あれは確か一九八〇年のこと、小学校卒業以来二七年たって初めてその学年同窓会が開かれた。コンクリートに建て替えられる築百年の懐かしい木造校舎とのお別れ会として持たれた学年同窓会が近くの神社の会館であった。居住地学区の中学に行かなか三浦三浦君には、卒業以来初めて会う同級生ばかり。少し早めに会場に着いて、来訪者を一人一人確認していた。と言っても、顔には覚えがあっても名前は出ないと言う人々がほとんど。やがてそのうちの一人の男性が三浦君と目が合うと満面笑顔で「三浦くーん、君に会うために来たんですよ」と近づいて、隣に座った。そして、こう語り継いでいく。
「浜松から来たんですが、本当に君に会うためだけに来たんです、竹田です。覚えておられますか?」
と言っても、ほとんど覚えもない顔だったのだが、竹田延実と呼んでいたことがよみがえると、二人が関係したある事件を真っ先に思い出した。確か、彼ら属した六年六組で、六月後半の昼の放課に起こった事件である。
間近に控えた期末テストの勉強をしていた三浦君の耳に突然ドスンッという重ぃ物が落ちる音、次いでビシッと鋭い音が飛び込んできた。〈ただ事ではない!〉、教室の後方に目をやると兼田君と竹田君とがけんか腰で向かい合っていて、状況などから経過がすぐに推察できた。兼田君が自分の椅子に座ろうとした竹田君のその椅子をすっと引いてとんでもない尻餅をつかせたのである。そして、立ち上がりざまの竹田君が兼田君の頬を平手でひっぱたいた。「なにするんだ!」と叫ぶ兼田君に、「それは、こっちの台詞だ!」と竹田君が珍しくいきり立っている。ガキ大将・兼田君の取り巻きたちが、遊び半分で周囲に集まり始めている。〈ただでは済まないな〉、三浦君はゆっくりと竹田君のそばに寄っていった。教室中の目に対しても兼田君がこのままで済ます訳がない。兼田君は、当時まだ田舎の風習が残った名古屋市郊外のこの地域の土地持ち旧家の一人息子。力もないのにこの学区内では威張っている人間なのだ。走るのは遅いし、野球も下手だし、そもそもキャッチボールの筋肉さえいかにもひ弱なのだと、彼にはもう分かっている。この兼田君の転校生いじめに三年生で転校してきて以来、彼もずっと悩まされてきたのだったし、竹田君はこの春に転校してきたばかりの生徒だった。ちなみに、竹田君が、三浦君もよくからかわれた三河弁を使うのは、渥美半島から越してきた三浦君の転校時と一緒だったから、ずっと一種の親しみがわいていた。
「ただの遊びに向きになるなって!」、取り巻きの誰かが言った。「暴力の遊びか!」竹田君が言い返した。「暴力に暴力なら、けんか? けんかなら、授業後にちゃんとやれよ!」と、また取り巻きがけしかける。「本当にやるのか?」、ドスを利かせて、兼田君。竹田君は黙っている。そこで思いついた三浦君がこう引き取る。「じゃあ、僕が竹田君に代わって、兼田君の相手をするよ」。彼の予想通り兼田君が一瞬ひるんだ。転校以来三年がたっていて、ずっと同級だった兼田君のいじめに対する三浦君の抵抗力を兼田君は十分見知って来たからだ。当時の子どもは放課時などに相撲も取ったし、宝取りなどの体力・格闘付きゲームも時に流行した。「宝取りゲームが行き過ぎて、いつもけんかになっては、つまらんだろう? 竹田君も、なんとかもう許してやれよ」、彼は竹田君の目にウインクしながら付け加えた。「それもそうかな。じゃあ、そういうことにさせてもらって、兼田君、いいね?」、で兼田君も表情を緩めて、その場は解散となった。
竹田君の口火によって同窓会場挨拶の初めから自然なようにこの事件が蘇ったのだが、竹田君が付け加える。
「この場面だけじゃなく、あらゆる所で君が手を差し伸べてくれた。甘やかされた兼田は、自分に自信がないからいつも集団で威張る場面を探してたみたいだったしね。君も転校生で初めはその犠牲になったと当時聞いてたけど、僕にはどれだけありがたかったか」
「東京生まれで都会育ちの僕は、母の実家の渥美半島に疎開して、ずいぶんその『土地』に虐められたんだよね。そのせいで、知らぬ間に正義漢に育ってた」
「そのことは皆もよく知ってたよ。五年二学期に君が学級委員長に選ばれたと聞いた。 あれって、女の子たちが兼田男性グループを嫌ってたから。兼田グループは女性蔑視だったからね」
「よそ者嫌いの『村社会』で、長いものには巻かれろの男尊女卑、・・・、何が民主主義国家になった、か!?」