得点チャンスなのだ。その時に身方が逆に一斉に前に詰めて『ゾーン・プレス』を活用して全力で敵ボールを奪いに行く(という時間帯を作る)」
 敵がボールを奪って守備態勢から攻撃態勢へと換わり、身方は多く前に詰めている時。ここでボールが奪えれば、1本のパスとか、敵ゴール前の身方数的優位を生かしたショートパスとかで、得点と。

 その後の現代サッカーで「守備から攻撃への、あるいは、攻撃から守備への素速い転換」というのが死活問題になり始めたのは、以上全てを踏まえてのことである。

 なお、この戦術が威力を発揮すれば、これのいろんな応用が生まれるのも理の当然。そういう世の風潮から、こんなことも起こった。従来の守備型(相手への対策型)名監督が、以前ほどにはしばらく勝てなくなったのである。レアル、チェルシー時代のモウリーニョ、ファン・ハール、カペッロ、フース・フィディング、ブレンダン・ロジャース、アンドレ・ビラスポアスなど。
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世界の民衆が最も知るべきこと   文科系

2017年12月31日 04時41分54秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 以下は、今年の旧稿2本を手直ししたもの。今年最も大切だと考えた新聞コラムの一つの内容を紹介したもの。大切だというのは、今の世界の人々の生活を最も大きく左右しているという意味で、人々が最も知るべきことと、僕は考えるという意味である。日本の株価が、GPIFや日銀が出動して支えねばならなくなっているのも以下への対策なのだとも、僕は見ている。
 なお、こんなようなニュースは、これを報知する記事が非常に少ないもの。つまり、こういう体制は人々に知らせないことによって、保たれているものではないか。


 今年8月19日の中日新聞にこんな記事があった。東海東京証券会長・石田建昭氏が書いたコラムとして。日米英社会が主導したきたこんな異常事態の世界などは、世界の民衆がこれをきちんと知れば長続きなどする訳はない。一国家の主要選挙の際にこそ是非考えてみたいことだ。世界主要国にこういう世界体制を認めない政府が出来、その主導で国連規制が出来てのみ、民衆の明日が開かれるだろう。世界の心ある金融業関係者には是非、こういう事態を世に正しく啓蒙して欲しいものだ。

 東証の取引高の60%は、そのほとんどが外資金融機関による高速取引絡みとあった。残りの内25%は、「デイトレーダーともいわれ、主にオンライン証券の機能を使う個人投資家の群」とあり、こちらは和製なのだそうだ。
 なんのことはない。東証取引高の85%が、マネーゲームなのである。ちなみにこの二つの投資家を取引所関係者は「ジョーズ」、つまり血に飢えた鮫と呼んでいるのだそうだ。


 実業の人々の命が懸かったような株を、意識して上げ「下げ」して儲けるということ自身が僕には何か随分邪なことに思えるのだが、これが典型的な新自由主義の遣り口というもの。というように、新自由主義の仕組みには、普通の常識では目に余るようなものがかなりあるようだ。

 例えば証券に掛ける保険では、その証券の持ち主でなくとも保険を掛けられる仕組みがある。ある家の持ち主でない人が、その家に保険を掛けることができたら、『燃えれば丸儲け、損もなし』ということから、『火事場泥棒奨励みたいなもんじゃないか』という人もいるのである。つまり、その証券の、例えばある会社株の、持ち主でない人がその株に保険を掛けることができたら、会社が潰れれば丸儲けという理屈なのだから。

 通貨危機というのも、随分阿漕なことができるもので、これには空売りという、僕に言わせれば阿漕そのものの遣り口が絡んでいる。空売りとは、他人の証券などを大量に借りてこれを売り、この証券などを大幅に値下げさせえたときに大儲けできる仕組みである。
 人の命が懸かったような株を人為的に大幅に下げたときに儲かる仕組みって、果たしてこの人間社会で健全なものと言えるのだろうか。

 これら全て僕にはこんなようなものに見える。8時間労働制が無かった時代の10数時間労働のようなものと。この僕のような「健全な感覚」の人々が、「マネーゲーム規制」つまり「厳しい金融規制」を世界、国連に要求している現状が存在するということだ。過去の経済制度とは大きく異なって、金融グローバリゼーション規制は国家の手に負えず、国連でしかできない。こういう動きに、日米など大国が反対し、中小国が賛成するのも普通だろう。

 新自由主義とはやはり、生き馬の目を抜く世界、いや、生きた人間の目を抜く社会になってしまった。そして、このように10数時間労働などという生き馬の目を抜く事実、現実は常に先に進み、8時間労働制などの規制法などは後から追いついていくというのが、人間史の大変な悲しさである。こういう金融規制を後開発国などが国連に要求するのは自然なことだが、一国の法と違って国連に新法を作らせるのはとても難しい。米(英日)の政権がこの現状を推進しているわけだが、これがどこか主要国で崩していこうという政府が出来ないと、難しいことなのだろう。

 なお、これらの経済仕組みについては、社会の1%と99%階層間で、情報の非対称性が酷く、大部分の有権者が正しい判断など出来ないようになっていると、僕は見ている。ここで民主主義が単なる形式と堕して、今はまだ、「世界」政治に対してますます正しく機能しないようになっているとも。
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「よたよたランナーの手記」(211) 走れるようになる方法  文科系

2017年12月30日 13時48分42秒 | スポーツ
 以下は、14年12月27日から30日にかけて4回連載で書いた表記のことの第4回目の「まとめ」です。色々スポーツをやって来ましたが、高齢者には有酸素運動が最適ということから59歳でランナー入門をし、しばらくしてランとスポーツサイクリングだけに絞ってやって来て、77歳になろうとする今も走っている人間の、ま-体験談です。中に例えば、ストレッチのことが書いてないとか不足の点はありますが、誤りはないと思います。
 人間の有酸素運動能力というのは、高齢者にとっては特に最大の恩恵であり、この連載の中にはその意味なども書いてあります。肩腰が凝らず、目も疲れず、歯も丈夫で、お酒にも弱くならずなど。これらは全て酸素の摂取能力のお陰であって、これが人間の疲労物質を速やかに除去してくれるからです。また人間の身体で最も酸素を喰うのは脳。よって、脳にも良いはずです。また、今回のこの下にも書いてありますが、有酸素運動能力が弱いと、ダイエットは出来ません。喰わずにいることが出来れば別ですが・・・。


『「よたよたランナーの手記」(95) 走れるようになる方法(4、最終回)  文科系
 2014年12月30日

 今まで書いてきたやり方をノウハウ箇条書きとして、まとめてみます。

① まず、自分が15分間速歩きできるスピードを見つけ、それを繰り返します。疲れが残らない程度の日数間隔を置いて。毎日出来れば最も進歩が速いのですが、一日、二日置きでも良いでしょう。

② なんとか15分続けられる運動なら、プラス15分はもっと楽になってくるはずです。もっと強度、スピードを上げられるほど。これがウオームアップということ。身体が温まると血液が多く回ってくるから楽になる。こういう運動が30分続けられるようになったら、それより0.5キロほど低いスピードで走りを入れてみます。速歩き30分以上の中で5分でも10分でも。そして、歩行30分がこんな走りに変わっていくことを目標とします。

③ ①、②の間も脚筋を鍛えることが重要です。2階家階段往復50回と、片足つま先立ち20回などを、僕は最低限度としてやっていました。これは、走らない日にやるのがよいです。なるべく毎日身体を動かすという意味で。

④ 速度の上げ方はこう。時速6.5キロとか7キロでも、30分走を重ねていればその心拍数がだんだん下がってくるはずです。下がってきたら次は、その速度の最初の時の最高心拍数で走れる速度に上げることができます。これを重ねて速度を上げていく。公営ジムのマシンにはほとんど心拍計が付いているはずです。

⑤ 15分より、30分。30分より、1時間。1時間走れるようになれば、スピードを上げていくよりもずっと次への進歩が早くなりますから、これを目指します。ランニングにLSD理論というのがありますが、「自分としてゆっくりで、長時間、長い距離を走るのが心肺機能向上に最もよい」というものです。なお、心肺機能という場合に、ランニングでは特に血管にも注目してください。鍛えた筋肉は血管が太く密になるもの。コレステロール多すぎとか糖尿病とかの対策にも良いということです。

⑥ これは今まで書かなかった全く別のことですが、ランナーはこういう対策が必要と思います。ランナーの細胞老化防止対策として、ポリフェノールを摂ること。走ることは酸素を多く取り入れること。その場合には、細胞老化を引き起こす活性酸素をも多く取り込む事になるからです。ポリフェノールは活性酸素を中和してくれます。
 僕の場合は、赤ワイン晩酌で対策しています。というよりも、ここ25年ほど赤ワイン党なんです。ついでに、今は特に、スペインワインが値打ちですね。パヌール・リザーブなどというチリ銘柄なども、相変わらずコストパフォーマンスが高いですが。経済が傾いているイタリアの高級葡萄ネッビオーロ製品も随分安くなってきました。

⑦ 最後に、太った人用にダイエットについて追加します。
 ダイエットには、基本的に有酸素運動の持続しか道はありません。歩く・走る、自転車、水泳などを長くやることがまさにこれで、この速度が速くなるほど一定時間内の効果が大になります。
 無酸素運動である筋トレなどしても痩せることにはなりません。同じジムのウェートトレーニングの方々多くは走らないので、筋肉の上に脂肪が付いてぽっこりと太った人が多いです。本格的ボディビルダーなら、コンクール前には走り込むもの。脂肪を落とさないと筋肉が浮き出ないからです。つまり、走れないボディビルダーは入賞できません。
 1時間走ればまず500キロカロリー以上減らせますが、同じ1時間歩く場合だとその半分以下になると思います。でも走れない場合は歩いて減らすしかありません。歩き続けて脂肪を減らしながら、やがて走れるようにする。そうやって2年で15キロ減らして普通に走れるようになった退職直後の人を僕は目撃しています。3年目には、時速10キロ時以上で走っておられました。僕より5歳ほど若い方です。

 これで終わります。ここまで読んでくださった方々、有り難うございました。

(終わり)』


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ちょっと古い「ここ最近の書評紹介」    文科系

2017年12月30日 13時26分41秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 標記のことをやってみました。古い「ここ最近の書評紹介」です。このブログは、05年開始以来の全てのエントリーが読めます。書くエントリーに行き着く方法も、以下に紹介してあります。ここでは5冊の本の概要を紹介しています。


『 最近のここ、書評エントリー紹介 文科系 2015年09月29日

 このブログには読んできた本の要約、書評があります。最近のこれの紹介をしてみますね。

・チョムスキーが説く「イラク戦争」 2015年08月11日 
 集英社新書 ノーム・チョムスキー著「覇権か生存か アメリカの世界戦略と人類の未来」
・「プーチン 人間的考察」 2015年07月3日~10日に全6回
 藤原書店 木村汎著「プーチン 人間的考察」
・「暴露 スノーデンが私に託したファイル」  2014年06月4~5日に2回
 新潮社 グレン・グリーンウォルド著「暴露」
・「アジア力の世紀」の要約と書評  2014年05月08日
 岩波新書 進藤榮一著「」アジア力の世紀」
・水野和夫「資本主義は死期に突入」 2014年04月29日
 集英社新書 水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」

 上のものそれぞれの出し方はこうです。まず、右欄外のカレンダーの日にちから入る方法。カレンダー下の「バックナンバー」と書いた年月欄を、スクロール・クリックします。「14年4月」とか。すると、すぐ上のカレンダーが14年4月分に替わりますから、その29日をクリックして下さい。エントリー欄がその当日のエントリーだけに替わりますので、お求めの水野和夫「資本主義は死期に突入」をお読みいただけます。

 なお、書評などだけをエントリー画面に出すやり方もあります。右欄外の「カテゴリー」と書いた欄の9番目、「書評・番組・映画・演劇・美術展・講演など(75)」をクリックして下さい。やはり、エントリー本欄がこのカテゴリーの記事だけに替わります。そこからお求めのものをお読み願えます。
 そこに書いてある「75」という数字は、このカテゴリーの記事がこの10年で75本にのぼるということです。』
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書評 講談社「原発ホワイトアウト」    文科系

2017年12月29日 12時08分52秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 題名と話題性とに釣られて買ってみたこの本、当世こういう本が出るのかと、驚いた。いや、少々呆れたという驚きである。もっとも、売れれば良いという狙いからすれば、大当たりと言えよう。なんせ、時宜にかなっているし、本屋さんもホクホクと言っていた。作者はペンネームで「東京大学法学部卒、国家公務員1種試験合格、現在霞ヶ関の省庁に勤務」と説明があるのみ。内容はまーなんというか、劇画というのか漫画というか、これが最も適切な表現だろう。語り口など体裁から言って小説なのだが、構成と言い、人物設定と言い、なによりも筋書きや語り口が類型的過ぎて、稚拙。「内部告発小説」を売り物にして話題を呼んでいる本なのだが、原発事故をめぐる政治周辺は皆がもう知っていること。それに付け足したのが行政事務方などの仕組なのであるが、これも例えば政治記者などであれば既知の事実に毛の生えた程度のものだと思われるのである。

 粗筋はこういうもの。「保守党」政権が、選挙で負けた「民自党」に入れ替わり、原発再稼働が始まっていく様子、仕組を電力業界政治担当幹部、資源エネルギー庁次長、保守党幹事長の3人などを配して描いていくというのがこの作品の第一の側面だ。いわゆる原子力村がフクシマを乗り越えて復活していく「裏事情」描写と言える。もう一方の筋書きとして、これに抵抗する4人ほどの行動が描かれていく。一人は完全に山本太郎をモデルにした人物で、その名も山下次郎。今一人が「新崎県知事」とあり、彼を巡る出来事は現新潟県知事と佐藤栄佐久元福島県知事の冤罪事件逮捕との合成である(このブログには、佐藤栄佐久氏の著作「知事抹殺」の紹介拙稿があるから参照されたい。11年9月9,10,11,12,13と15日の6回連載になっている)。後の二人がまー主人公と見ても良いのだが、一人は元TV局アナウンサーで「再生可能エネルギー研究財団主任研究員」・玉川京子。30ちょっとの妖艶・魅惑の姿態という設定だ。今一人が「原子力規制庁総務課課長補佐」・西岡進。東大法学部卒体育会系で、貴族的な容姿の持ち主という作りになっている。この4人が、原子力ムラの復活もしくはその不条理部分に対してそれぞれの抵抗を試みるのだが、4人の内あとの3人の「抵抗」を細かく描き、彼等が逮捕されて終わるという筋書きになっている。金曜デモも経産省前テント村も出てくるし、玉川と西岡が逮捕されることになる事件も規制庁文書が電力業界へ事前漏洩されるという実際にあった事件を題材にしている。この二人の性的関係を通じてことが世間に公表されていく下りは、毎日新聞の西山記者の事件と同じで、このことはこの本自身の中にも書かれている。村木厚子事件も実名で出てくるのである。

 さて、二カ所だけ小説らしい箇所があり、ここの描写には力が入っていると感じた。不思議なことにこれが、最初のプロローグ5頁余と全19章の「終章」にだけ出てくる。それも最終章34頁のうちのたった3頁に。この8頁余は内容的には全ての結末になるのだが、他との関連が全くない言わば独立した部分とも言える。たった一人だけ上記登場人物と関連があることは以下に示すが、この8頁は小説作りに良くある「終わり方を後で『より劇的になるように』とってつけた」というやり方だと、愚考した次第だ。
 この8頁のプロローグの方では、大晦日の豪雪山の送電線鉄塔目指して二人の男が登っていく下りが描かれている。以降その意味は最終章になるまでさっぱり分からない。ただ、上記登場人物の内、電力業界政治担当幹部の昔の所業に恨みがある「関東電力」の元社員が雪山の二人の一方であって、会社に復讐しようとしているということだけは示されている。そして、終章。この二人は「新崎原発」の電気を送る二系統の50万ボルト高圧電線鉄塔を、二つながら破壊するという密命を帯びた二組のテロリストのうち一方なのである。この二人のうち元関東電力社員でない方は「大陸の共産党の国家保安部で訓練され、日本の同朋組織に潜入した工作員」であり、任務が終了した時に元関電社員を殺して自殺に見せかけ、「共和国は永遠なり!」と叫ぶという設定になっている。そして、フクシマと同じく新崎原発メルトスルー、新崎県と日本国の大混乱、その様子。これがこの小説の最終結末である。

 最初に少々呆れたというのはこういうことだ。実際の事件や背景らしきものに基づいて描いていくのだが、全てが類型的に過ぎて描写にリアリティーがないのである。小説としては構成以外はほぼ書き下しのやっつけ仕事と言っても良いと読んだ。その構成ですらが、原子力村の政官財と報道の誰でもが知っているような繋がり方を順に持ってきて、具体的場面にして描いただけのことである。電力料金から政治献金が行く。それが官僚を動かし、マスコミをも常時、厳しくチェックする。おまけに国民は何も知らぬげな「大衆」(この言葉が本書中に何回出てくるだろう)で、マスコミには「訳知り顔」形容を連発。
 結論として、フクシマと保守回帰を機会に原発事故を題材にしていち早く安易に金を儲けようとした著作としか思えなかった。まー近ごろ、こういう本もあるとは勉強になったことだった。ハードカバーの金1600円也。


(以上、13年11月13日当ブログ・拙エントリーの再掲です)
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「よたよたランナーの手記」(210) ランニングウオッチの効用   文科系

2017年12月29日 11時41分16秒 | スポーツ
 ランナーの方々に標記のことをお伝えしたい。なお、それらしいランニングウオッチには、以下の機能が付いている。

 走行時間と距離、1キロの平均スピード、一歩の長さ。そして、その区間任意の時間、距離、1キロの平均所要タイム、一歩の長さ。さらにこれらに、その都度の心拍数と、各平均心拍数も出る。これらの機能から、この時計によって何が出来るのか。

 何よりも、心拍数を見ながら、それに合わせた最も自分に効果の高いトレーニングが出来る。また、僕のように不整脈があっても、これを管理しつつ走ることも出来る。そういう意味では、走行中に心臓が不安定になりやすい老人ランナーには必需品と言える。なんせ、高齢ランナーにはマラソンで死ぬ人もいるのだから、走行中の心臓異常(期外収縮、心房細動、など)はかなり多いはずなのである。

 効果的トレーニングとは例えば、以下。
・自分の最高心拍数を知り、それを上げる練習ができる。心拍数という具体的な数字とにらめっこでこれをやるから、老人でも怖くない。また、この数字を知っていれば、その範囲なら安心して走れる。
・長距離を走る持続心拍数などは、同じスピードでも低速トレーニング(LSDという)を重ねると次第に下がってくる。それを確認しつつ、その分持続スピードが上げられるという練習ができる。これを進歩が見えにくい老人に関わって言い換えれば、同じスピードの心拍数が下がっている間は、まだスピードが上げられ、向上できるということだ。
・なお、LSDとは、長時間のロング、およびゆっくりのスロウと、ディスタンスつまり距離の略。LSDでこそ、心肺機能が最も高められるというこの練習についての、この時計の利用法は絶大である。普通自分の最高持続速度の7割と言われるが、これ以上になると肝臓に負担が掛かって、心肺機能向上が出来ないと言われている。
・歩幅とか、1キロラップとかがわかるから、その日どう走ったかが極めて鮮明になる。こんな中から、自分に最適な歩幅とか、好調な走り方とかのフォーム改善にも繋がるはずだ。


 以上、ちょっと思い付いたままに書きました。まだまだいろんな活用法があることでしょう。なお、心臓期外収縮、心房細動はランナーにはとても多いそうです。これは、名古屋でも有数の手術数を誇るその専門医の言葉。例えば、慢性心房細動は完治するカテーテル手術があります。ただしこれは、かかったら至急手術をすると完治率が高い。とこれはほんの一例ですが、こんな知識があるか無いかで、その後の運命が変わってくるのです。69歳でこの手術をして今尚走れている来年77歳になる僕が言うのだから間違いない。同じ所で同じ頃手術をした親友は、ちょっと遅れたせいか、2回の手術で完治せず、ワーファリンをずっと飲み続けています。
 なお、このブログには、以上の僕の経過が全部書いてあります。なんせ、手術前から、というよりも59歳で走り始めてすぐに不整脈が現れても、以降ずっと走っていたわけですから。この「よたよたランナー」の前は「不整脈ランナー」という題名で書いていました。だからこそ、心拍計、ランニングウオッチが欠かせなかったわけでした。
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ハリルジャパン(149)サッカー観戦法、用語などについて  文科系

2017年12月28日 09時37分57秒 | スポーツ
 僕はスポーツを身体芸術という文化と捉えてきたから色々熱心にやってきたせいか、その見方にも拘る。すると、スポーツ評論家などがその見方などをまとめたりしたものを案外観たことがないことにも気付いた。「観戦理論」のようなものがないので、勝手な評論が横行しているようにも観てきた。サッカーは、これと比べれば野球が基本的には個人プレーと言えるほどに組織が分からないと楽しめないスポーツでもあるのに。僕と違って、スポーツを単なる見せ物興行とか娯楽、遊びとだけみなすせいかなとか、思ったりもした。

 サッカーの基本的見方自身が、野球などよりも遙かに難しい。その理由はこういうことだ。サッカーの攻守には、野球のように1人で1点取るホームラン王や、相手を1点台に押さえるエース投手のような個人は存在しない。ホームラン王やエースは基本的にそういう個人技を磨けばよいのだが、サッカーはいくら個人技があってもチームに溶け込めなければ1得点だって上げられない。ついで、その攻守が野球のようにはきちんと分けられず、良い守備が得点を産んだり、良い攻撃が守備時間(失点の可能性がある時間)をどんどん減らしたりと、攻守が相互に影響し合う度合いが野球などよりも遙かに大きい。攻守ともに組織が観えなければその面白さが全く分からないに等しいということだ。

① サッカーの最も初めの見方はこうだろう。ボールの動きを目で追っかけて、「今誰それが、パスミスした」とか「あそこの彼が、今ボール奪取ができたのに!」とか。ただこれは、誰でも見えること。よって次にはこうなる。身方からパスを上手く受けるために誰がどこへどう走っているかとか、敵のパス回しを潰すために身方選手らがどう走り込んでいるかとか。こうして、それぞれのチーム攻守の要の選手なども見えて来る。

② あるゲームで①を観ていると、どちらが優勢であるかが次第に分かってくる。良い位置、良い機会の敵ボール潰しが上手いらしくて、あるいはボール繋ぎ自身が上手くて、敵ゴールへのチャンスが多い方が優勢なのだ。
 例えば、ボールを持っている時間がいくら長くても、そのボールを後ろとか横に回しているだけなら、優勢とは言ない。敵のボール奪取力を怖がっている(自分らのパス回し力と比較しての話だが)とも言えるからである。
 逆に、いつも守っている方が劣勢とも言えない。後ろで良い機会に敵ボールを奪って、一気に敵ゴールに迫るカウンター・シュートが何度か成功しているならば。ちなみに、ボールキープ率30%でも勝つという例などは、サッカーではいくらでもある。

③ ①②から言えることだが、サッカーのこの基本、攻撃と潰しとはいつも、チームとして行われている。そこで問題になるのが、攻撃と守備との組織、選手配置とその流動性である。
 守備組織には、身方陣地前に守備ブロックを作るやり方と、身方DFラインを上げてFWとの間を縮めたコンパクト・ゾーン・プレス守備とがある。前者で敵ボールを奪って攻撃に転じるときには長短のパスを多く繋がなければ敵ゴールには迫れないが、後者を高い位置に設定して上手く敵ボールが奪えればたった一本のパスから、あるいはたった一人のドリブルからシュートまで持ち込めることもある。。後者の新しい戦法を引っさげて世界に台頭してきたのが、2010年頃のドイのドルトムント(のゲーゲンプレス)だ。現在ドイツが世界最強になったのも、この戦法が、得点に繋がる攻撃的守備組織という形でドイツで発展を遂げたからだと言われている。

④ なお、「コンパクト・ゾーン・プレス・ディフェンス」というのは、縦に狭い「地帯」に身方を密集させるから敵ボールを奪ってよいシュートまで持ち込みやすい半面、敵にボールを奪われたら一気に身方の薄いゴール前に押しよせられる危険性もある。この危険に備えるべく二つの道を用意するのが普通だ。一つは、オフサイドトラップと言い、敵がボールを奪った瞬間に身方DFラインを押し上げて、敵が前へ蹴るそのボールを受けてシュートまで持ち込もうとする敵FWを後ろに取り残してオフサイドに引っ掻けるやり方。今一つは、身方ゴールキーパーが猛然と前に出てきて、敵が大きく蹴ったボールを奪うやり方である。この後者については、ブラジルW杯優勝のドイツのゴールキーパー、ノイアーの広大な守備範囲に驚かれた方も多いはずだ。ドイツはあのノイアーの広大な守備範囲の分、攻守ともに身方組織が高い位置で構えていて「敵ゴール直結ボール奪取」を狙っていたわけである。
 ブラジルW杯のドイツは、このやり方で個人技世界1と言って良い開催国を、7対1で破り、世界を驚かせた。サッカーでは、個人よりも組織が大事という典型的な歴史的語り草になっていくはずだ。

⑤ ドイツ対ブラジルの7対1という歴史的「事件」からも分かるようにまた、サッカー界でも良く語られる「結局は個人能力」というのも、嘘である。世界的にはほとんど無名の弱小選手たちのチームがチャンピオンズリーグなどに急台頭してくる時などには、③のドルトムントのように新しい組織的闘い方を身に付けている場合が多いものである。
 こうして、組織規律性がドイツ人と同様の民族性と言われる日本人は、サッカーに向いた最大長所の一つを持っているわけである。 

⑥ サッカーの攻撃組織は、いろんな得点法という形になる。サイド攻撃は、敵ゴールまで左右から走り込んでゴール前へクロス・パスを出してシュートを狙うのだし、アーリークロスと言って斜め後方から早めに敵ゴールへ走り込む身方に合わせるパス(いわゆるスルーパスの一種)もある。敵ゴール正面攻撃にはパスを普通に繋いで迫ったり、ポストと言って背の高い身方FW目差してパスを放り込み、彼が後ろに短く返すボールめがけて身方が一斉に走り込んでパスを繋いでゴールに迫るやり方もある。
 なお、こういう得点法の全てに共通して、敵ゴール前のDFの人数をなるべく減らす工夫も必要になる。ザックはよく、こんなことを語っていた。
「敵の守備陣形を縦にも横にもなるべく広げること」
 広い範囲に敵DF陣を分散させるわけである。これが上手く行った時には、敵ゴールすぐ前などに「身方の数的優位」が出来たりするわけだ。プロの世界において、敵ゴール前のDFよりもその周囲の身方FWらが多数だというのは、得点目差して非常なチャンスを得たということ。なお「スペース」と言う言葉が一般的によく使われるが、これは空いている空間をいち早く見つけてそこに走り込めば楽に身方ボールが受けられて、余裕を持ってパスが出来るということ。こういう大きなスペースをゴール前などで見つけて走り込めれば、自らシュートなり、絶好のシュート目差したよいアシストなりが可能になるということである。
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随筆紹介 「自 信」    文科系

2017年12月26日 11時47分43秒 | 文芸作品
  随筆 「自 信」  S・Yさんの作品です


 いつだったか雑誌で読んだのだが、世界的にみて日本人は自分に自信がないそうだ。
 欧米や韓国などの自己満足度は80パーセント以上あるのに対し、日本人は45パーセントぐらいだとか。私もコンプレックスが強く、どうしたら自信を持てるのだろうかと、若いときからの悩みの種だった。
 だからだろうか、人の意見に左右されやすく、自己主張がへただ。自分の人生なのに他人の顔色みて周りに合わせて生きるなんて、ほんとに自分を生きているのだろうか。いまだにそう思うときがある。

 しかし、夫は違う。なにかにつけて迷いがない。どこからその自信はきているのだろう? どうして白黒はっきり断定がつけられるのか。いつも不思議だった。
 結婚した当初は(再婚だったので)上手くいかないことが多く、身内や世間からの厳しい目や声が私は怖くてしかたがなかった。加えて夫には蓄えというものがなかった。小さな子どもたち3人を育てていかなければならない。もし病気や怪我をしたら? 教育費は? 家と車のローンの支払いは? 怖い姑の対処法は? 不安材料いっぱいであった。
 「もしも……」「……だったら」なんて、考えたってしかたがない。そうなったらなったでその時に考えればいい、というのが夫の持論であった。「そうなった時では遅いのよ。なんともならなかったらどうするの?」常に私と対立した。
 性分だからしかたがないのだろうが、どうも私は物事を悪いほうに考えてしまう傾向がある。結果、取り越し苦労をしてストレスを抱え込む。夫は逆で、良いほうに考える性質らしく、「大丈夫だ」「たいしたことない」が口癖だ。

 でも、それに私はずいぶんと救われた。子育てや近所付き合い、親戚付き合いに思い悩んだとき、夫の能天気な「大丈夫だ。なんとかなる」で楽になった。病気がちで落ち込んでいても、「大丈夫だ。たいしたことない」その言葉で緊張が解けたりしたものだ。
 最近知ったのだが自分に対しての評価が低い、つまり自信がない人は、いざという時に行動できなくなってしまうらしい。胸に手を当てるまでもなく、思い当たることは多い。 
 なにか行動を起こすとき私は立ち止まってしまう。石橋を叩いて渡らなかったりするぐらいだから。夫と一緒になる前、躊躇して結婚を決断できずにいる私に「いくら考えても結婚はしてみんことにはわからん。えいっ! と飛び込むしかないな。たぶん大丈夫だ」そう言われて私は飛んだ。私にとっては一世一代の賭けだった。
 
 だが今にして思うと、夫の自信はなんら根拠のない自信だった。要は物事をあまり深く考えるタイプの人ではないのだ。人の目も気にしない。でも、それが私には良かったのかもしれない。彼にしても、幼い子どもたちを私に託すのだから多少の不安もあったろうに。
 子どもたちは餌付けが成功したのか私に懐いた。夫婦喧嘩になって家出をしたときも、みな私について来た。あれから30余年、未だに子どもたちは全面的に私の味方だ。上手く彼らに利用されている気もするのだが、まあそれなりに私の自信に繋がっているのかも。
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随筆  「人・政治の悪循環の果て」   文科系

2017年12月24日 13時13分11秒 | 文芸作品
 ある日のテレビニュースを見ていたら、米大統領がこんな不平不満を力説していた。
「何億ドル、何十億ドルと(米国から)受け取る国々が私たちに反対する。彼らの投票を注視している。反対すればいい。大きな節約になる」
 アメリカが、エルサレムをイスラエルの首都と「認定」したことを巡る国連論争の話だ。国連総会採決の後では、米国国連大使のこんな言動も報道された。
「国連や国連機関への拠出金を最も負担しているにもかかわらず『米国だけが軽蔑を受けている』と不快感を強調した」
 
 イスラムの聖地があるエルサレムの東半分は今なおパレスチナ自治政府のもののはずだが、イスラエルが軍事力で占領したままの状態で国連が凍結していたもの。そこへトランプ政権突如の「首都と認定」だから、イスラム世界という蜂の巣をアメリカが激しくつつき直した形になった。
 イスラム世界が協力して国連に提出した「認定反対決議案」が、まず、決定には強制力が伴う国連安全保障理事会でアメリカの拒否権が出て、否決。そこでイスラム諸国は、世界政治対立の道議、常識を判定する国連総会の採決にこれを持ちこんだ。こちらは、賛成一二八、反対九、棄権三五国、他に二一か国が採決に参加しないという結果。冒頭の米発言二つは、この採決に対するアメリカの事前事後二つの対応なのである。
 それにしても、普通の日本人ならこんな発言はできない。「認定反対国には米支援を止めるぞ」とか「国連拠出金が最も多い『米国だけが軽蔑を受けている』のは、おかしい」とか。むしろ、過去の国連調停を踏みにじって、どういう権利によってかは知らぬが米単独で首都認定を出した上にこんな発言をするからこそ、この国が余計に軽蔑されるのではないのか。そもそも国連決定を無視するということ自体が加盟国を侮辱する行為であると、そのことがわからないふりをしたアメリカのこんな言動こそ、「金で人のほほをひっぱたく」ものとして軽蔑されたのではなかったか。

 さて、こんな内容を僕のブログに書いた日に、常連のネット右翼さん方から、こんな反応があった。
「アメリカが自分の好きにするだけじゃない? 他国も、国連も、無力です」
「米国の軍事力、ロシアの軍事力、中国の軍事力、イスラエルの軍事力、すべて、同じように軍事力をちらつかせて外交を展開しています。結局力が物を言う現実はそうそう変わらないということが証明され続けていますね」
 こういう弱肉強食世界はそうそう変わらないと言いつつ、これを肯定しているのである。金で人のほほをひっぱたく政治とか、軍事力で恫喝する外交とかを、ネットという公論の場において人類の普通のことと主張しているのだから。これと同様に、米政府から冒頭の外交発言が普通に出てくるという事態も、アメリカという国の日常がもうこうなっているから起こった事なのだろう。こういう人々こそ、人類には公論、公正などは存在せず、戦争こそ自然という法則を自ら作っているのである。政治頽廃と人間自身の頽廃との悪循環。全体主義国家が滅びて民主主義国家が中心に座りなおした終戦直後は、この良循環があったような気がするが、世界はいつの間にこんな悪循環に陥ってしまったのか。
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米安保新戦略は武闘派ヤクザの論理③  文科系

2017年12月23日 00時26分57秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 イスラエルの首都をエルサレムと「認定する」という声明をアメリカが出した。アメリカがこう声明すると、世界もそう認めるのだろうか。イスラエルは勇躍してそうすると言うだろうが。

 ところが、エルサレムのイスラエルによるここまでの実効支配というのは、武力によって東エルサレムからパレスチナを追いだしただけのことであって、国連が認めたものではない。つまり、軍隊によってえた国連も認めていない支配地を、アメリカがイスラエルのものと認定してしまったのである。

 これに対するに、エルサレムにはイスラム教の聖地もあることとて、イスラム教の国がこぞって反対するのは必然であった。彼らは、この認定を認めないという決議採択を国連に迫った。まず、決定には強制力が伴う国連安全保障理事会ではアメリカの拒否権が出て、否決。そこでイスラム諸国は、世界の道議、常識を争う国連総会に採決を持ちこんだ。この国連総会採決は、賛成128、反対9、棄権35国、他に21か国が採決に参加しないという態度に出た。これを講評して、米国連大使曰く。
「計65か国が米国への非難を拒み、決議案を支持しなかった」
 反対の9か国はともかく、棄権35と採決不参加21か国も、「米国への非難を拒」んだと言えるのだろうか。全く違う。この採決まえにトランプがこう叫んでいたのだから。
「何億ドル、何十億ドルと(米国から)受け取る国々が私たちに反対する。彼らの投票を注視している。反対すればいい。大きな節約になる」
 こんな言葉を付けて、「私たちに反対する国には現行の支援をもう止める」と述べたのである。

 こうして、米国からの支援を続けて欲しいから棄権、採決不参加となった国の大部分は、新たに中国からの支援が多くなるなら転ぶ国だろう。それでも「米国非難を拒んだ」と万一言えたとしても、そういう国から米国が信頼されているとは、到底言えないはずだ。金で票を買う選挙をやる人とそれに乗った人・・・。こういう国に世界の将来を任せれば、世界はおそらく暗黒になる。持ち金で弱肉強食が極まっていくような、暗黒の世界に!

 なお、この決議に対して、米国連大使はこうも述べたと報道されている。
「国連や国連機関への拠出金を最も負担しているにもかかわらず『米国だけが軽蔑を受けている』と不快感を強調した」
 こういう所感を堂々と語るって、米国外務省関係者が「金で人のほほをひっぱたく」のが世の中の普通のやり方と考えてきたから起こること。こういうのは、ただこう評するだけだ。国際公論を争う場では、この発言、思考自身が軽蔑に値すると。それが分からないこと自体も、人として軽蔑されるべきだとも。金持ちと、その得手勝手論理だけが政治に幅を利かせる国になってしまって、この国の中枢に座ってしまったのがこういう人物ばかりということだろう。こんな国では、弱者はどう生きていったらよいのか? この国の民主主義伝統はどこに吹っ飛んでしまったのだろう?
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米安保新戦略は武闘派ヤクザの論理②  文科系

2017年12月22日 17時03分19秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 国際社会が大変なことになった! アメリカの新安保戦略と、真っ先に現れたその具体化、エルサレム首都「認定」問題である。初めに、新安保戦略を改めてまた要約すれば、
① 米国は、国民と国土の防衛と、米国の繁栄をこそ図りたい。
② 世界が新たな競争の時代に入っている今、①を目差すために「米国の力による平和」、「米国の影響力の拡大」にこそ努める。
③ ②の競争の相手、「挑戦者」は、次の三者だ。米価値観に反する「修正主義」勢力である中国とロシア。及び、北朝鮮やイラクの「ならず者国家」と、国際テロ組織である。ここでは、新造語、国際社会の「修正主義勢力」なるものを「ならず者国家」や「国際テロ」と同列に並べていることが要注意だ。
④ 同盟国には、以上全てを遂行していくために「公平な負担」を求めていく。

 この米国新安全保障戦略を今正に象徴している世界史的事件こそ、これ。
「エルサレムをイスラエルの首都と認定する」
 誰が認定するのだ? アメリカなのである。イスラエルと、パレスチナ・イスラムとを和解させる仲裁・調停役だったはずのアメリカがいつの間にか、エルサレムの半分にあるイスラム聖地までをも敵対するイスラエルのものと宣言してしまって、イスラム社会は蜂の巣をつついたように猛烈抗議である。パレスチナ自治政府は中ロに代表団を派遣して和平交渉支援を要請する予定だし、国連総会にもイスラム諸国が「首都認定反対決議」を出した。すると今度はアメリカがこれへの報復措置に打って出た。エルサレムをイスラエルの首都と認めない国にはアメリカは支援を打ち切ると。そのトランプの言葉も以下のように、喧嘩腰というか、品がないというか、極めてキツイものだった。
「何億ドル、何十億ドルと(米国から)受け取る国々が私たちに反対する。彼らの投票を注視している。反対すればいい。大きな節約になる」
この国連総会決議には、日本政府でさえ賛成に回ると公表された。

 こうしてアメリカが手放した国に、アメリカなど問題にならぬくらい多くの外貨を持っている中国が手を伸ばしたら、アメリカはこの先一体国際社会にどう対処していくつもりなのだろう。今のアメリカ、トランプ政権周辺はこの先の世界運営をどうしていくつもりなのだろう。上記の②に見るように、「米国の力」、つまり、新たに強化していこうという軍事力をちらつかせるというのであろう。

 こんな国際外交路線は、僕には自国の困難しか見えない自暴自棄という気がして仕方ないのである。


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米安保新戦略は武闘派ヤクザの論理  文科系

2017年12月21日 01時13分42秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 なんという手前勝手な論理なのだろうか。アメリカ国家が18日に発表した安保新戦略のことだ。人種や国は平等というのが当たり前になった21世紀の今、こんなものを世界に向けて堂々と公表する国が存在するのだ!

 細かい話に入る前にまず、国家戦略というものの基本性格、その重要性の理解が難しいものだから、その解説をさせていただく。
 国家戦略などというものは抽象的な言葉でしか表現できないものだ。ところで、人々は普通、抽象的言葉は現実には関係ないものと思いがちである。が、それは大間違い。アメリカ国家のここ当面5年10年の外交政策を最も深く大きく決定していく指針となるものであって、会社で言えば中長期計画文書のようなものなのである。今後その都度のアメリカ外交を判断していく指針となる最も長期的文書だからこそ、抽象的な言葉でしか表現できないものということだ。トランプ政権発足1年近く経って初めて昨日発表したこれに、はて、どういうことが書いてあったか。

① 米国は、国民と国土の防衛と、米国の繁栄をこそ図りたい。
② 世界が新たな競争の時代に入っている今、①を目差すために「米国の力による平和」、「米国の影響力の拡大」にこそ努めたい。
③ ②の競争の相手、「挑戦者」は、次の三者である。米国の価値観に反するという意味で「修正主義勢力」と言える中国とロシア。及び、北朝鮮やイラクの「ならず者国家」と、国際テロ組織である。
④ 同盟国には、以上全てを遂行していくために「公平な負担」を求めていく。

 アメリカがこれまで声高に叫んできた民主主義とか国際平和などの「世界共通の普遍的価値」は、一体どこへ吹っ飛んでしまったのか。というように、人類の普遍的価値に全く触れない自国利益だけ戦略であって、他国に対しては何の説得力も持たない論理。公正とか大義名分とかを最初からかなぐり捨てているのである。それだけこの国の窮状が切羽詰まっているということなのだろうが、自己利益だけ丸出しの議論で、そのために軍事力を改めて強めるというのでは、ヤクザの理論そのものである。多少はマシなヤクザなら「同業他者の利益にもなる、これこれこの通りに」という議論をも欠かさないものだろう。そんな論理はどこにも見えず、自己利益と力だけを押し出すのでは、ヤクザでも武闘派と言い、誰とも手を組めず、嫌われ、やがては潰される運命にあるものだろう。そういう利己主義と力丸出しという意味では、極めて単純な子どもの論理と言えないこともない。

 結論として、他人の自分への批判は全部嘘と叫び、嘘満載の自分だけが正しいという主張を貫き通そうというお子様・トランプの戦略文書に相応しいものと観うるのである。これでは今後、誰もアメリカについては行かず、付いて行くように見えるのは同じような利己主義国がアメリカの力を利用する時だけという、面従腹背国だけとなるはずだ。
 ウィン・ウインならぬテイク・テイクを力で押し通していこうという国、アメリカ外交の宣言文書と言うべきである。安倍が支えて貰う積もりでいたアメリカがこれでは、「若者貧乏から少子化だけが進む経済じり貧国日本」は政治関係が冷たい割に進んでいる対中貿易に活路を見出すしか道はないようだ。いくつかの日本大会社の不正暴露、空売りなどは、全てアメリカの仕業と僕は見ている。東芝はアメリカ企業の負債を詐欺のように押し付けられた上に、物言う株主・ヘッジファンドに食い物にされようとしている。日銀、GPIFの株買い出動は、アメリカヘッジファンドの日本株空売りから企業を守るためなのかも知れない。としたら近い将来、これらの公的資金ももっとどんどん奪われるのではないか。
 金融自由化も考えてみれば以下のようなものだったのではないか。初めは同盟先進国にも儲けさせて、やがてその国の金融も奪い取る。
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安倍政権、対中外交で「屈服」 ②   文科系

2017年12月19日 11時58分03秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 17日の中日新聞朝刊2面は、よく読むと非常に興味深い情勢が読み取れた。三つの個別の記事が、同じ一つの中国問題の現国際情勢を示していて、また、日本の対中「長期方針」の大きな転換姿勢をも示して、大変興味深いのである。先ず、一番大きいトップ記事にしてからが、分かる人には分かるという、こんな「大きな」見出しである。
『首相「一帯一路」と連携へ インド太平洋戦略 対中けん制 転換』
 これと離れてさりげなく載っているが、この記事と明らかに密接過ぎるほどに重なるのが、『文大統領 単独訪日も 早期の日中韓会談 困難なら』。 そして、もう一つはやはりこれに重なって来るアメリカの姿勢として『「米は中国の属国」バノン氏 都内で講演』で、元トランプ政権主席戦略官兼上級顧問がこんなふうに獅子吼している。
「アメリカ、トランプ政権は、18日に発表される新たな国家安全保障戦略で対中対決姿勢を抜本的に強めることになるであろう」
さて、対中姿勢を巡って、一方が接近で他方が離間と、日米が互いに背を向けていくことになるのかどうか・・・。

 最初の記事は、不思議な内容だ。首相が転換意思を固めたという見出しだが、その発表形式は首相自身がこう語ったというものではない。記事文中の主語・述語は全て「(首相が)と、意向を固めた」となっているが、その実は「複数の政府筋が」「関係者によると」というもの。しかして、その内容は過去未来に関わって極めて長期的に及ぶ、大きな政策転換なのである。以下のように。
『安倍晋三首相は、自身が掲げる外交政策「自由で開かれたインド太平洋戦略」を、中国主導の現代版シルクロード構想「一帯一路」と連携させる形で推進する意向を固めた。対中けん制外交の柱に据える同戦略の目的を転換し、新たな日中協力の足掛かりにする。・・・・・長期的視野に立って日本の安全保障と経済的利益を考えた場合、さらなる大国化の道を歩む中国との関係改善が急務だと判断した。・・・・対中けん制を念頭に置いた従来政策といかに整合性をつけ、日中の信頼関係を築くかが焦点になる』

 さて、こんな重大なプロポーズをし直すとしたら、どうしても中国にそう伝えなければ何の意味もない。が、日本には馬耳東風というのが、今の中国であって、習近平国家主席との会談などは、とりつく島もないのである。「北こそ、国難」と叫んできた今、日中韓首脳会談だって今の議長が日本であるせいか、ここ2年以上開けていないのである。

 この愚かな首相がここにきてやっと、自分の夢から覚めて現実の世の中へとご帰還あそばしたとしたら、今まではなんと壮大な夢を彷徨っていたことであるか!


 読者には是非、昨日ここに載せた新旧二人の財務官僚の討論をもう一度見直して下されば幸いである。「一帯一路」としっかりと結びついたAIIBを旧財務官僚・榊原英資やフジテレビ当局が、どんだけ嘲笑っていたことか! それに対して今、安倍首相は殊勝に頭を垂れて参加したいとの「長期的方針転換」をお願いしようというのである・・・。こんな姿を観るだけでも、「2%インフレターゲット」、アベノミクスなどこそ夢だったと、日本の窮状を振り返ることが出来るのである。20年前は世界3位だった日本国民1人当たりGDPこそ夢の中という、今はもう世界30位。
「莫大な内部留保があるのに給料を上げぬ企業は、守銭奴だ」(麻生財務相)
 この春こそ給料上げてと、政府ぐるみでどれだけ叫んできたことか。これだけ「恫喝」、お願いしてもなお、給料は上がらず、正規職は死に物狂いの長時間労働。結婚できぬ若者が無数で、歯止めの目処もつかぬ少子化・尻つぼみ国! これこそ「国難」というのであって、わが国最大の脅威は北になんぞではなく、わが国自身の中にあるのだ。
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安倍政権、対中外交で「屈服」 ①   文科系

2017年12月18日 13時04分17秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 日中因縁のアジアインフラ投資銀行を巡って重大な政府方針転換が余儀なくされたようで、この問題を大きく振り返りつつ、方針転換の現状を見ていく連載をやってみたい。
 初めに述べておくが、これは良いことである。お隣の中国に「過去はご破算願いまして、こちらから歩み寄らせていただきます」というのだから。ただしこの問題、安倍政権の歴史修正主義絡みとアジア開発銀行総裁を出している日本の意地とも重なって過去にはこんな調子だったと、古い拙稿を今回は先ずお読み願いたい。過去の安倍政権がこんな態度だったからこそ、今のところは安倍が必死にプロポーズを開始した日中首脳会談は袖にされているということなのである。このAIIB問題は、日本にとっては『中国の「一帯一路」開発戦略に参加させて下さい』という日本政府方針転換の問題でもあって、これで一体「東南海・海洋自由航行」の問題も振り上げた拳はどこへ行くのだろうか。

 日本財務省などは過去には、以下のように、これに対する敵意満々だったのである。


【 亜インフラ銀行と、情けない日本 文科系 2015年03月25日

 英独仏伊に続いて、スイス、オランダ、ルクセンブルグ、ニュージーランドが入った中露肝いりのアジア・インフラ開発銀行。今度はカナダが入ったようだ。そしたら、アメリカのオバマ大統領までが早くも、「世銀、アジア開発銀行と協力協同で行きましょう」と半分白旗を揚げたエールを送ったではないか。これには、とにかく驚いた。従来国連のこの二つの機関がいかに中小国に人気がなかったかを自覚しているような言動に見えたのである。

 これに対して、中韓ヘイトスピーチの手前、その意地なのかどうか、世界一の大バカは誰あろう我が安倍政権とその取り巻きマスコミなどだ。23日夜にある民放特集番組を僕としては本当に珍しく全部観たが、その内容の酷いことったら無かった。あんなのを観たら、よほどの人でもコロッと騙されるだろう。
 亜インフラ銀行解説を特集したBSフジ「プライムニュース」なのだが、最初からこの機関を嘲笑するような態度で始まったのである。特に酷かったのが、司会の狐目・太った赤ら顔と、3人の有識者の内の榊原英資。初めに、こんなことを言う。
『従来中国という一国家がやっていたODA機関(他国家支援機関)みたいなもんだよ。責任者も財務の人だし』
 この言葉から始まって、番組冒頭にはこんな調子が続いていく。

『中国流の事務のいい加減さなどが出るに決まってる。きちんと動くのは、ずっと先の話』
『基金1000億ドルの内、中国だけで500でしょ?西欧諸国は商売上のおつきあい程度だよ。他が金も出すのかどうかとかね』
『人民元の国際化なんて狙いの実現はまだまだ。40年も先の話だよ』
 などなどと、嘲笑いを交えて語るのである。アジア開発銀行の歴代総裁国・日本(旧大蔵省)のメンツ丸潰れという、そんな憎しみをみなが感じたことだろう。

 たまりかねたか、もう一人の有識者・自民党財政金融部会副会長とやらが、前後関係なしにまとめるとこんな反論をしていたと言える。
『(榊原が言うように)中国財政部の出先機関のようなものではありません。財務出身と言ってもこの中国責任者は財政ならぬ金融の専門家ですし、リーマン以降イギリス・シティー(金融街)が人民元を非常に重視しだしたそのイギリスの動きとも連動しているのです。『ブレトンウッズ体制を変える「勢い」』も中国にはありますし、そもそもこの動きの始まりを振り返れば、こういうものだったんだと思う。90年代アジア通貨危機の後始末論議で日本が出した宮沢構想に中国が強力に賛成、連動したことがあったが、アメリカの反対で日本政府が折れてしまった。あの失敗こそ、今回のアジアインフラ銀行構想の出発点なんですよ』
 この旧大蔵省出身若手議員の最後の言葉は、僕にはこう聞こえたものだ。
『あの時大蔵省などが頑張って、アメリカに折れず宮沢構想を通していれば、この屈辱はなかったはずだ。それどころか、アジアの皆が当時の日本にあれを懇願しに来たのだから、各国に大きな恩を売ることさえもが出来て、今の中国にも遙かに多く物が言えたことだろう』
 この自民党国会議員は財務省官僚出身の30代かとも見える若手で、小林鷹之という。職場の先輩官僚である榊原によくこんな昔話まで上げて楯突けたもので、後半の榊原がちらちらと彼の目を見ながら、大人しくなっていたと感じたほどだ。

 さて、榊原やニュース編集部のこれへの対応、態度は、日本のメンツ丸出しというだけ。「アジア開発銀行歴代総裁国が、中国に出し抜かれた」という気分だけなのだろう。この過小評価しすぎでさえもが、従来の反中態度の延長を変えられないポーズだけなのではないかとさえ思えたものだ。
 経済大国へと世界に羽ばたいていく国の勢いというものは、そこに数々の壁、問題があるにせよ急加速度が常だ。世界実体経済景気が恐慌状態に近いとはいえ、なんせ中国に替われる国がないのだから。日本人としては、戦後60~70年代の自らを顧みたらよいのである。当時の日本同様に、環境(四日市公害)、エネルギー(石油、「原子力」?)、人材(理工系超偏重)などなど数々の問題がある国だが、これを乗り越えていくエネルギーはあるはずなのだ。当面肝心になってくるであろう内需拡大課題でも、日本よりもはるかに有利な状況にあると観ることが出来るし。アベ内閣がいくら「賃金上げて」と叫んでみたところで、会社人間・ムラ社会日本人は、中国以上にそんなことが出来るわけがないのである。
 これら中国の将来動向観測は、中国好き嫌いとか、是非論とかの問題ではなく、将来事実に関わる問題なのである。 

 対する日本経済、社会はもう、かってのような公正ささえ存在していないのだから、人々の真のエネルギーなど出てくる訳もない。公民がいなくって、会社人、ムラ人間ばかりになってしまった。そもそも、公民視点の論議さえできない国になっている。このことは、日本マスコミの旗艦・NHK現会長が最もよく示しているではないか。「近代」すら経ていないと見えるあの化け物はどうだ! しかも、あれこそ日本経済人の顔なのだそうだ。こんな国に誰が献身的なエネルギーを出せるというのか。こういう新自由主義経済30年ほどの産物、その後世へのツケは、限りなく大きいと思う。

 競争社会とは、自己利益だけを信じる社会を作り上げようとしてきたこと。まさに、そんな国に成り果ててしまった。日本の支配者たちが特にいけない。NHK化け物会長の他にも「八紘一宇女性議員」、「補助団体から献金を貰って恥じない国会議員たち」。外務省僚たちはアメリカに内通してきたとウィキリークスに暴露されたのだし、政財官界人の誰1人もフクシマに責任を取らない。政権から独立しているはずなのに、政権の顔ばかりを伺っている最高裁判事たちも・・・・。】


 安倍の幻想的・反立憲主義的国家戦略は、諸外国によって正されていく。

(続く)
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よたよたランナーの手記(209)「好事魔多し」、故障治療中

2017年12月18日 04時59分36秒 | スポーツ
 前回は12月6日に、こう書いたように好調。
『 戸外の走り方を、ストライドを伸ばすようにちょっと変えた。ピッチ150弱で、ストライド86㎝から5センチほど伸ばす感じに。するとやはり脚に負担が来て、右足首に違和感が生じている。この工夫、努力の分、同じ速度での心拍数が下がってきて、今はこんな状況だ。時速9キロでも心拍数140ほど、10キロでも150ちょっとになった。これだと、脚の違和感さえなくなればマシンラン30分×2回で9・5キロほどまでいくはずだ。違和感そのものは、ストライドを伸ばす練習を押さえればどんどん引いていくから、本番ではピッチ160ほどとストライドを狭くすれば良いだけのこと。この9・5キロという記録だと、去年の春にまで戻ったということになる。前立腺癌の治療前まで戻ったという意味だ。当面、この9・5キロを目差してみよう』

 ところがところが、上の文中この部分が意外と長引いて、深刻と分かってきた。
『(ストライドを伸ばしたことによって)脚に負担が来て、右足首に違和感が生じている
 この違和感が軽い痛みになって、なかなか完治というように退いていかない。走れないほどの痛みはないのだが。そこで愛用の「ランニング故障本」を詳しく調べたら、こんな病名が付き、僕には少々根の深いものらしい。
『足関節外側靱帯損傷』という外クルブシの痛み、中でもその前側靱帯を軽く痛めたようだ

 O脚の僕に、年齢による筋力低下が加わって起こる故障のようだ。何よりも、76歳の我が身も省みずフォームを変えたこと、特にストライドを5㎝も伸ばすなどとは、無謀すぎたということだろう。ちなみに、こんな無謀をやったというのが自分でも今は笑えてくるが、年寄りの愚か過ぎる判断ミスである。
 筋力低下は2箇所あって、直接の原因は右足爪先遣い関連の筋肉。今一つ、左右大臀筋(の外側)が弱っていることにも関係していると、気付いた。
 そこで、懸命な筋肉補強運動に励んでいるというわけだ。右爪先立ちと、O脚から来る左右大臀筋外側のストレッチや強化に留意した階段上りなどをやっている。

 今考えてみれば、12月4日に好調感のままに時速10キロを走ったのは、完全なやり過ぎ。今の僕にとってこの速度での心拍数が150ちょっとなどというのは、そういうことなのである。その無理が、僕が気付かなかった筋力低下という弱点にしわ寄せされたということ。まーまた、こつこつと復活を図るさというようにやっている。

 なお、最近の僕が愛読してきたランニング故障本というのを紹介しておこう。何の利害関係があるわけでもないが、最近の僕には良い相談相手になっているものだ。運動生理学者、整形外科医、スポーツ医、理学療法士などなどが監修に当たっている守備範囲が広い、読みやすくかつ分かりやすい本と読んできた。
『ランニングトラブル解決Book』
枻出版社(えいしゅっぱんしゃ)から2014年3月10日発行、1200円

 
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